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36 マシュー
しおりを挟む夕飯の席で『数年ぶりに、お昼寝をしてしまいました……』と、照れ臭そうに話すノエル様に、私たちは心を痛めながらも、微笑んでいた。
「子猫の名前、テオに決まりました」
「素敵なお名前ですねっ! ノエル様がお考えになったのですか?」
「へへっ、はい!」
使用人たちとお喋りを楽しむノエル様は、こっそりとユージーン様を見つめていた。
その眼差しが、ほんの少しだけ熱っぽく見えた気がしたのは私だけではなかったようで、使用人の間でアイコンタクトが盛んに行われる。
視線が合う回数が明らかに増えており、二人の間でなにかがあったことは見て取れる。
このまま穏やかな時間を過ごせば、もしかすると二人の関係は変わるかもしれない……。
そんな希望の光が見えてしまい、使用人たちも浮き足立っていた。
◆
療養して一ヶ月が経過し、ノエル様がいるだけで、邸内の雰囲気はとても明るくなっていた。
子猫と生活しているうちに、お昼寝が日課になったノエル様。
本日はユージーン様の提案で、夜更かしをするそうだ。
広い庭に小さなテントを用意し、二人と一匹が星空を眺めている。
お茶をするためのテーブルだってあるのに、ノエル様を喜ばせるためだけにテントを用意したユージーン様だが、彼が最も楽しんでいるように見えた。
「流れ星を見逃さないようにしないと。ノエルもしっかり見ておくんだよ? 願い事も──」
「ふふっ。ユージーン様? いつかまた、僕の田舎に行きませんか? 流れ星がビュンビュン飛んでいるので見せたいです」
「っ、そうだね。その時のために、今からたくさん願い事を考えておくよ。ノエルも願い事を考えておいてね」
「…………僕の願いは、もう、半分は叶ったのかも」
二人の声が途切れて、離れた位置から見守る私たちの心拍数は跳ね上がっていた。
五十を過ぎてもハラハラしている私の隣では、「キ、キスか!?」なんて、ムードをぶち壊すフランツの口を塞ぐバートがいる。
静かにしろと目で合図を送り、私たちは耳を澄ませた。
「僕の夢は、好きな人が主役を演じる舞台を観て、結婚して、両親と仲直りをして、家族みんなで笑って過ごすこと……。でも、よく考えたら、それってごく普通な日常ですよね? 仕事漬けの日々で、僕はそのことに気付けなかった……。僕が心から欲しているのは、日常生活にある小さな幸せ……。ここは僕の故郷ではないけど、使用人のみんなは、僕の本当の家族だと思っています。僕が望んでいた願いを……僕が気付かないうちに、ユージーン様が叶えてくれていた、みたい、です……」
か細い声だったが、ノエル様がこんなに長く自身の話をしているのを聞いたのは、この時が初めてだった。
私の周囲の嗚咽を堪える音が煩くて、邪魔者はさっさと退散することにした。
ノエル様が私たちを家族のように思ってくれていることは、彼の態度から伝わってきていた。
それでも改めて聞くと、心の底から喜びが湧き上がって来る。
これからも、今のような穏やかな時を過ごせば、二人の未来は明るいのではないだろうか……?
今夜は邪魔をしないように、先に就寝しようと話し合っていると、玄関ホールに門番のラッセルが立っていた。
緑色の瞳が私を見つけて、申し訳なさそうに眉が下がる。
「ノエル様に、お客様が……」
対応に困り果てている様子のラッセルの隣には、ユージーン様の後援者の青年が、深々と頭を下げている。
泣き腫らした顔をしたメルヴィン様の突然の訪問に、使用人全員が困惑していた。
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