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第15話 親友の会話
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レッスン室には美しい声が響いている。
神を讃える讃美歌の様に聞き入ってしまう、透明感のある声の主はお人形さんだ。
「マリア様、頭を動かしてはいけません。前を見るのです。足先からそう、そうです」
「……う――っう」
「キツくても声をあげてはいけません。それでは及第点は差し上げられませんわ」
「――は、はい!」
「『はい』は1回で。辿々しい物言いをしてはいけません」
「はい‼︎」
「叫んではいけません、淑女は大きく口を開けてはいけません」
「――っっ……ヒルデガルド……様、休憩を……」
「……良いでしょう」
頭に本を何冊も載せたマリア嬢が、大きく息を吐き、床にぺたんと尻もちをつく。
「マリア様、床に座ってはいけませんわ」
「……はい」
ペタペタと四つん這いしてマリア嬢は……立ち上がれそうもないわね。仕方ない。ここは頼りになるオルガおばさんが助けてあげよう。
「オルバ~、ありがとう~。ヒールは細くて高いし、ドレスのスカートはまとわり付くし、頭の本は思いし、淑女って大変ね」
「そうですわね。ですがマリア様の歩く姿も段々と美しくなっていらっしゃいますよ。そうですわよね?ヒルデガルド様?」
「まだまだ及第点には及びませんわ」
お人形さんはふうっと息を吐く。相変わらず表情はない。だけどこれが過去のトラウマのせいだとすれば気の毒だ。お人形さんというあだ名は辞めようかしら?
「結婚式まで半年……頑張らなきゃ!」
気合いのポーズと共に、ふんすとマリア嬢は息を吐く。
これまた足して割れば普通の貴族となりそうなくらい正反対なふたりだ。
「わたくしの都合のために、マリア様にご迷惑をおかけしていると思っているわ。できる限り力になるつもりです。頑張ってくださいませ」
「はい!あ、でも明日はレッスンはお休みなんですよね?アウグスティン様がお見えになるとか?どうですか?子供であれば大丈夫だとヒルデガルド様は仰っていましたけど」
ウシシと興味深そうにマリア嬢が声をかけると、お人形さんは、「はしたないですわ」と一声かけて、ゆったりと椅子に掛けた。マリア嬢もその横にちょこんと座る。お人形さんにニコニコした笑顔を向けるのはお坊ちゃんと一緒だ。思ったより仲が良い。
「可愛らしい方ですわ。それに聡明でいらっしゃる。わたくしが教えたことを水のように吸収されるわ。最も、言葉遣いを正すのは時間がかかりそうですが」
「う゛ー、私とは違うってことですね。良いところの出で頭も良いなんて反則ですよ~」
「アウグスティン様は身分には拘らない方ですわ。わたくしの侍女にまで笑顔でお応えになります。アウグスティン様が年相応になった際にはきっと求婚者が殺到するでしょう」
「えっと、確かアウグスティン様が17歳になったら婚約破棄するお約束でしたっけ?」
「ええ、アウグスティン様のご両親とわたくしの両親が話し合った結果、そのように決まっております。わたくしはもう男性に触れることができません。視線を合わせただけで身体が震えてしまう。こんな私は生涯誰とも添い遂げることなどできないでしょう。婚約破棄するまでアウグスティン様をご立派な紳士へと教育することが、せめてものわたくしの償いだと思っていますわ」
「アウグスティン様がヒルデガルド様を好きになったらどうするんですか?」
「……それはあり得ませんわ。笑う事もできないわたくしなど……。今は姉にように慕ってくれていてもきっとその内、可愛らしい女性に心惹かれる事でしょう。口うるさいわたくしなど、煩わしく思われるでしょう」
「……ヒルデガルド様は……どう思っていらっしゃるんですか?さっき可愛らしいとおっしゃいましたけど……」
「今は子供ですから、対面しても嫌悪感はありませんわ。でもまだ触れることができません。なのに、わたくしは……」
「……どうかしたんですか?明日もお屋敷で会うんですよね?」
「……いいえ、明日は湖へと出かけることに……。両親からはお断りしなさいと言われてのですが、アウグスティン様が哀しまれると思うと言い出せず……」
「それは相手が子供だからですか?確かに小さい子にしゅんってされると、心が痛みますもんね」
「分かりません。わたくしも自分で自分が分からないのです」
「うーん、私は貴族の世界に入ったばかりだから貴族の事は分かりません。そして私がこれから言うことは無責任です。分かっていて言います」
お人形さんは、表情を全く変えず、ただ頷く。
「時には荒療治も必要です。もちろんそれで傷つくこともある。特にヒルデガルド様は幼い頃に乱暴な男達に拐われたんでしょう。そうなると男が怖くなって、人が怖くなるのも当たり前です。しかも貴族達は遠巻きに聞こえるように嫌味を言ってくるし――あれって本当に陰険!頭にくる!」
「マリア様はいつでも真っ直ぐですものね。うらやましいですわ」
「――うっっ……ありがとうございます。そうやって、私に少しづつ本音を吐いてくださるように、アウグスティン様にも本音を吐きだせば良いと思います。湖に行きたいなら行きたい。行きたくなら行きたくない。男性が怖いなら怖い。これが好き、あれは嫌いって!そうやって距離を縮めて行けば歳の差なんて関係なく、もしかしたら結婚できるかもしれないでしょ?」
マリア嬢は顔が真っ赤だ。きっとマリア嬢にはお人形さんの言葉で本音が透けて見えているのかも知れない。表情には出なくとも何か通じるものがあるのだろう。なぜならマリア嬢の真っ赤な顔は、ヒルデガルド様って可愛い~‼︎って思ってる表情だ!
「湖には行きたいと思いましたの……。わたくしはあの事件以降、城と自宅しか行き来していませんもの。ですから帰ったらお父様に相談してみます」
「ヒルデガルド様のその前向きさが大好きです。よし!そういうことなら、私も歩く練習頑張ります!ヒルデガルド様に安心してデートをしてもらうためにも!」
ぴょんと立ち上がって、マリア嬢は頭に本を載せて再び歩き出した。
そんな彼女を見る、ヒルデガルド嬢の目は優しい……気がする。
神を讃える讃美歌の様に聞き入ってしまう、透明感のある声の主はお人形さんだ。
「マリア様、頭を動かしてはいけません。前を見るのです。足先からそう、そうです」
「……う――っう」
「キツくても声をあげてはいけません。それでは及第点は差し上げられませんわ」
「――は、はい!」
「『はい』は1回で。辿々しい物言いをしてはいけません」
「はい‼︎」
「叫んではいけません、淑女は大きく口を開けてはいけません」
「――っっ……ヒルデガルド……様、休憩を……」
「……良いでしょう」
頭に本を何冊も載せたマリア嬢が、大きく息を吐き、床にぺたんと尻もちをつく。
「マリア様、床に座ってはいけませんわ」
「……はい」
ペタペタと四つん這いしてマリア嬢は……立ち上がれそうもないわね。仕方ない。ここは頼りになるオルガおばさんが助けてあげよう。
「オルバ~、ありがとう~。ヒールは細くて高いし、ドレスのスカートはまとわり付くし、頭の本は思いし、淑女って大変ね」
「そうですわね。ですがマリア様の歩く姿も段々と美しくなっていらっしゃいますよ。そうですわよね?ヒルデガルド様?」
「まだまだ及第点には及びませんわ」
お人形さんはふうっと息を吐く。相変わらず表情はない。だけどこれが過去のトラウマのせいだとすれば気の毒だ。お人形さんというあだ名は辞めようかしら?
「結婚式まで半年……頑張らなきゃ!」
気合いのポーズと共に、ふんすとマリア嬢は息を吐く。
これまた足して割れば普通の貴族となりそうなくらい正反対なふたりだ。
「わたくしの都合のために、マリア様にご迷惑をおかけしていると思っているわ。できる限り力になるつもりです。頑張ってくださいませ」
「はい!あ、でも明日はレッスンはお休みなんですよね?アウグスティン様がお見えになるとか?どうですか?子供であれば大丈夫だとヒルデガルド様は仰っていましたけど」
ウシシと興味深そうにマリア嬢が声をかけると、お人形さんは、「はしたないですわ」と一声かけて、ゆったりと椅子に掛けた。マリア嬢もその横にちょこんと座る。お人形さんにニコニコした笑顔を向けるのはお坊ちゃんと一緒だ。思ったより仲が良い。
「可愛らしい方ですわ。それに聡明でいらっしゃる。わたくしが教えたことを水のように吸収されるわ。最も、言葉遣いを正すのは時間がかかりそうですが」
「う゛ー、私とは違うってことですね。良いところの出で頭も良いなんて反則ですよ~」
「アウグスティン様は身分には拘らない方ですわ。わたくしの侍女にまで笑顔でお応えになります。アウグスティン様が年相応になった際にはきっと求婚者が殺到するでしょう」
「えっと、確かアウグスティン様が17歳になったら婚約破棄するお約束でしたっけ?」
「ええ、アウグスティン様のご両親とわたくしの両親が話し合った結果、そのように決まっております。わたくしはもう男性に触れることができません。視線を合わせただけで身体が震えてしまう。こんな私は生涯誰とも添い遂げることなどできないでしょう。婚約破棄するまでアウグスティン様をご立派な紳士へと教育することが、せめてものわたくしの償いだと思っていますわ」
「アウグスティン様がヒルデガルド様を好きになったらどうするんですか?」
「……それはあり得ませんわ。笑う事もできないわたくしなど……。今は姉にように慕ってくれていてもきっとその内、可愛らしい女性に心惹かれる事でしょう。口うるさいわたくしなど、煩わしく思われるでしょう」
「……ヒルデガルド様は……どう思っていらっしゃるんですか?さっき可愛らしいとおっしゃいましたけど……」
「今は子供ですから、対面しても嫌悪感はありませんわ。でもまだ触れることができません。なのに、わたくしは……」
「……どうかしたんですか?明日もお屋敷で会うんですよね?」
「……いいえ、明日は湖へと出かけることに……。両親からはお断りしなさいと言われてのですが、アウグスティン様が哀しまれると思うと言い出せず……」
「それは相手が子供だからですか?確かに小さい子にしゅんってされると、心が痛みますもんね」
「分かりません。わたくしも自分で自分が分からないのです」
「うーん、私は貴族の世界に入ったばかりだから貴族の事は分かりません。そして私がこれから言うことは無責任です。分かっていて言います」
お人形さんは、表情を全く変えず、ただ頷く。
「時には荒療治も必要です。もちろんそれで傷つくこともある。特にヒルデガルド様は幼い頃に乱暴な男達に拐われたんでしょう。そうなると男が怖くなって、人が怖くなるのも当たり前です。しかも貴族達は遠巻きに聞こえるように嫌味を言ってくるし――あれって本当に陰険!頭にくる!」
「マリア様はいつでも真っ直ぐですものね。うらやましいですわ」
「――うっっ……ありがとうございます。そうやって、私に少しづつ本音を吐いてくださるように、アウグスティン様にも本音を吐きだせば良いと思います。湖に行きたいなら行きたい。行きたくなら行きたくない。男性が怖いなら怖い。これが好き、あれは嫌いって!そうやって距離を縮めて行けば歳の差なんて関係なく、もしかしたら結婚できるかもしれないでしょ?」
マリア嬢は顔が真っ赤だ。きっとマリア嬢にはお人形さんの言葉で本音が透けて見えているのかも知れない。表情には出なくとも何か通じるものがあるのだろう。なぜならマリア嬢の真っ赤な顔は、ヒルデガルド様って可愛い~‼︎って思ってる表情だ!
「湖には行きたいと思いましたの……。わたくしはあの事件以降、城と自宅しか行き来していませんもの。ですから帰ったらお父様に相談してみます」
「ヒルデガルド様のその前向きさが大好きです。よし!そういうことなら、私も歩く練習頑張ります!ヒルデガルド様に安心してデートをしてもらうためにも!」
ぴょんと立ち上がって、マリア嬢は頭に本を載せて再び歩き出した。
そんな彼女を見る、ヒルデガルド嬢の目は優しい……気がする。
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