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しおりを挟む騒然としている招待客から離れたフラヴィオは、ミゲルを気遣いつつ、話を聞くべきか迷っていた。
「ヴィオ」
「っ、」
聞き慣れた声に、フラヴィオの体が硬直する。
この世で唯一フラヴィオを愛称で呼ぶ人が、庭園に現れたのだ。
招待客がぞろぞろと集まってきたものの、厳かな空気が流れていた。
「クレム様……」
使用人から話を聞いたのだろう。
今日はクレメントから、どうしてもやらねばならないことがあると話を聞いていたのだ。
迷惑をかけてしまったと深く反省するフラヴィオが謝罪しようとしたのだが、その前にクレメントが片膝をついた。
「今日は結婚記念日だろう?」
「えっ、」
真っ赤な花束を持ったジラルディ公爵閣下が、美しき後妻の前で跪き、背後にいた招待客が揃って息を呑んだ。
相思相愛でなくとも、結婚記念日に夫が妻に花束を贈る行為は、珍しいことではない。
だが、今目の前で巨大な花束を抱えているのは、冷酷無情と恐れられている戦場の鬼神である。
公爵家の人間は目撃したことはあれど、招待客は初めて英雄が跪いた姿を見たのだ。
度肝を抜かれている人々をよそに、クレメントがフラヴィオに花束を差し出した。
「いつも私の一番近くにいてくれて、ヴィオには心から感謝している。ヴィオがいるから、私は毎日を大切に生きていけるんだ……。これからも、ずっとそばにいてほしい」
大勢のギャラリーがいても気にも留めない公爵閣下は、堂々と妻に愛を囁く。
なんとロマンチックな男なのだろうと、皆がどこか羨ましそうにフラヴィオを見ていた。
「っ……ありがとうございます。私も、クレム様と同じ気持ちです。ずっと一緒にいたいです」
巨大な花束抱えるフラヴィオが、真っ赤な花に負けないくらいの輝く笑顔を見せていた――。
熱い視線を絡ませるふたりに、盛大な拍手が送られる。
そして人々を押し退けて出てきた女性が、涼やかな目元を和らげる。
先代公爵夫人が、フラヴィオの目では追えないくらいのとてつもない速さで拍手をしていた。
「あらまあッ! 花を踏み潰していたあなたが、結婚記念日に薔薇の花を贈るだなんてっ! あなたも愛する人ができると変わるのねぇ~」
しみじみと呟くロレッタが、感極まっている。
なんだか恐ろしいことを言った気もするが、フラヴィオの気のせいだろう。
興が削がれたように溜息を吐くクレメントが、「……今言わなくてもいいだろう」とぼやく。
「フラヴィオちゃんは、息子を変えてくれた救世主よっ!」
フラヴィオがなにをしても可愛い可愛いと愛でるロレッタは、クレメントに似ている。
義理の母は、フラヴィオにとても甘いのだ。
(クレム様は、元々誰よりも素敵なお方だ。私はそんなクレム様を好きになっただけで、特になにもしていないというのに……)
それでも照れ臭くなって頬を染めたフラヴィオは、さりげなく花束で顔を隠す。
独特の甘い香りが鼻腔をくすぐり、ハッとしたフラヴィオはまじまじと花束を見つめる。
「っ、まあッ!!」
驚きに目をまん丸にするロレッタが、思わず声を上げた。
なぜなら、フラヴィオが突然、真っ赤な花を口に含んだのだ。
「甘くて、美味しい……」
ぺろりと唇を舐めたフラヴィオに、見ていた者たちがごくりと唾を飲んでいたが、翡翠色の瞳は最愛の夫に向けられていた。
薔薇の花だと思っていたものが、薔薇の形に飾り切りされた苺だったのだ。
フラヴィオがルビーのように輝く大粒の苺を皆に見せれば、あっという間に人が集まる。
「まあッ! これ全部、苺よっ!?!?」
「なんて素晴らしい技術なの? まさか、全て閣下の手で……?」
「一体、何本あるのかしら……」
「三百六十五本だ」
珍しくクレメントが質問に答えれば、皆が面食らってぽかんとする。
仰天する客人を見回し、クレメントがニタリと笑った。
「三百六十五日、毎日ヴィオが恋しい」
「「「~~~~ッ!!!!」」」
クレメントが公開告白し、フラヴィオ以外の者たちまで大興奮である。
取り乱さないよう、花束を握りしめて必死に堪えていたフラヴィオだが、苺のように真っ赤な顔で震えていた――。
「冷酷な人だと思っていたけれど、私たちがよく知らなかっただけみたいね?」
「そうね? これほどまでに想いのこもった、素敵な贈り物をしてくれるんだもの……」
羨ましそうな眼差しでフラヴィオを見つめる夫人たちが、クレメントを見直している。
フラヴィオにとっては、なによりも喜ばしいことだった。
そしてクレメントは、愛する妻の大切なものを、自身のために利用しようとした小僧を見下ろした。
「ヴィオを傷付けるなら、私は決してお前を許さない。良き弟であり続けろ」
「ッ!!」
先程よりも幸せそうなフラヴィオを見つめ、敗北感を味わったミゲルは、誰にも気遣われることなく会場を後にしていた――。
その日。
ミゲルの予想通り、ジラルディ公爵領で号外が発行された。
結婚記念日に、英雄が妻に贈った薔薇の花束が、すべて苺で作られたものだという、とてもロマンチックな記事だった。
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