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34 マシュー
しおりを挟む二年程前から準備していたお部屋に、明かりが灯る。
ようやくノエル様を保護することができたユージーン様は、満面の笑みを浮かべていた。
ノエル様に付きっきりで、甲斐甲斐しくお世話をするユージーン様のエメラルドグリーンの美しい瞳は、光を宿しておられた。
「あれが、ユージーン様の本物の笑みなんですね……」
ユージーン様を支える者たちが、揃って涙ぐむ。
人形のようだったお方が、今は恋い焦がれている相手との穏やかな時間を過ごされている。
これが甘い夢なら、どうか永遠に醒めないでほしいと願ってしまう。
私は、私と同じ気持ちでいる皆を見回した。
「全てはノエル様のおかげです。わかっているとは思いますが、皆、丁重にもてなすように」
「はいっ、もちろんです」
「ユージーン様の恩人ということを抜きにしても、私たちはノエル様を敬愛しております」
「二人が結ばれる日が来たら、どんなにいいことか……」
ノエル様には、恋人がいらっしゃる。
それ以上は口にしてはいけないと、私は興奮を抑えきれない皆を嗜めた。
ノエル様を診察する際に、上半身を見た私は必死に涙を堪えていた。
肋骨が一つ一つ浮き上がった、痩せた体……。
同じような体型の子供を見たこともあるが、ノエル様の場合は心の病が原因だろう。
我々は四年もの期間、彼を陰から身守ることしか出来なかった。
たまに遊びに来られていた時は、日持ちする食料を手土産として渡すことしかできなかったが、今は違う。
顔立ちの整ったスキンヘッドの男を見つめ、私は指示を出す。
「まずは、食事を楽しんでもらいましょう。ノエル様は羽のように軽いですから……」
「胃に優しいものをご用意致します」
「盛り付けは可愛らしくしてくださいね、料理長。ノエル様は、可愛いものがお好きですから」
「言われるまでもない」
ニッと口角を上げた料理長のバートは、さっそく調理に取り掛かった。
普段は人に食事を用意してもらうことのないノエル様は、見た目が厳つい料理長とも仲が良い。
ノエル様の誕生日パーティーでは、彼を感動で泣かせるほどの大作のケーキを作成したのだ。
単なる朝食でも、たっぷりと愛情を込めて作ってくれることだろう。
初めて会った時の元気いっぱいなノエル様に戻るまで、私は彼をこの屋敷に引き留めるつもりだ。
働き詰めの環境に慣れてしまっているノエル様には、休養が必要。
はじめは退屈だと思われるかもしれないが、自身のために時間を費やしてほしい。
ユージーン様だけでなく、私たち使用人一同も、ノエル様が退屈しないよう策を練っていた。
ノエル様のお部屋に、二人分の温かな朝食が運ばれて来る。
デイジーの花を模した料理に、桃色の瞳は釘付けになっていた。
「今日は天気がいいから、ランチは庭で食べないかい? ノエルの髪色と同じ、桃色の花が咲いているんだよ」
「そうなんですか? お庭もさぞ素敵なんでしょうねっ! でも……ユージーン様? その前に、まずは出来立ての朝食を食べませんか?」
ランチのお誘いをしているのに、目の前の朝食に見向きもしないユージーン様に、ノエル様がくすりと笑う。
我々の前では常に完璧なユージーン様は、ノエル様を前にすると、はしゃいでいる子供のようだ。
三つ歳下のノエル様の方が大人に見えて、私たちは微笑ましく眺めていた。
「ふふっ、すまない。ノエルといると楽しくて……。一緒にやりたいと思っていたことがたくさんあったから、つい気が急いてしまったよ」
そう言って、病人だからとノエル様に食べさせようとするユージーン様は、スプーンで花の形を崩してしまい、ノエル様に『最後のお楽しみにしていたのにっ』と怒られていた。
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