召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

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 十日程馬車に揺られるレヴィは、吐き気を催していたものの、急ぎベアテルのもとへ向かっていた。
 初めての遠出は、レヴィがかねてより行きたいと思っていたウィンクラー辺境伯領だ。
 だが、遊びに行くわけではなく、王命として出向くだなんて思いもしなかった。

(こうして移動している間にも、ベアテル様は苦しんでいるに違いない……)

 ベアテルが心配でたまらないレヴィは、食欲が失せている。
 それでも万全の状態で治癒をするため、なんとか胃に食べ物を流し込んでいた。

「それにしても、自然豊かな地だなあ……」

 窓の外には、眩い夏の陽光に照らされた緑が広がっており、レヴィの気持ちも晴れやかになる。
 建物がひしめき合う王都とは違い、緑に溢れた地は、ゆったりとした時間が流れているように感じられた。

(王都で暮らす人たちから見れば、辺境伯領は田舎のように思えるかもしれない。でも、クローディアスくんやロッティさんたちは、のびのびと過ごせそうだっ)

 レヴィのこよなく愛する動物が過ごしやすい環境は、どれだけ田舎であろうとも、レヴィにとっては魅力的な場所に映っていた。

 しかし、ウィンクラー辺境伯邸に近付くにつれ、辺りはよどんだ空気に包まれる。
 つんと、なにかが腐ったような匂いもして、レヴィは思わず鼻を摘んでいた。
 からりと晴れていた空は、今にも雨が降り出しそうな曇天に覆われ、森の緑が怖いほどにどんどん深い黒に染まっていく。

(……漆黒の世界に来たみたいだ)

 昼間だというのに、辺りは教会にある井戸の底よりも暗かった。
 おどろおどろしい雰囲気の中、馬車がゆっくりととまった。

「っ……こ、ここが、ベアテル様のお家……?」

 城のような豪邸である。
 だが、黒い森と同化するようにそびえ立つ建物は、まるで光が届いていないような場所だった。

 恐る恐る馬車を下りれば、真冬のように冷たく、強い風が吹きつける。
 得体の知れないなにかが背筋を這い上がってきた気がしたレヴィは、ぶるりと震えていた。

「お待ちしておりました」

「――……ッ!!」

 壮年の男性が出迎えてくれたのだが、レヴィは悲鳴を堪える。
 音もなく現れた男性からは、全く気配が感じられなかったのだ。
 そして、無機質な声と虚な瞳は、不穏な空気を感じ取っていたレヴィを怖がらせるには充分だった。

 挨拶をしなければならないのに、声が出ない。
 よく見れば、目の前にいる魂の抜けた状態のような男性以外にも、黒い豪邸の前にはずらりと人が待ち構えていたのだ。

 それでもレヴィは、勇気を振り絞る。
 一刻も早く、ベアテルに会わなければならない。
 無様なまでに膝は震えていたが、レヴィは己を奮い立たせる。

「レヴィ・シュナイダーと申します。ベアテル様の治癒に伺いましたっ」

「「「――――…………ッ!!!!」」」

 頭を下げていた者たちが、一斉に顔を上げる。
 レヴィの声は、高い響きのままよく通った。

(な、なんで無言なのっ!? もしかして、歓迎されていない……!?)

 レヴィが聖女候補としては劣等生だという噂が、辺境伯領まで流れているのかもしれない。
 追い返されてしまうのかと焦るレヴィは、目の前で呆けている男性を見上げる。
 銀縁眼鏡の奥では、瞳孔が開いていた。

「あの、信じられないかもしれませんが、これでも僕は、ずっとベアテル様の治癒を担当していたんです。それでも僕が疑わしいなら、ベアテル様に話を聞けば、きっとわかると思いますっ」

 どれだけレヴィが訴えても、代表者らしき男性は呆けたままである。

(っ……もしかして、ベアテル様は、話もできない状況なのっ!? 生きている、よね……?)

 ベアテルが大怪我を負ったとしか話を聞いていないレヴィは、最悪の事態を想像してしまい、顔面蒼白になる。

「ベアテル様に会わせてくださいっ!!」

「っ、は、はい。ご案内致します」

 レヴィに威圧されたかのように、ハッと返事をした男性がぎこちなく歩き出す。

(ど、どうしようっ。大きな声出しちゃった……)

 きっとレヴィの第一印象は最悪だ。
 友人であるベアテルに仕える者たちとは、なるべく良好な関係を築きたかったレヴィは、項垂れる。



 レヴィの頭上では、どんよりとした鉛を張ったような雲が晴れ、ウィンクラー辺境伯邸では滅多に拝むことのない陽の光が差していることに、意気消沈するレヴィだけが気付いていなかった――。
















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