音なしの凶器

れい

文字の大きさ
1 / 1

音なしの凶器

しおりを挟む

言い訳じみて聞こえるのは分かっている。
だけど正直に言うと、本当に、私にはどうしようもなかったのだ。
何がきっかけだったんだろう。気付いたら、そうなっていた。
ごめん、嘘だ。私は気付いていないフリをしていただけだ。
本当は知っている。彼女は、クラスのヒエラルキーで最も頂点に位置する、ある三人の女の子に、目を付けられていた。
彼女は大人しく、控えめで、可愛らしい女の子だった。噂では、人気の上級生に、告白されたらしい。付き合ってほしいと言われ、断ったそうだが。
なんてことはない、少し暗めの、少女漫画なんかによくある話だ。
三人の女の子の一人は、その上級生が好きだったのだ。
痴情の縺れ。厳密にいうと、彼女は完全なとばっちりになるのだが、あの三人からしたらそうではなかったんだろう。
調子に乗っている。三人がそう言い始めた頃からだ。彼女の周りからは少しずつ、人が減っていった。

三人の手口は何というか、呆れるほど単純なものだった。

靴を隠す、教科書を裂く、物を盗む、お弁当をひっくり返す。
大胆なそれに、先生に呼び出されていたこともあったようだが、三人は止めなかった。
正直馬鹿馬鹿しい。何故あの三人は、あんなに幼稚なことをするのだろう。
私を含め、クラスのみんなは、誰も加わらなかった。だけど、それと同時に、誰も三人を止めることも、出来なかった。

夏になって、プールの授業が始まる季節。
じりじりと日々上がっていく気温に触発されたのだろうか。三人のやり口も、熱を増していった。
プールサイドからわざと落とすのは当たり前。彼女が休めば、サボりだと大声で騒ぎ立て、生理だと何故か馬鹿にしたように笑う。自分たちだって、月に一度はなるくせに。
汗臭くなってきた教室は、本当は誰も悪くないのだが、臭い、といって、三人は彼女の顔面に、制汗スプレーを吹きかけていた。
さすがにそれはやり過ぎだ、とたぶん私以外に思った人はいる。だけど、そのうちの誰一人として、動くことは出来なかった。
私には、咳き込み、涙目になる彼女をただ離れて見つめることしか出来ない。決して泣かない彼女に、何故かこっちが、泣きたい気持ちになる。後から思えば、彼女はもう、泣けなかったのかもしれない、とも思う。

三人が、美術で使う液体のりを彼女の席にぶちまけていた日。
彼女は学校に来なかった。

今日はお休みだそうです、と言った担任に、三人はつまんな、と短く吐いていた。
私は内心ほっとしていた。あの奇妙な空気感とは、今日は無縁に過ごせそうだ。
そんな束の間の休戦が、そのまま終戦になるとは、私は思ってもいなかった。

二週間後、そのまま彼女の姿を見ることはなく、転校していったとだけ、あっさりと私たちは告げられた。
理由など、皆まで言うまい。猿でも分かるだろう。

あの日からずっと、私の胸には冷たい鉛が埋まっている。

彼女が最後に登校した日、河川敷の橋の上で、私は彼女によく似た人物を見た。横顔しか見えなかったが、たぶん彼女だ。
太陽は容赦なくて、蝉がうるさくて、汗で制服がべたついて。本当に夏はうっとおしいとイライラしていた私は、河川敷沿いの帰り道を、一人で歩いていた。
彼女は、橋の柵にもたれかかって、空を見上げていた。その髪から流れた水滴が、太陽光できらりと光った。
たぶん彼女は、全身が濡れていたんだと思う。そしてたぶん私は無意識に、見るのを避けたんだと思う。そのまま橋とは反対方向の、家に向かった。

だって気付いたら、声をかけてしまいそうだったから。
だけど今になって思う。あの日声をかけていたら、彼女の話を少しでも聞いていたら。私は今と少し、違っていたのだろうか。




「転校したやついたじゃん、あいつ、いなくなる前。川に飛び込んでたらしいよ」

夏休み前だ。そんな噂が流れ始めていた。
だけど夏休みが空けると、あっけからんと、そんな噂はみんな忘れたように、誰も口にはしなかった。
私だけが、あの噂を囁いた誰かの声を、ずっと気にしていた。
あの晴れ空を見上げていた彼女の横顔は、ぼんやりとしていて思い出せない。

それからだ。私が変わったのは。
私は、誰かを無視することが出来なくなった。
足が弱くて困っているおじいさんも、迷子で泣きじゃくる幼稚園児も、暗く俯いた同級生も。
柔らかい笑顔で、私は必ず手を差し伸べる。時間のない時も、心に余裕がない時も。


そんな私を、偉いね、優しいね、とみんなが褒める。
やめてほしい。これはそんな綺麗なものじゃない。


あの日彼女を刺していた凶器は、あれからずっと、形を変えて私のほうを向いている。
私はそれに、脅かされているだけなのだ。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

木風 麦
2019.07.27 木風 麦

書き忘れたのですが、イラストが物凄く綺麗ですね!!雰囲気がとても好きです(o´艸`)

2019.07.28 れい

二乃宮リズさん

わざわざありがとうございます。
残念ながら、表紙の絵は私が描いたものではなくフリーの画像なんです……笑
ただ表紙って、小説を唯一視覚的に語れる部分が含まれてる大事なものだと思っていて、どのお話でもこれだ!って思う絵を探しまくっているので、喜んでいただけて嬉しいです。

解除
木風 麦
2019.07.27 木風 麦

切なくなりますね(´・ω・`)ショートショートということは続きはないのでしょうか·····?私自身はハッピーエンドが好きな人間なので、続話で主人公が明るくなれたらと思ってしまいました(笑)でもこういう話も嫌いじゃないと感じました。人間は小説みたいにそうそう簡単に代われたりきっかけがあるわけでは無いですしね·····。なんだか実際にありそうな誰かの日常の一部を切り取って、見せて、考えさせられる作品だなと感じました。

2019.07.27 れい

二乃宮リズさん

感想ありがとうございます。
続きはないですね……ご期待に添えずすみません(苦笑)

たぶん私の中で、この主人公自身が一生こうやって生きて行くんだろうと思っているから、こういう終わり方になったんだと思います。

書き終わった時は思いませんでしたが、感想をいただいて、この子の未来に仰るような素敵なきっかけがあればいいなと思えて、なんだか優しい気持ちになれた気がします。

読んでいただき、ありがとうございました。

解除

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。