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35 マシュー
しおりを挟む──天気の良い昼下がり。
ユージーン様に誘われて、庭一面に咲く桃色の花に囲まれるノエル様は、とにかく愛らしいの一言に尽きる。
桃色のデイジーの花は、庭師のフランツが丹精込めて育てたもの。
その中心に咲く『希望』の花に、熱い視線を送るフランツは、緑色の瞳を潤ませていた。
そこへ飛び込んできた、クリーム色の小動物。
丸いフォルムと垂れた耳が愛らしい子猫は、ノエル様に向かって一直線に走っていった。
「野良猫かな? すごく可愛いですね」
「ああ、愛らしいな……」
迷い込んだ子猫を抱き上げ、優しく撫でているノエル様。
そんなノエル様をいつまでも見つめるユージーン様は、本当に幸せそうだ。
この屋敷の警備は厳重なので、子猫は迷い込んだわけではなく、こちらが用意したものだ。
ノエル様を驚かせようとしたのだが、子猫がノエル様に懐いてしまった。
「名前はなににしようか。ノエルが決めていいよ」
「えっ!」
「この子は、ノエルが好きみたいだからね?」
「っ……それなら、ユージーン様と一緒に決めたいです!」
二人で子猫の名前を考えている姿を、遠くから眺める私たちはハンカチが手放せない。
寄り添う二人を見ているだけで、私たちもほのぼのとした気持ちになっている。
そんな時間に水を差すのは、昼夜を問わず何度も訪問して来る迷惑な客の存在。
いや、客ではない。
恋人を長年傷付けていることに気付かない、愚鈍な男。
療養するために、ノエル様との面会は控えてほしいとお願いしているのにもかかわらず、ここ一週間は毎日のように足を運んでいる。
ノエル様の話によると、最近はすれ違いの生活を送っていたそうだ。
それなのに、ノエル様がユージーン様と共にいるとわかった途端に会いに来るだなんて……。
彼がノエル様の恋人だとわかっていても、なんと厚かましい男なんだろうと、怒りがふつふつと湧いて来る。
彼の訪問がある度に、私たち使用人の結束は強まっていた。
「ノエルが眠ったから、部屋へ連れていくよ」
暖かな日差しが心地よかったのか。
それとも、ユージーン様の傍にいることで安心されたのか。
あまり熟睡出来ていなかった様子のノエル様は、今はすやすやと眠りについていた。
ノエル様を大切に抱き上げているユージーン様が、「あまりに軽い」と苦しげな声を漏らす。
ノエル様のお部屋へ連れていくと、寄り添うように子猫も丸まってお昼寝を始める。
うっとりとするユージーン様がその姿をしばらく眺めたのちに、部屋を後にする。
彼に呼ばれて隣の部屋へ行き、庭を眺めるユージーン様の後ろ姿を見ながら、私は一息ついた。
「ノエルは休職を希望していたが、私の判断で退職させることにした」
「はい。その方がよろしいかと……」
「ノエルの代わりの者を手配したから、店主は納得していたが……。一週間もしないうちに、マルコが怒鳴り込んでくるだろう。まあ、私の知ったことではない。あの男にノエルを任せたというのに、いいように使っていたらしい。絶対に屋敷に入れないようにしてくれ」
「なんと……。畏まりました」
ユージーン様の友人であり、末っ子だからと甘やかされて育った男の顔を思い出して、深い溜息をこぼした。
この時の私は、後悔しているように見えたユージーン様の後ろ姿は、友人に裏切られたからだと、信じて疑っていなかった。
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