バケモノ大公の第五夫人

ぽんちゃん

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第四章

38 美醜逆転

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「……本当に気味が悪いわ」


 恐ろしいとばかりにつぶやく声が耳に届く。
 周りをよく観察すれば、ゼウス侯爵の容姿をけなす者たちは、皆そろってふくよかな体型だった。
 王族のように堂々としたで立ちで、自信に満ち溢れている。

 一方で、仮面をつけている者たちは、僕たちに関わりたくないのか、遠くからこちらを見ているだけ。
 ゼウス侯爵が悪口を言われていても、仕方がないといった態度である。

 これは、もしかして……


 ――美醜の感覚が、逆転している……?


 僕がレオルカ様を素敵だと褒めても、『そんなことを言ってくれるのはセティだけだよ』と、照れくさそうに笑うレオルカ様の顔が思い起こされる。

(そうだ、レオルカ様だけじゃない。エルサリオン隊長も、リンドール副隊長も、仮面をつけている人たちは、みんな美形だった……)

 そして今、僕の目の前でハンカチを握りしめているゼウス侯爵もそうだ。

 周りの人々から容姿を揶揄される中、濡れた顔をそっとハンカチで拭く彼を見守る。
 アーモンド形の目元や、綺麗な鼻筋、涼しげな表情はとても素敵だ。
 もし、ここがゾネ王国ならば、彼は老若男女に好かれていたことだろう。
 美男子好きのサブリナ王女が夢中になるのは、想像にかたくない。


「おい、エーリヒ」


 僕たちを近くで見ていた、一際ふくよかな男性が近付いてくる。
 背は僕よりも低く、五十代くらいに見える男性は、ぎょろりとした目に、口は不満そうなへの字。
 頬が垂れ下がっており、立派な二重顎で、一度見たら忘れられないようなインパクトのある顔立ちだ。


「なんで人前で仮面を外したんだ? 周りのことも考えろよ」

「っ!?」


 お世辞にも容姿端麗とは言えないおじさんの第一声に、僕は絶句した。


「お前が醜い容姿で生まれてきてしまったのは、不運なことだと同情する。だが、人を不快にさせるような顔面なんだから、仮面で隠すのがマナーだろう」

「そうだそうだっ」


 なんて失礼なことを言うんだ。
 信じられない思いでふたりの会話を聞いていたけれど、さらに驚くのが、周りも冴えないおじさんに同調していることだ。

(……ゼウス侯爵はなにも悪くないのに、どうしてこんな扱いをされなきゃいけないの!?)

 美醜の感覚が逆転していようがいまいが関係ない。
 人の容姿をあれこれと批判する人が、僕は大嫌いだった。
 嫌な気持ちになっていると、ゼウス侯爵が淡々と頭を下げる。


「見苦しい姿を見せてしまって申し訳ありません」


 陰口を叩かれても、平然とした顔をするゼウス侯爵と目が合い、僕は胸が苦しくなった。
 僕もグウェインに散々いびられてきたし、変な髪色だと悪口を言われたことがある。
 平気そうな顔をしていても、本当は傷ついている気持ちがよくわかった。

(きっと彼も、周りから蔑まれることに慣れてしまっているんだ……)

 当たり前のように謝罪したゼウス侯爵が仮面をつけようとする手を止めた僕は、彼に微笑みかけた。


「僕は、侯爵様をとても美しい方だと思いました」

「「「っ……!?!?」」」


 僕の言葉に、周りの人々が息を呑んだ。
 そして誰よりも驚くゼウス侯爵は、驚いた顔も美しかった。

(レオルカ様やリンドール副隊長も、僕に容姿を褒められた時に、同じような顔をしていたなぁ)

 リンドール副隊長と話が噛み合わなくて、僕が脱走を企てていると誤解された時のことを思い出して、こっそり笑っていると、カモメのような太い眉毛のおじさんが僕の前で仁王立ちした。


「ハッ。よくそんな平気な顔で嘘をつけるな?」


 ゼウス侯爵に絡んでいたふくよかな男性が、今度は僕に悪態をつく。
 鼻をくしゃっとして、嫌悪感丸出しだった。


「観劇はよく行くが、こんなに演技力の高い俳優を見たことがない。なぁ、どこの劇団出身だ?」

「え……?」

「っ、ヴィラン様!! 彼と関わるのはやめた方が良いのでは……?」


 取り巻きの男性にやんわりと止められているにもかかわらず、ヴィランと呼ばれた男はニタリといやらしく笑った。
 今度は僕を標的にしたいらしい。
 

「なにが目的かは知らないが、エーリヒに媚を売って取り入ろうとして。必死すぎて笑えるな」

「っ、僕は、ゼウス侯爵に媚を売るような真似はしていません!」

「なにを言うか。媚を売ってただろう。エーリヒの容姿を褒めていたじゃないか。こんなに不気味な容姿なのに、美しいと褒めるだなんて……。タチが悪い」

「ですからっ、僕はゼウス侯爵を不気味だなんて思っていません!」


 偽善者めと、ヴィラン様が眉を顰めた。
 ゼウス侯爵の容姿が醜いことを前提に話してくるから、なかなか僕の気持ちが伝わらない。
 それでも、僕は諦めない。
 ここで黙ってしまったら、ヴィラン様のいいように話を作られてしまいそうだからだ。


「僕は嘘なんてついていませんし、美しい人に美しいとそのまま伝えただけです。僕の故郷では、ゼウス侯爵のような整った顔立ちの男性は非常に人気があります。なので、貴方様も是非ゾネ王国を訪問してみてください。僕が嘘をついていないことが証明されると思います」

「は……? 整った……? なにを言っているんだ? 此奴、頭おかしいんじゃ――」


 僕を馬鹿にした声が不自然に止まる。
 いつのまにか距離を詰めていたレオルカ様に見下ろされるヴィラン様は、顔面蒼白になっていた。


「――よく聞こえなかったな……。誰の頭がおかしいだって?」

「ブヒィィッ!!」


 レオルカ様が仮面を外し、悲鳴が上がる。
 ふごふごと鼻を鳴らすヴィラン様が、怯えたように後退った。
 どうやらレオルカ様の容姿は、醜いというより恐ろしいと思われているようだ。

(こんなにかっこいいのに……)

 僕が侮辱されたことに明らかに怒っているレオルカ様は、殺気立っていた。
 僕のために怒ってくれている。
 そのことが、僕の胸を熱くさせた。


















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