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第四章
85 情緒不安定な王子様 ※
しおりを挟む俺の不安を感じ取ったのか、頼れる親友は優しく背を撫でてくれた。
「心配することないよ? 私はイヴの気持ちを優先するつもりだから」
「……ありがとうございます」
すっと体を引いたジュリアス殿下は、捨てられた子犬のような悲しげな表情だった。
「イヴは……なにが怖いの? 父上の命令で、私の伴侶になるかもしれないから?」
「……違います。紋章が左手の甲にあれば、話は別でした」
「それだけ? ……いや、やっぱり文献を読んでもらってから、もう一度質問するね」
ふるふると首を振るジュリアス殿下は、にこりと微笑む。
俺の知らない情報を知っていそうだったが、今は話せないのだろう。
ジュリアス殿下の伴侶になることは、嫌というより恐れ多い気持ちしかない。
俺がジュリアス殿下を嫌っていると思って欲しくなくて、力をコントロール出来始めていることや、近況報告をすることにした。
俺の力が安定して発揮出来るようになれば、ジュリアス殿下も喜んでくれるはずだ。
俺の精神面が安定していることや、睡眠も大切なことがわかったこと。
そして、以前差し入れをしてくれたことのお礼を伝えた。
「今、皮膚に軽く口付けるだけでも力を発揮できるようになっているんです。もう少し修行を積めば、触れずとも治癒出来るのではないかと……あ、あの、ジュリアス殿下?」
相槌を打ちながら、笑顔で話を聞いていたジュリアス殿下の表情が抜け落ちる。
激しく揺れる瞳を間近で見つめ、俺は戸惑った。
さっと俯いたジュリアス殿下の横顔は、目を奪われるほど綺麗だ。
キラキラとピアスが揺れ、宝石のような美しい碧眼からは涙が溢れた。
「っごめん……最近、公務が山積みだし、イヴには会えないし。しんどくてっ。……ごめんね? いつかはこの国を背負って立つ人間になるのに、弱音なんか吐いちゃって……」
項垂れるように足に肘を突き、片手で目元を覆うジュリアス殿下。
肩が震えている様子に、泣いていることがわかって、俺はどうしたら良いのか分からなくなった。
いつも頼れるジュリアス殿下が、急に落ち込んだ理由はわからない。
でも、俺の発言のせいかもしれない。
そっと背を撫でて、無言で寄り添った――。
暫くして、落ち着いたジュリアス殿下が顔を上げて、ぎこちなく笑う。
ジュリアス殿下が人前で弱音を吐くことはないだろうし、それが出来ない立場だから、俺の前では気にせずにもっと情けない姿も晒して欲しい。
今もぎゅっと握りしめている手を、俺は優しく包み込んだ。
「俺の前では無理しないでください。ジュリアス殿下がどんなに情けない姿を見せたとしても、嫌いになることはないし、むしろ嬉しいです。気持ちを吐き出したいときは、いつでも呼んでください。必ず駆けつけますから……」
「っ、イヴ……」
すんと鼻を啜る王子様は、俺の胸元に寄りかかるように顔を埋める。
親が子にやるように優しく頭を撫で、艶のある絹糸のような金色の髪を梳かす。
いつまでも撫でていられるな、と思っていると、急に顔を上げたジュリアス殿下に唇を奪われる。
「んっ……?」
驚いた俺が僅かに体を引けば、美しいお顔はくしゃりと歪んだ。
「もう、情けもくれないの?」
「……え?」
「私の何がいけなかったの? イヴのことを、常に一番に考えていたのが駄目だったのかなあ? 嫌われてもいいから、無理矢理にでも伴侶にしたら良かった?」
自嘲気味に笑うジュリアス殿下の碧眼は、仄暗い色をしていた。
威圧するように見据えられて、ぞくりと背筋が凍る。
急に雰囲気が変わったジュリアス殿下に戸惑っていると、上着のボタンをゆっくりと外される。
「っ……ジュリアス殿下? なにを――」
手を伸ばすが、咎めるように手首を掴まれた。
忘れていたが、ジュリアス殿下は騎士の俺と同等に力が強い。
それに加えて、今日は目力も強くて身動きが取れなくなった。
気付けば服がはだけており、静かに燃える碧眼に凝視されながら、指先が頬から首筋へ、そして胸元まで流れるように触れる。
「っ…………ん、」
羽で擽るような手つきに、声が漏れた。
恥ずかしくてカッと頬が赤らむが、首筋をゆっくりと舐められる。
「んっ、ジュリアス殿下っ、」
俺の顔を見ながら舌を出した王子様は、胸の飾りを転がすように舐め始めた。
人形のように整ったお顔から赤い舌を覗かせる妖艶な姿に、ドキリと心臓が跳ね上がる。
「んぁっ……や、やめてくださいっ」
俺の言葉が全く聞こえていないようで、ちろちろと舐め回される。
何も話さないし、明らかに様子がおかしい。
正気に戻って欲しくて、口付けようと頬に触れて顔を近づけたが、ジュリアス殿下に拒まれる。
唇を指先でなぞられ、口内に侵入した。
「っ、」
傷つけないように口を開いたままでいると、指を増やされる。
三本もぶちこまれてパラパラと動かされ、口の端から唾液が垂れる。
それをねっとりと舐めとるジュリアス殿下は、俺の反応してしまっている陰茎を撫で上げた。
「っは、ぁ……っ」
手を掴もうとしたが、指先を喉奥に突っ込まれ、頭部を背凭れに押し付けられた。
「カハッ……っ、んん」
下衣を寛げ、陰茎を握られて、優しく扱かれる。
あまりに優しい手つきに、先走りが漏れてくちゅくちゅといやらしい水音が馬車の中に響いた。
胸の飾りも甘やかすように可愛がられて、快感に体の力が抜けていく。
気持ちが追いついていないのに、身体は昂って、射精が近くなる。
すると口内から指が引き抜かれ、ぼんやりとしていた俺の意識が覚醒した。
「は、あっ……だ、駄目ですっ、もう駄目っ」
今度は俺の言葉が聞こえたようで、陰茎に触れていた手は動きを止めた。
ようやく元に戻ってくれたと安堵していると、ズボンを片足だけ脱がされて、その足を座席に立たせるように乗せられた。
「つっ、」
俺の涎まみれの指先が、後蕾に触れる。
慌てて足を閉じようとしたが、その前に体が割り込んでくる。
「や、だめっ、」
「なんで?」
「っ……」
こてりと首を傾げるジュリアス殿下は、心底不思議そうな表情で俺を見る。
「はっきり言ってよ、なんで?」
「な、なんでって……」
「私が嫌だから?」
「そんなことないっ」
俺が声を荒げると、ふっと笑うジュリアス殿下は、「それが本心なら嬉しい」と、淡々と答える。
「でも、本当に駄目な理由は?」
「…………え?」
何を聞きたいのかがわからない。
俺が戸惑っていると、ジュリアス殿下はゆるりと首を傾げた。
「恋人が出来たからじゃないの?」
サラサラな金色の髪が揺れる様を間近で見ている俺の瞳は、ぴたりと動きを止めた。
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