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35 シャール
しおりを挟むメイドに扮したフラヴィオを不埒な目で見ている野郎共に、シャールは血走った目を向ける。
手を出せばただじゃおかないと、言われずとも察した見習い神官共は、一斉に口を噤んだ。
フラヴィオが美人すぎることを把握していたシャールだったが、まさか戦場の鬼神までも魅了するとは、想定外の事態だった。
(だって、メイド姿なのよ?! 女の顔はみんな同じに見えるって。対象外だって言ってたじゃないの……)
我が目を疑うシャールは、剣の師――クレメント・ジラルディの動向を注視する。
フラヴィオが男だと気付いている様子はない。
だが、神官に治療を頼むクレメントは、なぜかフラヴィオを抱っこしたままだった。
「重くはないですか……?」
遠回しにおろしてほしいと告げたフラヴィオは、間近でいかつい顔を見ていた。
全く恐れを抱いておらず、むしろ好意的な視線。
シャールが好ましく思うフラヴィオは、やはり人を見た目で判断しない、素敵な人だと思った。
「……正直に言っていいか?」
「はいっ。あの、おります――」
「私の愛用している剣より軽い」
真顔で語ったクレメントは、フラヴィオが栄養失調だと気付いている。
一目惚れしたというより、明らかに弱っている人間を放っておけないのかもしれない。
クレメントが部下を家族のように大切にする男だということは、ジラルディ公爵領では有名な話だ。
ただ、見ず知らずの人に親切にする程、優しい男ではない。
「…………どれだけ重い大剣なんだ」
ボソッと呟くフラヴィオは、翡翠色の瞳がきらきらと輝いていた。
体を動かすことのなかったフラヴィオは、自分にないものを持っているクレメントに、自然と惹かれているのかもしれない。
もしふたりが恋に落ちたなら、世間に大きな衝撃を与えることになるだろう。
そこまで分析していたシャールは思う。
(でもね。残念なことに、どう見ても親子にしか見えないのよねぇ~……)
クレメントは決して醜男ではない。
ただ、実年齢より上に見えるのだ。
戦場の鬼神がフラヴィオの味方についてくれたら、どれだけよかったか。
身分は上でも、変人だと敬遠されているシャールよりも影響力はあるはずだ。
どうやって味方に引き込もうかと考えていると、マルティンがしゃしゃり出てきた。
フラヴィオに関わろうとする者は、皆敵だと思っている残念な脳筋野郎は、シャールの婚約者だ。
「レオーネ領の賊は、既に捕縛したが? 陛下にも報告済みだが。一体どういうことなんだ?」
「え゛?!?!」
百戦錬磨の大男に見下ろされるマルティンの顔から血の気が引く。
「なんです? 閣下が嘘をついているとでも仰りたいのでしょうか?」
不気味なほどにこやかに微笑むアキレス・フォレスティが右手を上げれば、ぞろぞろと屈強な騎士が集まってきた。
「トレント侯爵を呼び出す必要がありそうですね? あなたに学園を休学させ、賊を捕縛するように命を出していたのか、確認します」
「っ、ちちち、父上にッ!? そ、それだけは……ッ!!」
「ですがその前に。今のあなたの実力を知っておきたいので、訓練場に行きましょうか。閣下には及びませんが、私たちがお相手します」
「い、いや、無理ですっ、今は――」
「なぁに言ってんだよ。仲良くやろうぜ?」
「……ッ!!!!」
レオーネ領に現れた賊は既に捕縛されているというのに、ホラを吹いたマルティンは、戦場の鬼神を心から尊敬する騎士たちに連行されていった。
「ハァ。なにをやってるんだか……」
どうしようもない婚約者なのだが、シャールはマルティンのために戦場の鬼神に頭を下げていた。
苦労しているな、とだけ告げたクレメントは、さっさと治療を受ける部下のもとへ向かう。
「ちょっと待ってよッ! 久々に会えた弟子に、それだけ?!」
「…………」
(歩行スピードが速すぎる。さっきフラヴィオを抱っこしてた時は、ゆったりだったくせにッ!!)
「あっ、そうそう。さっきの金髪美人なメイドなんだけどッ! 私のメイドなのよ?」
「…………なに?」
ぴたりと足を止めたクレメントが、不機嫌そうに振り返る。
喜びを隠しきれないシャールは、にんまりと笑っていた。
「ふふふふふっ。あの子となかよくしたいなら、私を通してくれないとねぇ~?」
「…………やはり、彼女は只者ではないな」
「っ、それってどういう意味よッ!!!!」
フッと、やけに楽しげに笑った師の顔を初めて見たシャールは、目玉が飛び出そうになっていた。
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