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43 ユージーン
しおりを挟むどうしてあの子は、私のそばにいてくれないのだろう……?
最初は、ただ弟とよく似た笑顔を浮かべるノエルのことが気になっていた。
話してみるとすごく純粋で、当たり前のことだが、私の我儘な弟とは別人だった。
髪色も瞳の色も、顔立ちだって全然違う。
でも、それでも、どうしてもノエルの姿を目で追ってしまう……。
今までは、私がなにもせずとも勝手に人が集まって来ていた。
だから、ノエルがとびっきりの笑顔を向ける相手が、どうして私ではないのかが、本気でわからなかった。
田舎から王都へ向かう長旅の途中、またあの女のいるところに戻るのかと考えただけで、私の体は異常を訴える。
何度も馬車を止めてもらい、道端の茂みで嘔吐していると、誰かが私の背をさすってくれた。
「ユージーン様、大丈夫ですか?」
「……ああ。馬車が得意ではなくてね」
「そうだったんですか……。これ、飲めそうですか?」
心配そうに眉を下げるノエルが水を渡してくれ、それを受け取った私は一気に飲み干した。
「っ……おいしい」
「ユージーン様の体調が良くなるように、おまじないをかけておきました」
そう言って、にっこりと微笑んだノエルは、天使のように愛らしかった。
ノエルに笑みを向けて欲しいと願っていたのに、今はどうしてかノエルの顔を見ていられなくて、私は視線を落とした。
ただの水なんだが、温かい。
どろどろとした思考で埋めつくされていた脳内が、さっぱりした気がする。
その後、馬車に戻っても私の体調が悪化することなく、無事に王都に到着することになった。
それからあの女の顔を見ても、吐き気を催すことが少なくなっていることに気付いた。
ノエルと会った翌日は、特にそうだった。
気分が優れない私の手を握り、おまじないをかけるノエルを、私は小さな魔法使いだと思っていた。
初めて、演技をせずとも優しくしたいと思った相手だ。
ノエルのことばかり考えるようになったが、彼には恋人がいる。
エドワードのために必死になって働く姿は、私には眩しくて仕方がなかった。
自己犠牲だとは微塵も思っていない、見返りを求めることのない行動。
私を金で縛り付け、私の気持ちなんてお構いなしに見返りばかりを求めてくる女とは、真逆の人だ。
ノエルが欲しくて欲しくてたまらない。
だがこの時は、ノエルの笑顔を奪ってまで、自分のものにしたいとは思っていなかった。
そしてその気持ちが変わったのは、ノエルが冒険者登録をしたと報告してくれた時だった。
エドワードになにか言われているようで、私はノエルと会う機会がほとんどなくなっていた。
だから気付けなかった。
久々に会ったノエルが、やつれていることに……。
最初は、金を貸すから冒険者なんて危険な仕事はしなくてもいいと話した。
金も返済する必要はないと話したのだが、ノエルの意思が固く、止めることができなかった。
ノエルが死んでしまうかもしれないと不安になり、有能な冒険者に依頼し、ノエルを尾行させた。
もちろん、なにかあった時に助けるために。
だが、ノエルは魔法を使える特別な子だった。
この世に魔法を使える者は、ほんの一握りしか存在しない。
私の心に平穏をもたらすノエルは、本当に魔法使いだった。
火魔法に水魔法、風魔法まで使えるのだから、この国ではノエルの右に出る者はいないだろう。
安心していたのだが、無事に依頼を終えたノエルは、しばらくその場で蹲っていたらしい。
恐怖もあっただろう。
だが、ごめんなさいと呟き続けるノエルは、魔獣を殺めたことに涙していたそうだ。
その報告を受けて、私の中でなにかがプツンと切れた気がした。
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