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5 真似できないレシピ
しおりを挟むロミオの顔を見た瞬間、母様がとても心配そうに駆け寄った。
そのため、ロミオには治療を受けてもらうことになり、痛み止めもすぐに効いたらしい。
おかげでそのあとは、三人で仲良く遊ぶことができた。
「ジークレイン様も素敵だけど、ルキナ様もお人形さんみたいにかわいいよね! こんなにかわいい子、アタシ見たことないもん! アタシの妹になってほしいぃ!」
ブリトニーは足をばたばたとさせ、身振り手振りを交えて大げさに褒めちぎってくる。
ヒロインである彼女から容姿を讃えられ、思わず頬が熱くなった。
ロミオとブリトニーは、私より二つ年上。
食事やおやつをたくさん出すと、嬉しそうに頬張るブリトニーの愛らしさ。
恐縮しつつも、使用人にまで丁寧に頭を下げるロミオの謙虚さ。
関われば関わるほど、ふたりは眩しく、魅力的に思えた。
──ふたりを保護して、五日後。
夕餉の席には、父様も顔を出していた。
この国の宰相である父様に、ロミオとブリトニーは緊張して背筋を伸ばしている。
そんなふたりに、父様は静かに口を開いた。
「ロミオの父親とは話がついた。彼は、ロミオのことを愛しているからこそ、今は離れて暮らしたいとのことだ。……だから、もしロミオさえよければ、これから我が家で過ごさないか?」
その言葉にブリトニーは目を輝かせ、ロミオは複雑な思いがあるのか、おずおずと口を開いた。
「っ……とてもありがたいお言葉ですが、ご迷惑ではないでしょうか?」
「フルニエ男爵家は、我が家と遠縁だ。ロミオの父も、今回の件を機に病院へ入院することを決めた。『病に打ち勝ち、必ず迎えに行く』と話していたよ」
思いもよらぬ血縁に、私は驚く。
だからこそ、父様はロミオに手を差し伸べたのだろう。
その一方で、母様は柔らかく微笑み、今度はブリトニーへ向き直った。
「ブリトニーちゃんのことだけど、ご実家に伺ったらね。ご両親はブリトニーちゃんをとても愛していて、手放す気はないと仰っていたわ。ご兄弟も、早く帰ってきてほしいと話していたの。……本当に、大切にされているのね」
ブリトニーの家は貧しいが、家族は皆元気で生きている。
だからこそ、無理に引き止めることはできない。
そう伝えられた瞬間、ブリトニーはわっと泣き出した。
「っ、そんな……アタシだって、ジークレイン様と一緒にいたかったのにっ!」
「……えっ、ロミオじゃなくて!?」
思わずつっこんでしまう私。
泣きじゃくりながら兄様に抱きつくブリトニーを見て、ロミオは苦笑いを浮かべていた。
「ブリトニー。私たちが出会えた記念に、何か贈り物をさせてくれないかな?」
優しい声で話しかける兄様は、まるで大天使様。
脇役のはずなのに、どう見てもヒーローにしか見えなかった。
「アタシ、ドレスが欲しい! ルキナ様みたいな、お姫様になってみたいの!」
「わかった。それじゃあ、一緒に選びに行こうか」
「っ、本当に!? やったあ!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるブリトニーは、兄様にエスコートされて部屋を出て行った。
その光景を父様と母様は笑顔で見送るが、その後、ふと意味深な視線を交わす。
(……もしかして、ふたりはブリトニーのことを、あまり好きじゃないのかな?)
「そうそう。私たちからは、ブリトニーちゃんのご実家のパン屋に、新しいオーブンを贈ったのよ」
母様が楽しげに言う。
これで大量のパンを焼けるようになり、ブリトニーの家はきっと今までより豊かに暮らせるだろう。
「わあ! 嬉しいです! ありがとうございます!」
喜んでいると、ロミオの視線に気づく。
「……なんで、ルキナ様がお礼を言うんですか?」
「だって、お友達が喜んでいると、私も嬉しいもの」
「っ、そっか……」
はにかみながら笑うロミオの顔は、思わず見惚れるほど可愛らしかった。
「そうだ! 私からも、ブリトニーに贈り物をしたいんだけど……レシピなんて、どうかな?」
「……レシピ?」
「そう、『揚げパン』! 絶対に流行るレシピよ!」
今のパン屋に並ぶのは、食パンやバケットのようなシンプルなものばかり。
甘い揚げパンなど、まだ存在しない。
というより、砂糖が高価すぎて作れないのだ。
「コッペパンを油で揚げて、熱いうちに砂糖をたっぷりとまぶすの。スイーツみたいで、とっても美味しいのよ!」
熱を込めて説明すると、父様は真顔で「ルキナは天才だ」とつぶやいた。
砂糖が貴重でも、少しでも甘みがあれば人々に衝撃を与えるはず。
子供から大人まで夢中になるだろう。
しかも安価で買えるとなれば、大人気間違いなしだ。
「だから……ブリトニーのパン屋に、砂糖を安く仕入れられるようにしてほしいです。……ダメ、ですか?」
「ダメなわけがないわ! すぐに届けましょう?」
母様にお願いすると、快く頷いてくれた。
「いずれ真似するお店も出てくるでしょうけど、ブリトニーのお店が“初の揚げパン店”として有名になればと……」
「ふふっ。安心して? 誰にも真似できないくらい、低価格で販売できるようにしてあげるから」
自信満々にオホホと笑う母様は、やっぱり頼もしかった。
「それじゃあ私たちは、料理長のところに行って、試作品を作ってもらいましょう?」
ロミオを誘うと、彼は少し顔を赤くして頷いた。
「っ、ありがとうございます、ルキナ様……。このご恩を、どう返したらいいのか……」
「ご恩だなんて……そんな言い方しなくていいの。だって私たち、友達でしょう?」
恥ずかしそうに俯きながらも、ロミオはこくりと頷いた。
(この頃のロミオって、本当に可愛いわっ!)
試しに手を繋ぐと、さらに顔を真っ赤にして俯くロミオ。
胸がきゅんと鳴ってしまう。
「あらあらまあまあ、そうなっちゃうのね?」
母様は肩を揺らして楽しそうに笑っていた。
その後――。
私の考案したレシピを受け取ったブリトニーの家族は、涙を流して喜んでくれたという。
彼らは『多くの人に、甘いものを口にして元気を出してほしい』と、揚げパンを小さく切って安価に販売し始めた。
それは瞬く間に評判となり、店は大きな賑わいを見せるようになったそうだ。
近所の人々に親しまれていた小さなパン屋は、やがて遠方からも客が訪れる名店として名を広める。
ブリトニーとは滅多に会えなくなってしまったけれど、ご両親を手伝いながら、甘いパンを焼いている彼女の姿を思い浮かべるだけで、私は自然と笑みをこぼしていた。
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