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3 まごうことなきお姫様
また会える日を楽しみにしながら邸へ戻ると、だだっ広い玄関には、多くの使用人たちに囲まれた一人の女性が待っていた。
「ジーク、ルゥちゃん。おかえりなさい」
ふわふわのフリルが可愛らしい、水色のプリンセスラインのドレスをまとったその人の美しさに、私は息を呑んだ。
――エレオノール・リヴィエール。
私の母様である。
ロイヤルブルーの瞳は潤み、光に照らされてもいないのに、きらきらと煌めいている。
金色のまつ毛は、瞬きをする度に音が聞こえてきそうなほど長く、白い肌は透明感にあふれ、頬と唇はほんのりと桜色に染まっていた。
女子の憧れをすべて詰め込んだような造形美。
しかも四十手前だというのだから、驚かずにはいられない。
この世界のヒロインは、ブリトニーのはずだ。
けれども、エレオノール母様は、まごうことなきお姫様だった。
「初めての遠乗りは楽しかったかしら? なかなか帰ってこないから心配していたのよ。ちょっと抱きしめさせてちょうだい」
「ふぁっ!?」
美しすぎる母様に抱きしめられ、私は緊張で体をガチガチに固めてしまった。
頭では母親だと理解しているのに、心と体が追いつかない。
(す、すごくいい香りがするっ……お花みたい……!)
そのまま「おかえりなさい、ルゥちゃん♡」と額にキスまでされ、私は恥ずかしさで顔から火を吹き出しそうになる。
「あらあら、大変! お顔が真っ赤よ!? きっと体調を崩したのね? 遠乗りはしばらくやめておきましょう」
「ち、違います!」
慌てて否定する。
私が前世の記憶を思い出したのは、きっとロミオとブリトニーの幸せを見届けるためだ。
遠乗りをやめてしまえば、二人に会えなくなる。
「私、また遠乗りに行きたい! 今日、シュガーと触れ合ったことで、すごく癒されたんです。アニマルセラピーというやつです! 毎日でも馬に乗りたいくらいです!」
「「「…………」」」
あまりに熱弁したせいか、母様は目を丸くした。
驚いた顔すら美しい。
「それに、次の休みも遠乗りに行くと兄様と約束しました! ね、兄様!」
助けを求めて目配せすると、兄様はにっこりと頷いてくれる。
けれど、母様は困ったように眉を下げた。
「せっかくの休みにごめんなさいね、ジーク。嫌なら嫌と言っていいのよ?」
「いえ、私がしたくてやっていることです。次の休みもルキナと遠乗りに出かけます。今度は、もう少し早く戻るつもりです」
両親にも敬意を払う兄様を優しい眼差しで見つめる母様が、そっと手を伸ばす。
よしよしと、優しく頭を撫でたのだ。
その瞬間、兄様の頬がぽっと赤く染まった。
(えっ。ジークレイン様も、そんな顔をするんだ……)
私にとっては当たり前の日常でも、成人した兄様にとっては、母様からの撫でられる仕草は特別なご褒美なのだろう。
(でも……母様の口ぶりからすると、私は兄様にかなり迷惑をかけてきたのでは?)
思い返せば、私は兄様に無茶なおねだりばかりしてきた。
兄様は多忙の合間を縫って願いを叶えてくれていたけれど、母様はその度に謝っていた。
前世の記憶を取り戻しても、兄様を大好きな気持ちは変わらない。
だからこそ、私は決意した。
(もう、わがままな妹ではいけない……。まずは兄様離れをしなければ!)
その夜、私は珍しくひとりで自室に戻った。
室内を見回すと、素人目にも分かるほど、すべてが最高級品で満ちている。
つい最近までの私は、高級ソファにジュースをこぼし、ベッドでお菓子を食べ、汚れた手を絨毯で拭っていた――。
思い返すだけで冷や汗がにじむ。
家具が汚れたら買い替えればいい。
そんな風に、物を大切にしない暮らしを送っていたのだ。
でも、もう違う。
私は、ロミオとブリトニーの慎ましい生活を見習うことにした。
間食をやめ、軽い運動を始め、苦手な勉学にも取り組んだ。
自分でできることは自分でやり、使用人にも敬意を持って接する。
――家族のために。大切な人たちのために……。
わがままな令嬢から、少しでも変わってみせる。
◇ ◇ ◇
初めての遠乗りから一週間後。
自室で読書をしていると、珍しく兄様の方から訪ねてきた。
「ルキナ。午後からの予定が無くなって時間が空いたから、今から遠乗りに行く?」
「っ、行く行く! 行きますっ!」
ロミオの怪我が気がかりだった私は、兄様からのお誘いに飛びついた。
「パンは用意してあると思うから、薬と飲み物を持って行こう。あと、汚れた時に使うハンカチも」
使ってくれるかはわからないけれど、私は小さな鞄に必要な物を詰め込む。
パンパンに膨らんだ鞄を持って、いざ出発だ。
私たちはシュガーに乗って小屋へ向かった。
偶然見つけた場所だったけれど、シュガーは道を覚えていたようで、一時間もしないうちに到着した。
「あっ、いた!」
こっそり窓から中を覗くと、ロミオとブリトニーがいた。
床に腰を下ろし、楽しそうにお喋りしている。
けれど、ロミオの頬の傷はまだ癒えていなかった。
(やっぱり、薬は飲まなかったのかな……)
口元の傷が痛々しく、話すのも辛そうだ。
それでもロミオは、ブリトニーを心配させまいと笑顔を見せている。
ブリトニーは気づいていないけれど、私にはロミオが無理をしているようにしか見えなかった――。
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