ゼニスは視界の隅で笑う~争いはバトルで裁かれる、監視社会の現代版コロッセオ~

綴火(つづりび)

文字の大きさ
19 / 83

第19話:拭えない違和感

しおりを挟む
公園の出口へとゆっくり歩き出す。

風は穏やかで、
さっきまで胸の奥で渦を巻いていたざわつきも、
少しだけ輪郭がぼやけてきた気がした。

((メロンパンか~......ふふっ。なんか、急に楽しみになってきた。))

((──良い傾向です。))

((食べものの話すると、元気出るタイプなんだよね、きっと。))

((──はい。遥のデータからも、その傾向は高いと推測されます。))

((データで言われると、なんか照れるんだけど......うふふ。))

公園を出ると、見慣れた二車線の大通りが伸びている。
横断歩道の前で、足をそっと止める。

((信号変わったし、いこ~!))

((──渡行可能です。))

信号を確認して、静かに歩き出す。
横断歩道を渡れば、くろいわベーカリーはすぐそこだ。

((くろいわベーカリーすぐそこだね。))

((──はい。))

店先が見えてくる。
くろいわベーカリーは、当たり前だけど、
退院した時と何ひとつ変わっていなかった。

店内に入ると、
パンが並ぶ棚も、
レジの位置も、
記憶の中と変わらない。

((ゼニスお気に入りのメロンパンを何個買おうかな~?......ふっふっふ~))

((──遥。何個購入するつもりですか?))

((ゼニスが満足しそうな個数だけど......ふふっ))

((──遥。1個あれば十分ではないですか?))

((え~~っ、せっかくだし4個くらいは買おうよ!))

((──4個ですね。摂取カロリーの計算を行います。))

((わたしが食べる量じゃないよ~? ゼニスの分も含めてだよ。))

((──結果的に遥が摂取するカロリーになりますが。))

((細かいことは気にしなくてもいいの~......
  一緒に食べたら美味しいでしょ?))

((──はい。非常に良いものです。))

((じゃ~、メロンパン4個で決まり!
  あとは、どうしよっかな~?))

((──遥。楽しそうなことが、身体データから伝わってきます。))

((だって、なんか色々考えすぎたけど......
  ゼニスとパン選んでるの楽しいもん!))

((──良い傾向です。))

棚に視線を移すと、
見覚えのある総菜パンが並んでいる。

((これも、美味しいよね~!
  ご飯になりそうだし、いくつか買っておこうかな~。))

((──はい。栄養バランスも問題ありません。))

((じゃあ、この焼きそばパンと......あとこのコロッケのやつも。))

いくつか手に取り、
トレーにそっと置いた。

((買いすぎかな?))

((──食事分込みと考えれば、許容範囲です。))

そのままレジへ向かう。
何気ない動作ひとつひとつが、
さっきまで揺れていた胸の奥のざわつきを、
ゆっくりと落ち着かせていくようだった。

レジに並ぶと、
店員さんの柔らかな『いらっしゃいませ』が聞こえた。
退院した時も、たぶん同じ声だった気がする。

トレーを差し出すと、
パンがひとつずつ丁寧に袋へ入れられていく。

((絶対メロンパン好きだと思われてるよね?))

((──はい。その可能性は高いと推測できます。))

((ま~事実だし、いっか~、
  半分はゼニスの分だしね~......うふふ))

((──結果的に全てのカロリーは.......))

「もう!わかってるよ~!あっはは」

思わず声に出して笑ってしまう。

((──遥。声量にご注意を。))

((ごめん、ごめん、ついおかしくってさ......ふふふ))

焦って店員さんの方に視線を向ける。

......けっこう大きな声が出たはずなのに、
すぐ目の前にいた店員さんは、
まるで何も聞こえなかったかのように、
淡々と袋詰めを続けていた。

((店員さん、袋詰めに集中してたのかな?))

((──その可能性はあります。))

((実は、声がでているようで、一切でていないとか......
  そんなホラー展開は、さすがにないでしょゼニス?))

((──ホラーとは、恐怖を題材とした物語の総称を指します。))

((うわぁ~、出たよゼニス辞書!))

((──遥。そのような名称の辞書は存在しません。))

「でしょ~ね!......あはは」

また、思わず声にだして笑ってしまった。

ふたたび視線を店員さんへ向ける。
手を動かしながら、
こちらには一切反応を見せない。

まるで──
さっきの笑い声が、
届いていないみたいに。

((う~ん......わたしの声って小さいのかな?))

((──遥。店員が作業に集中しており、
  声に気づいていない可能性が高いと推定されます。))

((......そうこともあるよね~。))

そう自分に言い聞かせるように返して、
そっと視線を店員さんへ戻す。
機械のように一定のリズムで作業を続けていた。

やがて袋詰めが終わり、
レジの電子音がひとつ鳴る。

会計を済ませ、袋を受け取ったその瞬間——

「ありがとうございました。」

店員さんは、
接客マニュアルに載っていそうな、
教科書どおりの笑顔を浮かべていた。

完璧に整っていて、
乱れも、感情の揺れも一切ない。

まるで——
笑顔、という表情のテンプレートを貼りつけただけみたいに。

くろいわベーカリーの袋を手に持ち、
店を後にした。

((今日はなんか......今まで気がつかなかったことに気がつく日なのかな......))

((──遥。環境適応の過程で、知覚の精度が上がる場合があります。))

((精度が上がるっていうより......
  なんか、今まで普通だと思ってた部分が、
  急に違って見えるっていうか......))

((──認識の揺らぎは、疲労時には珍しい現象ではありません。))

((そっか......疲れてるだけ、かもね......))

ふと、足を止めて空を見上げた。

晴れていて、雲ひとつない。
青さも、日の光の角度も、
まるでテレビの中で見る理想の空そのもの。

綺麗なのに——
どこか、現実の空とは違うような、
わずかな作り物めいた気配が胸をざわつかせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...