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第三の記録
幕間01
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「記録はここまでか…」
「ですね。ハンコも途絶えてますし」
日誌には、記録毎にハンコが押されているが、井上と印字されているのは、2月27日までだった。28日の記録は、ハンコどころか、概要の欄に数行書き残されているだけであった。
「これはかなり重要な記録かもしれないですね」
大久保が腕を組んで眉を顰めた。
「というのは?」
「前の二項は、あくまでも体験を記録したものですが、これは公的な記録です。従って、具体的な日時や人物などが、より正確なんですよ」
本棚に挟まっていた古びた原稿用紙、ノートの余白に記された記録、言わば落書き。これら二項よりも、確かな情報が多い事は間違いない。
「僕の考えなんですが、これは怪異の始まりを記した記録なのかもしれません」
「そうか?俺は逆に、怪異が広がっているような気がしたがな。勿論、ここに書かれてある全てが怪異の仕業とは言わないが、明らかに場所が拡大しているだろ?」
「ええ。そういう見方も勿論可能です。ただ、1月を見てください。駅前、近辺、隣家。交番に近づいてきてますよね?そして、2月以降は、ほぼ交番で、おかしな事が起きています。そういう邪推が出来ても変では無いと思うんですよ。証拠に、1月の記録に関しては、発生した日時が、順番通りになっているんですよ」
大久保の指摘はもっともだった。
「驚いたな。その推測なら、この記録に、見事なオチがつくじゃないか。つまり、そのフードの男は交番に辿り着いてしまったという訳か。然し、交番で怪異を起こしている期間が、余りにも長くないか?」
「ここに記されている事の全てが怪異だとは言い切れませんが、確かに同様のペースなら、交番を通りすぎる筈です。でも、それが余計に怖くないですか?ここに書かれている限りでは、駅前では一件。隣家では四日。この周期は明らかに変ですよね」
「まさか。その男は、ここを気に入り、棲みついてしまった、なんて言わないよな?」
「その可能性は大いにあると思います」
後藤は全身に怖気が迸った。
「ただ、疑問はあります。僕は前の二項を読んだ時、自然と少女のノートに書かれている怪異の方が強烈である故に、徐々に強くなっているのだと解釈していました」
「ああ。原稿用紙で起きた怪異は少なく、本人にも余裕が感じられたな。会話のシーンがあったり、自分の性格を語ったり、あくまでも小説として起こされた感覚は否めなかったな」
「はい。ですから、怪異が強い順序として、単純に時系列で並べるのが妥当ですよね。然し、この日誌の記録を見れば分かるように、既に怪異のパターンが、原稿用紙よりも上回っているんですよ」
「本当だな。シャッター音擬きだったり、子供に話しかけていたり、隣家では窓まで叩いていたぐらいだからな」
「ええ。この時点で、ここまでの事象が発生しているのに、原稿用紙では、極めて特筆される様な事象は、発生していないんですよ」
大久保の指摘通り、怪異が強まってきているのだとすれば、その仮説は矛盾を呼んでしまう。
「原稿用紙の場合、本人が早々と立ち去ったからなんじゃないのか?」
何よりも、本人自身が言及している。自分はこの仕事に対して熱がないと。
「当然筆者がもう少し長く滞在していたなら、結果は変わっていたのかもしれません。ですが、立ち去れた事も含めて、怪異そのものが弱いと感じませんか?」
「怪異そのもの、か。言われてみれば、ノートの少女は、逃げ出すどころか閉じ込められていたもんな」
「古い本ですが、Mr.エドワードの『霊視旅行』という本をご存知ですか?」
大久保が脈絡無く、話を振った。
後藤は知らなかったが、大久保によると『霊視旅行』は著者であるエドワード氏が、実際に全世界の怪聞のある霊的スポットを隅から隅まで調べ尽くした記録を著した作品だが、氏が件の本を出版後、行方知らずとなってしまったのだ。この話は当時のメディアにも取り沙汰され、有名な韋編となった。とはいっても、60、70年代の話ではあるらしいが。
「彼の記録は、非常に淡々としていました。自分の感情など、余計な事は記さず、読者が求めるような”事実”だけを書き起こしていたんです。ただ、何件かの記録に限っては、怖い、だとか、ここは駄目だ、と感情的な文が散見される項目があるんですよ。そして、それらの項は全て共通して、『逃げられない』という言葉が綴られています」
大久保が目を細める
「これは、エドワード氏の率直な感想で、物理的にそのエリアから『逃げる』ことが出来たとしても、本質的に『逃げた』事にはならない、そんな感覚だったそうです。事実、エドワード氏は本を出版後、姿を消しました。僕は思うんです。エドワード氏は、逃げられなかったんじゃないか、って。」
「まさか。あの原稿用紙の筆者も…」
「そう。彼の話は、まだまだ序章だったんじゃないでしょうか。あの記録は、あくまでも、交番に”警察官”として携わっていた時の記録であって、警察官でないから、交番に関わらないで済む、という事では、ないですよね」
「ですね。ハンコも途絶えてますし」
日誌には、記録毎にハンコが押されているが、井上と印字されているのは、2月27日までだった。28日の記録は、ハンコどころか、概要の欄に数行書き残されているだけであった。
「これはかなり重要な記録かもしれないですね」
大久保が腕を組んで眉を顰めた。
「というのは?」
「前の二項は、あくまでも体験を記録したものですが、これは公的な記録です。従って、具体的な日時や人物などが、より正確なんですよ」
本棚に挟まっていた古びた原稿用紙、ノートの余白に記された記録、言わば落書き。これら二項よりも、確かな情報が多い事は間違いない。
「僕の考えなんですが、これは怪異の始まりを記した記録なのかもしれません」
「そうか?俺は逆に、怪異が広がっているような気がしたがな。勿論、ここに書かれてある全てが怪異の仕業とは言わないが、明らかに場所が拡大しているだろ?」
「ええ。そういう見方も勿論可能です。ただ、1月を見てください。駅前、近辺、隣家。交番に近づいてきてますよね?そして、2月以降は、ほぼ交番で、おかしな事が起きています。そういう邪推が出来ても変では無いと思うんですよ。証拠に、1月の記録に関しては、発生した日時が、順番通りになっているんですよ」
大久保の指摘はもっともだった。
「驚いたな。その推測なら、この記録に、見事なオチがつくじゃないか。つまり、そのフードの男は交番に辿り着いてしまったという訳か。然し、交番で怪異を起こしている期間が、余りにも長くないか?」
「ここに記されている事の全てが怪異だとは言い切れませんが、確かに同様のペースなら、交番を通りすぎる筈です。でも、それが余計に怖くないですか?ここに書かれている限りでは、駅前では一件。隣家では四日。この周期は明らかに変ですよね」
「まさか。その男は、ここを気に入り、棲みついてしまった、なんて言わないよな?」
「その可能性は大いにあると思います」
後藤は全身に怖気が迸った。
「ただ、疑問はあります。僕は前の二項を読んだ時、自然と少女のノートに書かれている怪異の方が強烈である故に、徐々に強くなっているのだと解釈していました」
「ああ。原稿用紙で起きた怪異は少なく、本人にも余裕が感じられたな。会話のシーンがあったり、自分の性格を語ったり、あくまでも小説として起こされた感覚は否めなかったな」
「はい。ですから、怪異が強い順序として、単純に時系列で並べるのが妥当ですよね。然し、この日誌の記録を見れば分かるように、既に怪異のパターンが、原稿用紙よりも上回っているんですよ」
「本当だな。シャッター音擬きだったり、子供に話しかけていたり、隣家では窓まで叩いていたぐらいだからな」
「ええ。この時点で、ここまでの事象が発生しているのに、原稿用紙では、極めて特筆される様な事象は、発生していないんですよ」
大久保の指摘通り、怪異が強まってきているのだとすれば、その仮説は矛盾を呼んでしまう。
「原稿用紙の場合、本人が早々と立ち去ったからなんじゃないのか?」
何よりも、本人自身が言及している。自分はこの仕事に対して熱がないと。
「当然筆者がもう少し長く滞在していたなら、結果は変わっていたのかもしれません。ですが、立ち去れた事も含めて、怪異そのものが弱いと感じませんか?」
「怪異そのもの、か。言われてみれば、ノートの少女は、逃げ出すどころか閉じ込められていたもんな」
「古い本ですが、Mr.エドワードの『霊視旅行』という本をご存知ですか?」
大久保が脈絡無く、話を振った。
後藤は知らなかったが、大久保によると『霊視旅行』は著者であるエドワード氏が、実際に全世界の怪聞のある霊的スポットを隅から隅まで調べ尽くした記録を著した作品だが、氏が件の本を出版後、行方知らずとなってしまったのだ。この話は当時のメディアにも取り沙汰され、有名な韋編となった。とはいっても、60、70年代の話ではあるらしいが。
「彼の記録は、非常に淡々としていました。自分の感情など、余計な事は記さず、読者が求めるような”事実”だけを書き起こしていたんです。ただ、何件かの記録に限っては、怖い、だとか、ここは駄目だ、と感情的な文が散見される項目があるんですよ。そして、それらの項は全て共通して、『逃げられない』という言葉が綴られています」
大久保が目を細める
「これは、エドワード氏の率直な感想で、物理的にそのエリアから『逃げる』ことが出来たとしても、本質的に『逃げた』事にはならない、そんな感覚だったそうです。事実、エドワード氏は本を出版後、姿を消しました。僕は思うんです。エドワード氏は、逃げられなかったんじゃないか、って。」
「まさか。あの原稿用紙の筆者も…」
「そう。彼の話は、まだまだ序章だったんじゃないでしょうか。あの記録は、あくまでも、交番に”警察官”として携わっていた時の記録であって、警察官でないから、交番に関わらないで済む、という事では、ないですよね」
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