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音なしの凶器
しおりを挟む言い訳じみて聞こえるのは分かっている。
だけど正直に言うと、本当に、私にはどうしようもなかったのだ。
何がきっかけだったんだろう。気付いたら、そうなっていた。
ごめん、嘘だ。私は気付いていないフリをしていただけだ。
本当は知っている。彼女は、クラスのヒエラルキーで最も頂点に位置する、ある三人の女の子に、目を付けられていた。
彼女は大人しく、控えめで、可愛らしい女の子だった。噂では、人気の上級生に、告白されたらしい。付き合ってほしいと言われ、断ったそうだが。
なんてことはない、少し暗めの、少女漫画なんかによくある話だ。
三人の女の子の一人は、その上級生が好きだったのだ。
痴情の縺れ。厳密にいうと、彼女は完全なとばっちりになるのだが、あの三人からしたらそうではなかったんだろう。
調子に乗っている。三人がそう言い始めた頃からだ。彼女の周りからは少しずつ、人が減っていった。
三人の手口は何というか、呆れるほど単純なものだった。
靴を隠す、教科書を裂く、物を盗む、お弁当をひっくり返す。
大胆なそれに、先生に呼び出されていたこともあったようだが、三人は止めなかった。
正直馬鹿馬鹿しい。何故あの三人は、あんなに幼稚なことをするのだろう。
私を含め、クラスのみんなは、誰も加わらなかった。だけど、それと同時に、誰も三人を止めることも、出来なかった。
夏になって、プールの授業が始まる季節。
じりじりと日々上がっていく気温に触発されたのだろうか。三人のやり口も、熱を増していった。
プールサイドからわざと落とすのは当たり前。彼女が休めば、サボりだと大声で騒ぎ立て、生理だと何故か馬鹿にしたように笑う。自分たちだって、月に一度はなるくせに。
汗臭くなってきた教室は、本当は誰も悪くないのだが、臭い、といって、三人は彼女の顔面に、制汗スプレーを吹きかけていた。
さすがにそれはやり過ぎだ、とたぶん私以外に思った人はいる。だけど、そのうちの誰一人として、動くことは出来なかった。
私には、咳き込み、涙目になる彼女をただ離れて見つめることしか出来ない。決して泣かない彼女に、何故かこっちが、泣きたい気持ちになる。後から思えば、彼女はもう、泣けなかったのかもしれない、とも思う。
三人が、美術で使う液体のりを彼女の席にぶちまけていた日。
彼女は学校に来なかった。
今日はお休みだそうです、と言った担任に、三人はつまんな、と短く吐いていた。
私は内心ほっとしていた。あの奇妙な空気感とは、今日は無縁に過ごせそうだ。
そんな束の間の休戦が、そのまま終戦になるとは、私は思ってもいなかった。
二週間後、そのまま彼女の姿を見ることはなく、転校していったとだけ、あっさりと私たちは告げられた。
理由など、皆まで言うまい。猿でも分かるだろう。
あの日からずっと、私の胸には冷たい鉛が埋まっている。
彼女が最後に登校した日、河川敷の橋の上で、私は彼女によく似た人物を見た。横顔しか見えなかったが、たぶん彼女だ。
太陽は容赦なくて、蝉がうるさくて、汗で制服がべたついて。本当に夏はうっとおしいとイライラしていた私は、河川敷沿いの帰り道を、一人で歩いていた。
彼女は、橋の柵にもたれかかって、空を見上げていた。その髪から流れた水滴が、太陽光できらりと光った。
たぶん彼女は、全身が濡れていたんだと思う。そしてたぶん私は無意識に、見るのを避けたんだと思う。そのまま橋とは反対方向の、家に向かった。
だって気付いたら、声をかけてしまいそうだったから。
だけど今になって思う。あの日声をかけていたら、彼女の話を少しでも聞いていたら。私は今と少し、違っていたのだろうか。
「転校したやついたじゃん、あいつ、いなくなる前。川に飛び込んでたらしいよ」
夏休み前だ。そんな噂が流れ始めていた。
だけど夏休みが空けると、あっけからんと、そんな噂はみんな忘れたように、誰も口にはしなかった。
私だけが、あの噂を囁いた誰かの声を、ずっと気にしていた。
あの晴れ空を見上げていた彼女の横顔は、ぼんやりとしていて思い出せない。
それからだ。私が変わったのは。
私は、誰かを無視することが出来なくなった。
足が弱くて困っているおじいさんも、迷子で泣きじゃくる幼稚園児も、暗く俯いた同級生も。
柔らかい笑顔で、私は必ず手を差し伸べる。時間のない時も、心に余裕がない時も。
そんな私を、偉いね、優しいね、とみんなが褒める。
やめてほしい。これはそんな綺麗なものじゃない。
あの日彼女を刺していた凶器は、あれからずっと、形を変えて私のほうを向いている。
私はそれに、脅かされているだけなのだ。
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二乃宮リズさん
感想ありがとうございます。
続きはないですね……ご期待に添えずすみません(苦笑)
たぶん私の中で、この主人公自身が一生こうやって生きて行くんだろうと思っているから、こういう終わり方になったんだと思います。
書き終わった時は思いませんでしたが、感想をいただいて、この子の未来に仰るような素敵なきっかけがあればいいなと思えて、なんだか優しい気持ちになれた気がします。
読んでいただき、ありがとうございました。