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第一章
11 舌に
しおりを挟む寝る前にはセオドアとおやすみのキスをし、空き時間にジュリアス殿下と練習のキスをする。
さらには、剣術のリーグ戦でギルバート様と対決する日に、俺が負けたらキスをするという、絶対にキスから逃れられない対決を申し込まれる。
そんな皆様に一言言いたい。
──俺は、断じてキス魔ではない。
初秋の風が心地良く、制服の下に新しいベストを着て体は暖かいはずなのに、ぐったりとしている。
そんな俺の今一番の心配事。
それは、ランドルフ様が体調を崩して、ここ一週間休学されている。
ジュリアス殿下がお見舞いにと宰相殿に声を掛けたのだが、断られたそうだ。
顔を見せられないほど重病らしい。
アデルバート様の話によると、宮廷医師であるアデルバート様のお父様も診察したらしいのだが、病名がわからないそうだ。
日に日に衰弱していく様子に、宰相殿も仕事どころではないのだが、彼がいないと仕事が回らないため、ピリピリとした空気らしい。
俺は医者ではないから、友人のために何もしてあげることが出来ず、歯痒い思いをしていた。
◆
心地良かった風が肌を突き刺すような冷たさに変わり、間近に迫った冬を感じさせる頃。
宰相殿に呼ばれたジュリアス殿下が、俺達の元に戻ってきた。
――顔面蒼白で。
「余命半年、だそうだ」
ひゅっと息を呑む俺達は、暫く言葉を発することが出来なかった――。
アデルバート様がぽろぽろと涙を零す。
何も出来ない俺より、医師を志す者として、友人を助けることが出来ない彼は、誰よりも苦しんでいるように見えた。
無言のまま家に帰宅し、ランドルフ様と過ごした日々を思い出す。
ギルバート様の予想した魔物の復活についての話を聞いて、一人思い悩んでいる時。
声を掛けてくれたのは、ランドルフ様だった。
「イヴが責任を感じることではありませんよ。ギルバート様の仮説が正しかったとして、まだ魔物は復活していません。それなら、これからどう動くべきかを考えましょう。……みんなで」
優しく諭してくれたランドルフ様の言葉に、俺は救われたんだ――。
深夜になってもなかなか寝付けず、すやすやと眠るセオドアを見つめながら呟く。
──助けたい。
そう願った瞬間に、全身に力が漲るような感覚に襲われた。
心臓から口内までが、焼けるように熱くなる。
必死に空気を取り込んでいると、セオドアが目を覚ました。
「イヴ兄様? 大丈夫ですか?」
「っ……テディーッ……駄目そう、だ……っ」
すぐに医者を、とセオドアが部屋を飛び出した。
「あ、あつい、熱い、っ、ぁあ゛……」
舌が焼けるように熱くなって、指先でガシガシと掻き毟る。
父様や使用人が集まって看病してくれ、ようやく激しい動悸に焼けるような熱さが治まった。
舌がピリピリとするのだが、皆には深夜に申し訳ないと謝罪する。
セオドアと二人きりになったところで、俺は鏡の前に立った。
「っ……」
「――イヴ兄様?」
「助けられるっ……これで、ランドルフ様をっ……助けることができるっ!!!!」
笑顔で振り返った俺の視界は、涙で歪んでいる。
呆然としていたセオドアだが、俺のもとに駆け寄り、涙を拭ってくれた。
涙が止まらない俺は、言葉の代わりに小さな勇者に向かって、べっと舌を出していた。
「っ……こ、こんなことがっ……」
カッと目を見開いたセオドアは、信じられないと言わんばかりに、翡翠色の瞳を激しく揺らす。
「――奇跡だ」
「っ、で、でも、なんで、舌に……」
「わからない。でも、最近の体調不良は、きっとこの為だったんだ!」
歓喜する俺は、再度鏡を見る。
大きく口を開けてべっと舌を出すと、舌の根元の方に、背にある大きな羽を広げて祈りを捧げる女神様の紋章。
──つまり、癒しの聖女。
祈りを捧げることにより、どんな病でも治癒することの出来る能力だ。
無愛想な顔の俺にこの紋章は不釣り合いだが、今はそんなことはどうだって良い。
(早くランドルフ様に会いに行かなければっ!!)
慌てて支度しようとする俺に、セオドアが待ったをかける。
「イヴ兄様。ランドルフ様を助けたい気持ちはわかります。でも、癒しの聖女様が現れたのは、およそ八百年ぶりのことです。確実に王家に囲われることになります」
「…………そうだろうな。でも俺は――」
「それになにより。紋章が舌にあることが、一番大きな問題です」
深刻な表情で語るセオドアに、俺は眉を顰める。
俺には勇者の知識しかないが、勇者になったセオドアは、修行と共に過去に不思議な力を宿す者たちについて一通り勉強しているので、その他の紋章にも詳しい。
「歴代の癒しの聖女様は、紋章のある左手を翳して治癒していたそうです」
「…………つまり?」
「つまり、イヴ兄様の場合は……舌で舐めたり?」
「っ………………嘘、だろっ」
先程まで、ランドルフ様を助けることが出来ると興奮していたはずの俺は、相槌も打てないほどの衝撃を受けていた。
「っ、でもっ、ランドルフ様は、余命半年で……。いつまで生きていられるかわからないんだ……」
「それは僕もわかっていますが……。でも、今すぐに癒しの能力を使用できるかわかりません。僕も、勇者の力をすぐには発揮出来ませんでしたし、訓練が必要かと」
「……くん、れん……」
光が見えたと思ったのに、真っ暗な未来を想像して、全身から力が抜けていく。
余命半年とはいえ、ランドルフ様が半年先まで生きていられる保証はどこにもない。
出来ることなら、今すぐにランドルフ様のもとに行って、癒しの聖女の力を発揮できるのかだけでも確かめたい。
どうしたら良いのか考えていると、急に動き出したセオドアが、短刀を用意する。
そして、淡々と、自分の掌を裂いた――。
一瞬、目の前でなにが起こったのか理解できなかった俺は、絶句した。
「っ、テディー!!」
「実践あるのみ。舐めてみてください」
淡々と語るセオドアは、普段は見せたことのないような力強い目をしていた。
言葉が出なくて、俺は口を開閉させることしか出来ない。
「大丈夫です。イヴ兄様なら、できます」
「っ……ごめっ、ん。すぐに、祈るっ――」
狼狽えていたが、一刻も早く治さなければと、神経を集中させる。
お願いだから治ってくれと祈りながら、ぷくりと血が滲む掌にそっと口付ける。
すると、裂けていた傷口がキラキラと金色に光って、すっと消えていった――。
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