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29 フレイはまだ人妻だっ!
しおりを挟む「――僕は、ヴァレリオ様がレニー様を伴侶として迎えるところも、愛し合うところも見たくない」
悩んだ結果、フレイは生まれ育った土地を離れることにした。
家族と気軽に会えなくなることは寂しいが、フレイが妊娠している可能性を考えれば、一刻も早く、グランディエ公爵家の関係者から離れたほうがいいだろう。
「では、決心がにぶらないうちに準備しましょう。汽車のチケットは用意してありますので、フレイ様は着替えなど必要なものを鞄に詰めてください」
「う、うん!」
テキパキと指示を出すコニーから、フレイでも持てそうな小さな鞄と、袋にぎっしりと入った銀貨を受け取った。
「ただし、当主様にもらった装飾品は、売ればすぐに足がつきますので、絶対に持ち出さないようにしてください。その代わり、こちらの銀貨をお使いください」
世間知らずのフレイのために、コニーが生き抜く術を教えてくれる。
なんと頼りになるのだろうか。
フレイはコニーに、親愛のハグをした。
「――コニー。何から何まで、本当にありがとう」
「っ…………はい」
それから、フレイが身につけていたアクセサリーを、コニーが外していく。
とても寂しい気持ちになったが、ヴァレリオの心はフレイにないのだから、いつまでもつけていても仕方がないだろう。
「あとは、家族や大切な方に文を残しましょう。フレイ様が急にいなくなれば、心配すると思います。それから、こちらにサインを」
「っ、そうだった……」
離縁状を手渡され、重い気分になる。
本当は離縁したくはないが、フレイは震える手でサインをしていた。
そして、その勢いのまま駅まで向かった。
最終列車のチケットを持つフレイは、初めてのことにキョロキョロしてしまう。
そんなフレイの頭に、フードを深く被せたコニーは、声を潜めた。
「私もフレイ様と共に行きたいのですが、ここでお別れです」
「っ、えっ!?」
コニーに背を押されたフレイは、汽車に飛び乗っていた。
扉が閉まり、尻もちをついていたフレイは、慌てて立ち上がる。
「フレイ様、あとはお任せください。私が当主様にうまく説明して、時間を稼ぎます。どれだけ時間を稼げるかは分かりませんが、その間に、フレイ様はできるだけ遠くに逃げてください。……今まで、大変お世話になりました」
「っ、コニーッ!!」
耳をつんざくような汽笛が鳴り、汽車がゆっくりと動き出す。
深々と頭を下げるコニーを、フレイは戸惑いながら見つめることしかできなかった。
(僕は自分のことしか考えていなかったけど……。コニーの人生も、めちゃくちゃにしてしまったのかもしれない)
フレイを逃したことが露見すれば、コニーは罰を与えられてしまうのではないだろうか。
グランディエ公爵家からも、ラヴィーン伯爵家からも叱責されるだろう。
罪悪感に苛まれたが、すでに汽車は走り出してしまっている。
――もう後戻りはできない。
「ごめんね、コニー……」
よろよろと指定された席に向かう。
コニーの気遣いだろうか。
高位貴族のための個室の席だった。
「桜の女王様が、ひとりでどこに行くんだ?」
「っ……!?」
気配なく立っていた人物に、フレイは悲鳴を上げかけた。
扉にもたれかかる甘い顔立ちの美青年が、金色の髪をかきあげる。
ちょっぴりナルシストだが、心優しきフレイの親友――ケント・クルム侯爵子息だ。
「うわっ!? ケ、ケントッ!? ど、どどど、どうしてここに……?」
挙動不審になるフレイを、ケントが訝しげに見ていた。
「どうしてって。鬼――じゃなくて、ヴァレリオ様信者のフレイが、実家に帰ってきてるって噂を耳にしてさ? 喧嘩でもしたのかと思って、フレイを慰めようと駆けつけたのに……。ひとりで出かけたことのない親友が、汽車に飛び乗るし? 親友としては放っておけませんよねぇ?」
「っ、ケント、あの……」
「プチ家出か? まあ、泣きたいなら、胸を貸すぜ?」
優しい言葉をかけてくれたケントが、片目をつぶる。
他の者たちが見たら、黄色い声が上がりそうな甘い笑顔だが、フレイは断りを入れていた。
「ううん。それは大丈夫」
「…………ああ、そうかよ」
つまらなそうに口を尖らせたケントが、さっさと個室の扉を開けた。
我が物顔で席に腰掛けたケントを前にし、フレイは恐る恐る声をかける。
「ね、ケント? きちんとお金を払ったの?」
「……いいから早く座れよ」
顎で指示を出され、フレイは無賃乗車しているであろう男の前に、ちょこんと座った。
ケントに事の経緯を聞かれるが、まるで事情聴取のようだった。
そして、フレイがこれまでのことを話していくうちに、ケントの表情はまるで般若のように恐ろしいものに変わったが、最後は首を傾げていた。
「でもおかしいな……。あの人、フレイ絡みのことで、俺の父さんに相談に来てたぜ? フレイに捨てられないか、不安だーって」
「……僕が、ヴァレリオ様を、捨てる?」
天地がひっくり返ってもありえないことに、フレイの脳内では疑問符が乱舞する。
そんなフレイを見ているケントは、苦笑いを浮かべていた。
「あの人、ああ見えて余裕なかったと思うよ? 色々とあって、俺は前まであの人のことを敵視してたんだけど……。あの人が、フレイのことで悩んで酔い潰れるところを見て『鬼も、俺たちとおんなじ人間だったんだなー』って思ったら、なんだか応援したくなっちゃってさー」
「…………でも今は、僕より大切な人ができたみたいだよ?」
ヴァレリオがフレイのことで悩んでくれていたことが嬉しいのに、フレイはどんな顔をしたらいいのかわからなかった。
「うーん……。フレイの気持ちはわかった。でも俺は、親友としてフレイを放ってはおけない。新居を見つけるまでは俺がフレイを護衛する」
「っ、さすがに、それは悪いよ……」
「いや、そのコニーって奴の話が真実なのか、疑わしいし……。行動を起こすにしても、まず確認を取ってからだ」
俺に任せておけ、とケントが頼もしい言葉をかけてくれるが、どうしてコニーを疑うのだろうか。
フレイが困惑していることを察したのか、ケントが肩を竦めた。
「フレイがそいつを信じたい気持ちはわかるけど、俺はフレイが心配なんだよ。いくらいい奴でも、そいつとは一年ちょっとの付き合いだろ?」
「……うん」
「フレイは人に好かれやすいけど、その分、知らないところで妬まれることもある。俺もそうだからな? にこにこしながら近付いてくる奴の中には、俺たちの足を引っ張ろうと、虎視眈々と狙っている奴もいるんだ。これからひとりで生きていくなら、フレイも今以上に気を付けろよ?」
てっきり反対されるのかと思いきや、ケントはフレイの考えを尊重してくれた。
「っ、うん! ありがとう、ケント」
フレイが感極まって抱きつけば、ケントは「おふっ」とおじさんのような声を出す。
そして「落ち着け、俺! フレイはまだ人妻だっ!」と、なにやらぶつぶつと呪文を唱えるケントに、フレイはぎゅうぎゅうと抱きしめられていた。
それからフレイはケントの指示で、下車予定の駅より三つ前の駅で汽車を降りた。
そして翌日の新聞には、フレイが乗車していた汽車が、何者かに襲われた記事が載っていた。
個室には誰も乗っておらず、被害はなかったが、襲撃された席に座っていたフレイだけは、恐怖で身を震わせることとなった。
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