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◆一年生◆
*6* モブ子、禁じ手を発動させてみる。
しおりを挟む私の脳内アイテムボックスが潤ったあの勝負の翌日……というか、考えてみたら複雑な天気の場合を考慮していなかったせいで、翌々日に持ち越された勝負の結果は、当然あの水晶を使い慣れた私の勝ち。
私の星詠みでは翌日の午前十時までは晴れ。十時から俄に曇りだして二時まで雨がどしゃ降りの後、二時半頃から雲の切れ間から晴れ間が見え、四時までに天気は回復する――と、いうものだった。
『本当にそんな物で良かったのか? 勝負に勝ったのは君なのだから、もう少しちゃんとした食事を奢らせてくれ』
私との勝負に負けたスティルマン君は、二日後のお昼にそう言いながらオムレツサンドを奢ってくれて、私はといえば、それを受け取りながら一瞬本気で“どうやったらこの幸せアイテムを腐らせないで一生保管出来るの”とか考えてしまった。
その上で困惑気味な推しメンのスチルという、実に尊い物ですでに胸が一杯だった私はオムレツサンド以外の物を丁重に断り、あの一件はただのクラスメイトの気紛れとしてお互いの間で処理されたのだ。
いわば戯れ。
もしくは知的好奇心の発露。
どちらにせよ一瞬何かしら働いた私にとっての幸運が、うっかり重なっただけの時間だと思うことにしている。結構あっさりしているなと自分でも思うけれど、実際は違う。
この転生した第二の人生において、私の学生時代に課された使命は推しメンとヒロインちゃんのハッピーエンドの為にある。
したがって私が推しメンと仲良くなっても意味がない。叶わないものに熱を上げるほど馬鹿ではないし、元々アイドルと本気で恋愛をしようと思う性分でもないからね。
勿論クラスメイトなのだから毎日会うし、目が合ったりすれば会釈くらいはする関係だ。けれど推しメンの視線の先にはいつも、隣のクラスから水色に会いにやってくるヒロインちゃんことアリシアがいる。
しかも何故だかたまにここに一学年上の男……赤色が加わるから、アリシアの周辺はいつも賑やかで他の男子生徒に対してのガードが堅い。乙女ゲームのお約束なのか、実際可愛いからかは分からないけれど、アリシアはモテる。
そして当然の如く女子からのウケは良くない。まぁ可哀想だとは思うけど、この手のことは男女関係なく現実世界でもそうだから仕方がないか。有名税みたいな物だから。
しかしそれとは別にいつも思うことだけれど、乙女ゲームのヒロインちゃんは孤独ではないのだろうか?
ゲームによってはサポートキャラである子がいることも多いけれど、彼女達の仕事は攻略キャラの好感度を教えてくれるといった物であり、特別仲の良い個別友人スチルがある訳でもない。
何が言いたいかというと、サポートキャラの彼女達とは他の会話が出来なかったりするのだから、要するに友人ではない扱いだ。つまり同性の友人がいないヒロインちゃんもある意味“ぼっち”状態。乙女ゲームはヒロイン以外の女の子は=ライバルキャラだもんね。
それでもこのゲームがプレイヤーに優しいのは、ゲームの進行上で邪魔になるからなのか、在学中の攻略キャラ達に婚約者が一切いないことにある。
例え攻略キャラが将来どれだけ有望株であろうが、どんなに家にとって有意義な婚約を迫られようが、不自然なまでに婚約者を作らないのだ。
でもこれにも落とし穴があって、アリシアと恋仲になれなかったら卒業後に慌てて婚約者を探す羽目になるのではないだろうか? 選ばれなかった攻略キャラ達にもその後の人生があるのに。
しかも普通に貴族の家柄だと、卒業後に残っているご子息やご令嬢というのはかなり問題児である可能性が出てくる。
お金遣いか、お酒の失敗、異性との付き合い方やギャンブル癖などなど。無論単純に“不細工”である可能性も往々にしてあるが、どれにしても真っ当な物件は少ないと考えておいた方が無難かな……となれば?
答えは至極簡単。在学中に本作のヒロインちゃんであるアリシアを攻略するしかないのだ。叙情的にお近付きにさせてあげたいところだけれど、残念ながら推しメンの彼の幸せな未来を考えるならば、ここはしんみりまったりしている場合ではなかった。
これでいくと乙女ゲームの世界は正しく“バトルロイヤル”だ。貴族の子供に人権なんてあったものじゃない。考えてみたら家の為にヤるかヤられるかなところを考えれば、前世の私と同じ、親の期待に応える玩具だ。
煌びやかな世界はいつでも裏側がえげつない。転生なる物をして乙女ゲームの中のモブキャラになって見えたこと。
それは前世の私より年下な子達の住む世界としては、乙女ゲームの世界も充分病んでて歪なのだということだった。ただこのゲームには犠牲になる“悪役令嬢”の代わりに私の推しメンがいるから、女の子のキャラが死ぬことはないけど、それでもちっとも良くないし。
あと常々思っていたことだけど、何で選ばれないと死ぬか追放なんだ。“大勢に知られた上で失恋したら恥ずかしいだろうから、殺してあげよう”みたいな優しさのつもりか?
いらないよ、そんな殺伐とした恋愛観は。
不健全以前の問題として狂っている。
そして私が切実にこのままでは埒が明かないと悟ったのは一昨日。入学してからというもの、あの水色と赤色がアリシアの周りをウロウロしているものだから、なかなか私の推しメンが近付けないせいだ。
本当なら奴等をはり倒してでも排除してあげたいところなのに、私は前世同様女に生まれてしまったので勝ち目がない。そしてまださらに恐ろしいことに、先日教師に呼び出しを受けてしまった訓練実習棟から戻る途中、偶然にも一人新たなエフェクト持ちを発見してしまったのだ。
現在たった二人でここまで苦戦しているのに、そこへ先日発見した一人を加えればどうなるか……悲しいかな、自明の理である推しメンの敗北だろう。
まさか新規参戦が一人であるはずはないだろうし、乙女ゲームで今まで全く出現していなかった新しい攻略キャラが現れるのは、決まって長期の休暇前と相場が決まっているのだから。
――幸いなことに、まだ夏休みまでの時間は僅かにだが残っている。
***
本日は“七月二日”。
現在時刻は四時十分。
場所は学園内の訓練実習棟から本館に続く渡り廊下。
ついさっきまで先日から始まった、星詠みの能力を持つ生徒だけを対象にした授業後の一幕――。
『お前は三日間だけの気候を言い当てる才だけなら、学年で一番の的中率だ。なのに呼び出された理由は分かっているな?』
『はい、先生の仰りたいことは重々。何で三日より先が全く見えないのかってことですよね? 私も困ってはいるんですけどなかなか。これってやっぱり、我流の期間が長かったのがいけなかったんでしょうか?』
『そうだな……それも考えられなくはないが、お前の場合は水晶の性能と、自分と相性の良い【星】が見つけられていないせいだと思うぞ。他の小さな星の声まで拾うから正しく星を詠めない』
『水晶はともかく……自分の【星】ですか』
『まぁ提出物はきっちり出しているし、少し前まで壊滅的だったミニテストも最近問題なく出来ているから、星詠みの方も訓練を積めば何とかなるかもしれんしな。あまり深く考えすぎるのも良くない』
『はい~……』
と、いうのがこのゲーム内では珍しく、前世の私より幾つか年上の教師にそう言われて終えた二者面談である。そしてそんな苦々しい気分でさっきまでの出来事の回想を終えた私は、渡り廊下の壁に張り付きながら、生前観たスパイ映画よろしく息を潜めてその時を待っていた。
今からやろうとしていることに気分自体は下がりっぱなしだけど、背に腹は代えられないのだ。演じ切れ私。お前は女優だ。
――本日のミニテストの点数、良し。
――自主制作したイベントマップ、良し。
――移動中のターゲットの現在地確認、良し。
――現在私の周囲にターゲット以外の人の気配……なし。
いざ行かん、推しメンの明るい未来の為に! 私はターゲットの足音が近付いて来たことに早鐘を打つ胸を押さえ、こちらが柱の影から踏み出しても勘ぐられない時点まで引き付けてから一歩を踏み出した。
「キャッ!」
待ち伏せしていた物陰から急に現れた私を回避しようと、その場でたたらを踏んで堪えるヒロインちゃん。許せ、これも私の使命の為なんだ。
「あ~、急に飛び出して来ちゃってゴメン! 怪我しなかった? アリ……じゃない、ティンバースさん」
「え、えぇ、わたしは大丈夫よ。それより貴女も怪我はない?」
突然現れた私を回避しようとしたせいで、抱えていたノートが数冊床に落ちてしまったのに、アリシアは一瞬やや驚いた表情をしただけで加害者である私の心配をして微笑んでくれた。
羨ましいくらい長い睫毛、バラ色の頬、ふっくらとした薄紅色の唇、鈴を転がすような可愛らしい声と、息をするように飛び出す他人への気遣い。
見よ、この……圧倒的、女子力……!!
ヒロインちゃんと言えばこれよ、これ。このガバガバに広い包容力。同性なのに一瞬キュンとしてしまうでしょうが。
「うん、私も大丈夫だよ。というか……むしろ飛び出して怪我させそうになったのは私だし。ゴメンね?」
「ふふ、そんなこと気にしないで。わたしも周囲に注意していなかったことが悪いんだもの。貴女に怪我がなくて良かったわ」
クスクスと優しげに笑うアリシアは、もう美術品の女神像かと思うくらいに美しい。こんなの心の中で自分のお姫様を探し求める男子生徒達は、惚れるなという方が無理である。
「えっと、お詫びと言ってもあんまり大したことは出来ないんだけど、そのノート女の子一人で運ぶには重そうだね。もし良かったらだけど本館に行くなら手伝おうか?」
「あら、どちらも怪我はなかったのだし……そんなの悪くないかしら?」
「良いの良いの。むしろそれくらいさせてよ。本館のどこまで運ぶの?」
ここで断られてはこの先にあるイベントに引っかかってしまうので、やや強引なくらい詰め寄れば、アリシアは「本館の職員室までなのだけれど。それじゃあ、お言葉に甘えて半分こしましょうか」と遠慮がちにノートを預けてくれた。
でも“半分こ”という割にはアリシアの取り分が多いので、私はアリシアの分をさらに多く奪い返す。実際にアリシアの細腕よりは田舎育ちの私の腕の方が強いと思うし。
するとアリシアは「そう言えば貴女のお名前を聞いても良いかしら?」と訊ねられて、内心舌打ちをしてしまう。
何でヒロインちゃんはすぐに相手の名前を知りたがるんだ。この“お手伝いイベント”が終われば他人同士なのに……とは思いつつも「隣のクラスのルシア・リンクスだよ」と教える。
するとアリシアは「まぁ、それではカインと同じクラスなのね」と嬉しそうに微笑む。その微笑みに“スティルマン君もな”と突っ込みたくなるけれどそれは我慢だ。現在彼女の中で記憶から抹消された推しメンは、失礼な発言をしてくる同級生に過ぎない。恐らく印象は最悪だろう。
だからこそ、この先に待ち受ける、先日発見した攻略対象キャラの一人のあるイベントを跨いで“本来ならあり得ないイベント”を発生させようとしているのだからな!
私とアリシアは端から見ればキャッキャ、ウフフと女子生徒同士の会話を交わしながら本館に向かう渡り廊下を歩いているが、彼女の内心はどうであれ、私にはここから先が勝負所だ。
――もうすぐ渡り廊下が終わる。本来なら職員室に一番近道な、本館に入ってすぐ右手にある階段を使うところだが、今はその階段を使わせる訳にはいかない。
何故ならその階段の踊場では今まさに、攻略対象キャラである緑色の星のエフェクトを持ったヨシュア・キャデラックが、他の女子生徒達とハーレムを楽しんでいるからだ。ヨシュアに見つかったが最後、強制的に【キミも僕の子猫ちゃんにならない?】イベントに突入してしまう。
推しメンの為にもそうはさせるかよ。あと、純粋に私がこのキャラが嫌いなのだ。最初にあのイベントに巻き込まれた時は鳥肌が立った。きっとアリシアも嫌いに違いない、うん。
「ねぇ、ティンバースさん。職員室に行くなら、この先にある大階段よりも少し遠回りになるんだけどさ、二つ目の小階段から行ってみない? あっちの階段の踊場にある窓から見える裏庭の花が、今ちょうど見頃なんだよ」
……私の下調べは完璧だ。
「まぁ、そうなの? この学園に入学して結構経つのに知らなかった。是非見てみたいわ」
廊下で会ってから初めて心底嬉しそうな笑顔を見せてくれたアリシアに、少しだけ良心が痛んだけれど、こんなことでめげてどうするのだ私。推しメンの為にも頑張るんだろうが。
今ここで一つの出逢いイベントを潰したところで、いつか別の場所でアリシアはヨシュア・キャデラックに出逢うかもしれない。けれどそこはそれ、また先回りして潰せるようなら潰すだけ。
「嬉しそうな反応してくれて良かった。それじゃあ行こっか!」
私は一際弾んだ声を出して、アリシアを小階段の踊場に連れて行く為に歩き出す。待っていろよ推しメン。今から私が素敵なイベントを発生させに行くからね!
応援ありがとうございます!
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