尽くすことに疲れた結果

ぽんちゃん

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45 ユージーン

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 最初は、ノエルをエドワードから奪ってやろうと思っていた。

 私がノエルを幸せにしたい。
 でもノエルは他人に迷惑をかけることを極端に嫌がる性格のため、誰にも助けを求めることはない。

 ノエルが助けを求めてくれないのなら、助けを求める環境にするしかなかった。
 そのための雇用契約だったが、ノエルを苦しめてしまったことには変わりなかった。
 そのかわり、たくさん甘やかして、大切に大切にしようと思っていた。

 だが、二人で子猫の名前を考えていた時に、私の気持ちは変わった。

 
 「この子の名前……テオ、はどうでしょう?」
 「ッ、」


 昼寝をしている子猫を撫で続けるノエルの言葉に、私は息を呑んだ。
 

 「僕は冬生まれなので、ノエルになったんですけど。両親の話によると、他にも候補があって。それが、テオドール。確か、『神様の贈り物』っていう意味だったかと……」


 今まで忘れていた、私の本当の名。
 久しく聞いたその名を呼ぶ声は、とてもあたたかく、胸が締め付けられた。
 目頭が熱くなって、うまく息が出来ない。
 

 「あ、あの、ユージーン様?」
 「…………うん、テオにしようか」
 「嫌でしたか? もしそうなら、他の──」
 「っ、嫌なんかじゃないっ」


 思わず声を荒らげてしまい、ノエルが大きな目を丸くしている。
 なんとかごめんねと謝った私は、両手でノエルの頬を包み込んだ。
 寒くもないのに、みっともなく手が震える。


 「ノエル、もう一度……名前を呼んでくれないかい?」


 私の顔色を窺いながら、ゆっくりと頷いたノエルが、吐息のような声で囁いた。
 

 「……テオ」


 いろんな感情が湧き出てきて、私は顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
 人前で見せることのできるような顔ではなかったはずだ。
 だがノエルは、私のみっともない顔をいつまでも見ていた。
 そして、私と同じように私の頬を包み込んで、もう一度『テオ』と明るい声色で呼んでくれた。


 今すぐ抱きしめたい気持ちを、なんとか堪える。
 

 今まではエドワードに縛られて、交流の幅を狭められていたのだから、愛おしいノエルには、まず一人になって、いろんな人と関わりを持って欲しい。
 
 それから、自らの意思で私を選んで欲しい。
 
 あの女としもべのエルヴィンが二人を揺さぶったことが露見し、私も雇用契約のために陰で動いたことは、いつかは知られてしまうだろう。

 今、ノエルに手を伸ばさないといけないと頭ではわかっている。
 でも、私は昔の気持ちを思い出した。

 ノエルの気持ちを無視する事はできない。
 それをしてしまえば、私もあの女と同じになる。
 あと少しのところで、私はまた過ちを犯すところだった。
 

 「ありがとう……。ノエル」
 「お安い御用です。これから毎日、鬱陶しいくらいに呼びますからっ。……だから、泣かないで?」


 指先で、私の目元を拭ったノエルが微笑んだ。
 いつのまにか涙が零れていたらしい。
 ……まったく気付かなかった。
 

 「ああ、ごめんね。目になにか入ったみたいだ」
 「……もしかしたら、テオの毛かも」
 「ふふっ、きっとそうだね」


 苦しい言い訳をする私を見つめる、桃と金の混じる色の瞳。
 この世に存在する色の中で、なによりも優しく、魅力的な光を放っていた。
 なにもおかしなことなんてないのに、二人でくすくすと笑い合う時間が、私の心をあたたかくしてくれる。

 今の私は、もう操り人形ではなくなった。

 今後、何年と押し殺してきた感情が爆発して、きっとノエルを驚かせてしまうことだろう。
 それでもノエルなら、そんな私とも今と変わらず接してくれる予感がする……。

 今は、傷付いたノエルを癒やすことだけを考えよう。

 新しく仲間入りした子猫に必要な物を、ノエルと一緒に選んで揃えよう。
 きっと、ノエルのとびっきりの笑顔が見られるはずだから……。









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