ゼニスは視界の隅で笑う~争いはバトルで裁かれる、監視社会の現代版コロッセオ~

綴火(つづりび)

文字の大きさ
20 / 83

第20話:規則的すぎる街の気配

しおりを挟む
くろいわベーカリーの袋を手に、
大通りへと足を向けた。

信号が、
青から黄へ、そして赤へと、
決められた順番だけを静かになぞっていく。

((ゼニス、メロンパン楽しみだね。))

((──はい。甘味の選択は良い傾向です。))

((4個も買っちゃったしね~......ふふっ。))

((──摂取カロリーについては......))

((はいはい、わかってるよ~......ふふ))

信号が赤に変わる。
足を止めたそのすぐ隣に、
ふっと影がひとつ並んだ。

見た目は、どこにでもいるような
スーツ姿のサラリーマン。

横顔は動かず、
目線はずっと前だけに固定されていて、
まばたきの気配すら感じられない。

その人の表情だけはまるで
時間から切り離されているみたいに静かだった。

((ゼニス......隣にいる人......まばたきしてなくない?))

((──視線の固定は、集中状態で発生することがあります。))

((集中って......あんなに動かないもの?))

((──個人差があります。))

ふと、その人の肩がわずかに上下したように見えた。
呼吸なのか、それとも違う動きなのか、
判断できないほど静かな揺れ。

信号が青へ変わる。

隣の人は、
やっぱり前だけを見たまま、
一定の速度で歩き出した。

((ゼニス......さっきの見た?))

((──視線の固定については把握しています。))

「めっちゃ、怖いんですけど~......あはは」

思わず声にだして笑ってしまう。

((──遥。声量にご注意を。))

((ごめんごめん......でも、まばたきしないとか普通に怖いでしょ......))

((──遥。まばたきの頻度には個人差があります。
  集中時に減少する例も報告されています。))

((そうなのか~......でも、怖いよね......ふふふ))

歩き出した隣の人は、
一定の速度のまま前だけを見て、
足音すら不自然に均一だった。

((そういえば、この前しもむら行った時も、
  そんな感じの人いたような気がするな......
  久しぶりのショッピングで、わくわくしてて
  気にしてなかったけど......))

((──遥。そういう人もいるというだけのことです。))

((うん、今までそんなの気にしたことなかったな......))

((──遥を取り巻く状況が変化しているので、
  些細な刺激に過敏になる可能性はあります。))

((だよね~......気にしても仕方ないね......ふふ))

信号を渡り切り、
大通りの反対側、ひより医科大学付属病院の前へと足が戻った。

少し前を歩いていた
まばたきをしないサラリーマンは、
こちらを振り返ることもなく、
ただ一直線に歩道を進んでいく。

速度も、姿勢も、
何ひとつ揺れることなく——
作られた映像のように歩いていった。

((めっちゃ商談のこととか......色々考えてたんだよね、あの人。))

((──集中状態だったと推測できます。))

((だよね~......仕事って大変だもんね!))

((──はい。そうした負荷が行動に影響する場合もあります。))

横断歩道を渡り切って、
そのままホテルのあるほうへ歩き出す。

大通りは車の量が多いはずなのに、
『ブーン......』『ブウン......』
『プップー......』といった街の音が、
なぜか同じ間隔で繰り返されているように聞こえた。

リズムを刻むみたいに、
一定のテンポで街が動いている感じ。

((車の走ってる音とかも、
  なんか一定のリズムに聞こえるよね......))

((──環境音そのものが変化しているわけではありません。
  遥の注意が細部に向いているため、
  規則的に感じられている可能性が高いです。))

((そっか......そういうもんかもね......))

((──はい。状況の変化により、
  感覚が鋭くなるのは自然な反応です。))

ゼニスの言葉に軽くうなずきながら、
ホテルのほうへ歩みを進める。

規則的に聞こえている街の音は、
そのまま一定のリズムを刻み続けているように感じられた。

歩きながらふと周囲を見渡すと、
駅前の繁華街なのに、人とすれ違うことが、
少ないような気がする......

((時間帯のせいかな?))

((──はい。人通りは時間帯で大きく変動します。
  珍しい状況ではありません。))

ゼニスの返答に、
わたしは思わず小さく息を吐いた。

((そっか......だよね......気にしすぎかも......))

((──緊張状態が続いているため、
  些細なことに注意が向きやすくなっています。))

((......うん......そだね......))

((──遥。好物のメロンパンを摂取すれば
  幸福度は大幅に回復する見込みです。))

((ゼニス......元気だしてって言ってくれてるんだよね?))

((──はい。遥の幸福度は、
  優先して把握すべき情報です。))

((ゼニスらしいな......ふふふ))

ホテルの入口に着くと、
自動ドアが静かに開いた。

ロビーは明るいのに、
人の気配はほとんどなくて、
受付のスタッフも無言でパソコンに向かっている。

軽く会釈しながらフロント横を通り過ぎ、
エレベーターに乗り込む。

((今日は......なんか色々あった気がするな......))

((──客観的には、移動と買い物のみです。))

((そうなんだけどさ......ふふっ))

エレベーターが静かに上昇し、
いつもと同じ階に到着する。

廊下を歩いてカードキーをかざすと、
電子錠が短く鳴いてドアが開いた。

部屋に入ると、
静かな空気がゆっくりと迎えてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

処理中です...