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第四章
84 癒しの存在と共に
しおりを挟むアデルバート様と共に怪我人の経過を見に行くことにし、俺は一人一人丁寧に診察を行う友人を傍で見守っていた――。
順調に五軒回り、最後の家に向かえば軽傷者も集まっていた。
狭い部屋に、二十人ほどの騎士が肩を寄せ合っている。
俺も感謝の言葉を述べられて、みんなと再会できた喜びを爆発させていた。
安静にしていれば大丈夫だ、と話を聞いた第四の騎士達は、心から笑顔を浮かべる。
「俺達がバーデン伯爵家の方に診てもらえるだなんて、夢みたいだな」
「ああ、安心感があるよな!」
「でもエヴァさんも優しかったけどな?」
「確かに! 無表情だけど、俺達平民相手にも、丁寧に応急処置してくれたしな!」
「しかも、何の見返りもなくだぜ? 今いる医師が、みんなエヴァさんみたいな人だったら良かったのになあ~」
診察してくれた医師の前で、エヴァさんの善行を笑顔で語り合う騎士達を見ながら、アデルバート様は苦笑いしていた。
医師の中には、怪我人の身分によって態度を変える人がいるのかもしれないが、アデルバート様のように志の高い医師は、身分に関係なく一人一人丁寧に診察している。
アデルバート様にとっては当たり前のことだけど、他の医師達の行動のせいで、歯痒い思いをしていることが伝わってきた。
もちろん俺もエヴァさんには感謝をしているが、たった今診察してくれたアデルバート様の前で、話すことではないんじゃないか?
他意はないのだろうが、少しだけ嫌味にも聞こえて、俺はたまらず口を開いていた。
「アデルバート様は、普段から自主的に孤児院を回って、無償で子供達の診察をしています。俺も何度かお手伝いしていますが、俺が見てきた中で一番熱意のある医師です。もちろん、実力も――」
エヴァさんのことを褒める皆に悪気はないのだが、黙っていることが出来ずに遠回しに告げた。
みんなに伝わったかはわからないが、何人かは申し訳なさそうに頭を下げていた――。
全ての見回りを終えて家を出ると、茶髪の騎士が俺達を追いかけて来る。
「申し訳ありません、アデルバート様。皆に侮辱するつもりはありませんでしたが、状況が状況でしたので……」
「いえ! 気にしていません」
「そう言ってもらえて助かります……。皆を診察してくださり、ありがとうございました」
深々と頭を下げた彼は、俺が第四で稽古をしていたときには見たことのない人物だった。
セオドアに似た翡翠色の瞳と視線が交わり、二十代後半程の彼が慌てたように頭を下げる。
なぜか俺に対して恭しい態度の騎士が去っていく背を見送り、なんとも言えない表情のアデルバート様と向かい合った。
「アデル? みんなを診てくれてありがとう。アデルがいてくれるだけで、みんなが安心出来たし、以前の笑顔が戻ったよ」
「……うん」
診察前までは元気いっぱいだったアデルバート様は、俯き加減で唇を噛んでいた。
俺は上手いことは言えないが、あまり気にして欲しくなくて、顔を上げるように頬を撫でる。
「アデルはいずれ、医師のトップになる存在だ。病を抱えた人を治癒する役割は、俺にも手伝える。だから、アデルは他の医師達の手本となり、指導者になって、一緒に今の現状を変えないか?」
優しく語りかけると、大きな瞳が煌めいた。
「そんなこと、考えたことなかった……。宮廷医師になることで頭がいっぱいで、私が立派な医師になれば良いって、自分のことしか考えてなかった」
「それが普通だと思う。俺もそうだけど、みんな自分のことでいっぱいいっぱいだ。でも俺は、アデルと一緒ならなんでも出来ると信じてる」
本心を告げれば、きゅっと拳を握るアデルバート様の黄緑色の瞳が煌めいていた。
「私がもっと視野を広くして、みんなを変えれば良いんだっ!」
にっこりといつもの可愛い笑顔を見せてくれたアデルバート様は、いつにも増してキラキラと輝いて見えた。
この世から身分差が無くなることはないとは思うが、病人の前では皆平等であって欲しい。
そんな理想が叶う日が来ることを願って、俺は心の友に向かって微笑んだ。
「俺も手伝うよ」
「っ、うん! やっぱりイヴは私の女神様ッ」
「ククッ、俺の女神様はアデルだけどな?」
「ううぅぅ~~っ……」
「今日は揶揄ってないぞ?」
「っ、もう。わかってるけど恥ずかしいのッ!」
俺に飛びつくアデルバート様が、バカバカと言いながら胸元を叩いて戯れついてくる。
(本当に可愛い、俺の癒しだ……)
暫くふざけ合っていると、俺の腕の中にいる華奢な体がピタリと動きを止めた。
「あ、あの人……」
俺の胸元からひょっこりと小顔を出すアデルバート様の視線の先を追えば、噂の救世主の姿が見えた。
エリオット様を見上げて、満面の笑みを浮かべるエヴァさんの姿に、俺は目を丸くする。
無表情だと噂のエヴァさんは、俺にも微笑んでくれるが、エリオット様に見せる顔は別物だった――。
「イヴ。あの人には気をつけてね」
絵になる美男美女を眺めていると、普段より低い声が聞こえる。
どういうことかと聞こうとしたが、それ以上は言うつもりがないのか、黙るアデルバート様の目は、真剣そのものだった――。
寂しがるアレンくんがアデルバート様を迎えに来て、兄弟だけの時間も大切だからと、俺はその場を離れることにした。
そこへ、仕事を終えたであろうジュリアス殿下が戻って来る。
忙しい合間を縫ってここに来ていたようで、もう王都に戻る予定だそうだ。
少しだけ話したいとのことで、共に豪華な馬車に乗り込む。
俺の隣に座る王子様が急に抱きついて来て、甘えるように頬擦りをする。
「ジュリアス殿下?」
「イヴ……っ。会いたかった」
「俺もです」
抱擁を交わすと、肩で深い溜息が漏れる。
「癒しの聖女様のことで話さなければならないことがある。王族のみが閲覧出来る文献があるんだ。持ち出しが出来ないから、近々王宮に来て欲しい」
「……わかりました」
冷静に答えたが、俺が癒しの聖女であることを公表する日が、刻々と近付いているのかもしれないと感じていた――。
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