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第三部 第五章 微光
2.ヴァイオレット
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20XX年6月26日(水)
早朝4時半、感対センターがいきおい騒がしくなった。
「三原副センター長、今、F空港で河部さんが米軍から自衛隊に引き渡されたそうです。すぐにこちらへ搬送されるとのことです!」
「そうか、急いで河部さんを受け入れる準備をしてくれ。私はセンター長を起こしてくる」
「はい」
三原の命を受け駈け出した職員の後姿を見て、三原がため息をついた。
「これじゃ、センター長もゆっくり休む暇がないな」
ヘリポートに自衛隊ヘリが降り立ち、中から防護服の兵士が二人、感染防護措置のされた担架に河部巽を乗せて降りてきた。
高柳はモニターを見、眉を寄せながら言った。
「さすがに『軍隊』となると物々しいな……。また余計な詮索をされねば良いが……」
その頃、センター近くの鎮守の森で美波たちが興奮してそれを見ていた。
「来たっ!予想通りだぜ」
「オグ、すげえな」
「赤間ちゃん、それよりちゃんと撮ってよ」
「撮ってますよっ!」
感染者が渡米してたということから、小倉は彼が強制送還され早急にセンターに隔離されると予想、昨夜から近くで待機していたのである。しかし、美波は赤間に念を押しながら自分はきょろきょろと周囲をうかがっている。小倉が不審に思って訊ねた。
「どうしたの、ミナちゃん。落ち着かないね」
「他局は来てないのかな?」
「え?」
「オグちゃんが気付いたことやけん、他局だって同じこと考えると思ったんやけど。撮るならここが一番良いロケーションのばずなのに……」
「ひっどいなあ、ミナちゃん」
小倉がぼやいていると、美波が「あっ」と小さく叫んで言った。
「居た! オグちゃん、あそこ」
小倉は美波が指さした方向を見た。目を凝らすと、木陰に人影が見える。
「あ、あいつは……」
「何よ、もったいぶらないで言って」
「KIWAMIだ、元グラドルの」
「まだ薄暗いのにこの距離でよくわかるわね」
「俺の目は野獣並みだぜ。たしか、タブロイド紙の記者になったって聞いたけど、こんなところで何ばしよっとやろか」
「決まっとろ-もん。タブロイド紙の記者でここにいるなら、十中八九あの胸糞悪い憶測記事を書いたヤツでしょーが」
美波はそう言いながら極美の方に躊躇なく近づいた。極美はと言うと、ヘリの音と撮影に夢中なのとで美波に気が付かない。
「ちょっとあんた、そこで何してんのッ!? また変なデッチアゲ記事書こうとしてんじゃないでしょうね」
美波に怒鳴られて、極美は驚いて彼女の方を見た。しかし、彼女はすぐにデジカメを構えなおして撮影を続けた。
「こ、このおっ!」
美波は極美の横着な態度にむかついて、彼女の肩を掴もうとした。しかし、極美は一瞬振り向いたものの脱兎のごとく駈け出して、路肩に止めてあった車に飛び込んだ。その後間髪を入れず、その車は無灯火で発進し、瞬く間に姿を消した。
「なによ、あれ!!」
呆れながら、車の去って行った方向を見ている美波に、小倉が駆け寄って言った。
「どうした、逃げられたとか?」
「どうやら仲間がいたみたいやね」
「あらら」
「それにしても……、くっそぉ~~~!」
いきなり美波が怒りだした。
「腹ん立つ~っ! あいつ、逃げる前に一瞬こっち見て、馬鹿にしたように笑った~~~!!」
「へ?」
「ちょっとばかり背が高くて胸が大きくて美人だと思ってぇ――!! どーせアタシはちんちくりんの田舎者記者よ! くやしい~~~!」
「イナモンって久々に聞いたな……じゃなくて、そんなことないって、ミナちゃんはちっこいけど十分可愛いって。ミナミサってめんたい放送じゃダントツ人気じゃん」
「そんなデス○キャラみたいな愛称イヤぁ~~~」
「もう、いったんへそ曲げたらこうなんだから、……ったくぅ」
小倉は困って赤間の方を見た。当の赤間はそんな状況を知ってか知らずか、カメラを抱えてひたすら映像を撮り続けていた。
河部巽は、無事にセンターの隔離病室に収容されていた。そこでしばらく待たされていたが、間もなく防護服を着た医師と看護師が入って来た。
「河部巽さんですね」
「はい」
「私はここのセンター長で、高柳と言います。この度は大変でしたね」
「それより、妻の容体はっ!?」
「残念ですが、お腹のお子さんは亡くなられていました。奥さんも発症されていて、病状もだいぶ進んでいます」
「子供が……そんな……」
「残念ですが」
「で、妻は……妻の方は助かるんでしょうか」
「奥さんについては、まだ何とも言えませんが、ただ……」
高柳は、巽にすがるような目で訊かれ、少し辛そうな表情で答えた。
「この病気を発症されて生き延びた方は今のところ……。覚悟はなさっておいてください」
「そんな……」
巽は一瞬呆然としながらも立ち上がった。
「妻に会います。会って謝らねばならない。妻のところに連れて行ってください」
「だめです。あなたはまだここから出られませんし、出られたとしても、既に発症されている奥さんの傍には行けません」
「何故です?」
「防護服越しでの感染が確認されたからです」
「どうせ、僕も感染しているんでしょう? 妻と一緒にいさせてください」
「だめです。あなたに未感染の可能性がある限り、それは出来ません」
「行きます。傍にいてやりたいんです」
巽はそういうや否や、病室から飛び出そうとした。高柳と看護師の春野は止めようとしたが間に合わず、高柳は大声で助けを呼んだ。
「誰か、河部さんを止めてくれ!」
すぐさま待機していた男性看護師が巽を抑えて病室に連れ戻した。巽はその間妻の名を呼びながら抵抗していたが、数分後なんとか落ち着きを取り戻した。
「すみませんでした。もう大丈夫です」
巽は春野からもらった水を飲みながら言った。
「僕のせいで妻が辛い思いをしていると思ったら、居ても立っても居られなくなってしまって……」
「奥さんは、あなたがまだ発症していないのを知って、喜んでおられましたよ」
「おお……」
巽はそれを聞いてとうとう泣き出した。
「千夏、千夏……すまない。僕のせいで……。本当なら僕が……」
高柳と春野は、彼が完全に落ち着くまで、さらに数分間説明を待つことになった。
「何度もすみません。ほんと、すみません」
「あなたの置かれた異常な状況で、取り乱すなと言う方が無理だと思いますよ」
高柳は、平身低頭しながら言う巽に対して、優しく言った。
「では、説明を始めて良いですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
高柳は、巽にこれからについて淡々と説明を始めた。
「では、僕はあと3日ほどここに入っていなければならないのですね」
「そうです。その間発症の兆候が見られなければ、退院できます。その後1か月間様子を見て、何もなければおそらく大丈夫でしょう。隔離は一週間ですが、あなたのように確実に感染者の血液を浴びた方の場合は、念のためウイルスに曝されてから10日ほど様子を見ることになっています。10日後に発症された方がおられるからです。あなたの場合は、事件が先週の月曜でしたから、少なくとも明日一杯は隔離ということになりますね。ユーサムリッドの検査では、今のところウイルス感染はないという結果が出たようですが、奥さんが発症された限り楽観は出来ません」
「あそこに隔離された時は、もう日本に帰れないと諦めかけましたが、シーなんとかの小隊長さんが絶対に日本に帰すと約束してくれて……」
「まだ発症の兆候もないあなたを彼らが拘束することは出来ませんよ。あの隊長もそれを見越していたのでしょう。実は、先ほど挨拶に来られましてね」
「挨拶に?」
「ええ。事態が深刻になった場合、協力は惜しまないと。彼ら……あなたを運んでくれた部隊ですが、彼らはその時に改めて派遣されるということです。あの国の真意は測りかねますが」
「でも、僕はあの隊長さんは信用出来ると思いました。根拠はありませんけど……」
「私もそういう印象は受けました。少し面白い日本語を話されるようですが」
「面白い日本語……、そうですね」
そういうと巽は思い出したのか、くすっと笑った。春野がそれを見てほっとしたように言った。
「ようやく笑いましたね」
「ご心配をおかけします」
「状況はあまりよくありません。しかし、諦めたら先に進みません。河部さん、いっしょにがんばってくれますね?」
「はい」
河部は不安な表情が消えないながら、しっかりと頷いて答えた。
午後、葛西がギルフォード研究室にやってきた。これまで警察が調査した内容の報告をするためである。
教授室の応接セットに座った葛西に、ギルフォードが言った。
「わざわざ来てくれたんですね。電話やメールでも良かったのに」
「いえ、補足で説明することがあるかもしれないし、電話やメールは情報が漏れる可能性もありますから」
「ナガヌマさんもこの前そんなことを言ってましたが、この国ではそんなに情報がダダ漏れするんですか?」
「まあ、たまに……いえ、その、まあ念のために」
「ホントはユリコに会いたかったからでしょ?」
ギルフォードが葛西にからかうように言い、葛西が「いやぁ、そんな……」と言いかけたのをさえぎって由利子が強く言った。
「アレク、余計なことを言わない!」
「おっと、スミマセン」
首をすくめてそう言うと、ギルフォードは葛西の方を見ながらこっそりと言った。
「相変わらず怖いです」
「怖い女性が二人に増えて、アレクも大変ですね」
「そーなんですよ、カサイさん」
「聞こえてますわよ」
「ってゆーか、そのネタ古いし」
男性二人のこそこそ話に女性二人がすかさず突っ込んだ。
「それではですね……」
女性二人も加わったところで、葛西が説明を始めようとして、ふと気が付いて言った。
「なんか、遠くでヘリコプターの音がしますね」
「ジュン、ヘリの音なんて珍しくもないでしょう?」
「あはは、そうですよね。どうも、あの時C川でジュリーと一緒にヘリに追いかけられてから、過剰反応するようになってしまって」
と、葛西が頭を掻きながら言うと、ギルフォードが笑って言った。
「そういえば、ジュリーも似たようなことを言ってましたよ」
「そうでしょ、あれ、意外と怖いもんですよねえ」
そういうと、葛西は気を取り直して説明を始めたが、ヘリコプターの音は確実に近づいてきていた。それどころか、周囲まで騒がしくなってきた。葛西は説明を中断し、4人は少し不安そうにお互いの顔を見た。ギル研の学生たちが急いで窓に駆け寄り外を確認した。学生の一人が体を乗り出して興奮気味に言った。
「うわあ、ブラックホークだ! すげえ、ホンモノを生で初めて見たぞ!」
「ブラックホークって、なんでそんなもんが大学に飛んで来るんでっか?」
それを聞いて、ギルフォードが頭を抱えて言った。
「なんか、嫌な予感がします……」
「屋上に行ってみましょう」
紗弥がすぐに立ち上がって駆け出し、教授室から飛び出した。
「紗弥さん、待ってよ!」
と言いながら、由利子も紗弥の後を追った。葛西も同時に立ち上がった。
「僕も行きます!」
その後に続いて研究生たちまで野次馬に出かけたので、研究室にはギルフォードだけが残された。
「僕は行きませんからね」
ギルフォードは少しすねたようにして、葛西の持ってきた資料を手に取ると読み始めた。
由利子たちが屋上に出ると、既に近くまでヘリが飛んできており、それから下がった縄梯子を女性が降りつつあった。
赤い髪を後ろに束ね、黒のタンクトップにカーキ色のカーゴパンツ、足にはレースアップのゴツいミリタリーブーツを履いている。更に顔には黒いサングラスをかけ、風で飛ばないよう黒のキャップは脱いで左手の指に引っかけていた。
女性は由利子たちが屋上に姿を現すと、敬礼をしながらにこっと笑った。
彼女はヘリコプターが屋上に差し掛かるとひらりと降りて、去って行くヘリに向かって敬礼をして見送った。その後彼女は由利子たちの方を向くと、笑顔で「Hi!」と言った。ヘリから降り立った彼女はかなりの偉丈夫で、身長は百八十センチを超え体格も筋肉質でがっしりとしている。だが、それ以上に、彼女の盛り上がった胸が圧巻であった。
「うわあ、永井豪の描く女性みたいだ……」
葛西が半ば呆気にとられながらもぼそりと言った。
由利子たちが圧倒されて遠巻きに様子を見ていると、由利子の横に立っていた紗弥がついと前に出て女の方に静かに歩み寄った。
しかし、女は鋭い目で紗弥を一瞥すると、いきなり紗弥に襲いかかった。だが、紗弥はそれにまったく動じず身をかわすと顔色も変えずに女の首に向けて正確に蹴りを入れた。しかし、女は紗弥の蹴りを難なくを受けると同時に喉元に突きを入れた。紗弥はすかさずそれを受け、二人は一旦身を引いた。二人はお互い隙を伺いながら身構え数秒間けん制し合っていたが、いきなりミリタリー女が笑い出し、二人は戦闘状態を解いた。
”あっははは.海兵隊員のアタシと互角にやりあえる女はあんたくらいだよ,サヤ.おぼっちゃんのお守りをしている割に腕は落ちちゃいないようだ”
”ヴァイオレット,久しぶりね.あんたも元気そうでなによりだわ”
二人はお互いに抱き合って久々の再会を確認した。しかし、英語の判らない由利子と葛西には何が何やらさっぱりわからない。
「結局、あの人と紗弥さんは知り合いだったってこと?」
「しかも、かなり親しそうですね」
由利子と葛西は、キツネにつままれたような表情で二人を見ながら言った。女はそんな二人につかつかと近づいた。近くで見ると、日に焼けた肌に名前通りの菫色の虹彩が対照的だ。彼女は由利子に向かって言った。
「君が篠原由利子だね」
「え? は、はい。そうですけど、あなたは?」
「私はアレグザンダーの古い知り合いで、ヴァイオレット・ブルームと申す。由利子殿、話に聞いておるとおり、少年のようだのお。そして横の秀才風優男の君が葛西純平君だね。うむ。二人とも気に入ったぞ」
ブルームは、そう言うなり二人をまとめて抱きしめた。当然二人は驚いて仲良く「ひゃあ」という間の抜けた声をあげた。紗弥が少し厳しい声でブルームをたしなめた。
「ヴァイオレット、ここは日本ですから、程度をわきまえてくださいませね」
「あっはっは。すまんな、つい」
「まったくもう、教授と言いジュリーと言い、どうしてこう……」
「いや、すまん。悪かった。さっさとあやつに会いに行こう。紗弥、案内せい」
「では、ついていらっしゃいませ」
紗弥はそういうとさっさと歩き出し、その後をブルームが悠々とついて行った。野次馬たちも、それに倣うように歩き出した。
皆が帰った後、屋上に由利子と葛西が残された。由利子がぼそりと言った。
「また変な外人が増えたよ」
その横で葛西もぼそりと言った。
「でも、なんで日本語が頑固爺・・っていうか武士……」
ヴァイオレット・ブルームは、紗弥に案内されてギルフォード研究室の教授室へ通された。しかし、部屋の主のギルフォードは至って機嫌が悪い。ブルームはソファに腰かけて応接台に頬杖をついてギルフォードを見ながら言った。
「せっかくお主の顔を拝みにきてやったのだ。何をぶすくれておる」
「あのね、ヴァイ。来るなら来るで、なんでもっと目立たない方法を選ばなかったんですか。よりによって最大限に目立つ登場のしかたをすることはないでしょう。また米軍とつながっているなんて言われたらどうするんです」
「細かいことを言うでない。休暇をもらったついでに、ちょっと部下に寄り道してもらったのだ」
「何職権乱用しているんですか」
「職権乱用ではないぞ。これも立派な任務だ。改めて言う。Sーhfウイルスの被害が拡大した場合、我々も封じ込めに協力することとなった。今日はその挨拶に伺ったのだ」
「だからってわざわざヘリで来なくても……。っていうか、また、首を突っ込んでくるつもりなんですね、あんたの国は」
「他国の善意は素直に受けたほうが良いぞ」
「善意だかなんだか」
「まあいい。それと、もうひとつ。実はな、SASのコーンウェル大佐からも、お主の様子を見て来いと頼まれたのだ。お主の置かれている状況を知って、ずいぶんと心配をしておられたぞ」
「叔父貴から? もう、心配性なんだから。……って、なんで米兵のあんたがイギリス陸軍大佐の依頼を受けているんですか」
「電話して日本のF市に行くぞと言ったら、頼まれたのだ。友人の頼みは聞くものであろう」
「……もういいです。僕の顔を見たら安心したでしょ。とっとと帰ってください」
「そんなに追い出そうとしなくてもいいではないか。それよりせっかく遠くから来たんだ。茶くらい出さんか」
「ずうずうしい客ですね。今、サヤがやってますよ。あ、サヤさん、一番安い番茶でいいですからね」
ギルフォードに声をかけられて、紗弥が振り向いて言った。
「教授、彼女について少しは説明なさらないと。由利子さんたちが、途方に暮れていらっしゃいますわ」
「そうでした。ユリコ、ジュン。改めて紹介します。アメリカ海兵隊、シーバーフ所属のヴァイオレット・ブルーム少尉です。亡くなった僕の親友エーメ……、エメラルダの姉ですよ」
「あ、エメラルダさんの」
と、由利子が言うと、ブルームは嬉しそうに笑って言った。
「おお、エメラルダのことを知っておられるのか」
「ええ、ジュリーからちょとだけお聞きしました」
「そうか。あやつは……、妹は私などとは比べ物にならぬほど出来た奴だったでな。ほんに惜しい人間を亡くしたものよ」
とブルームがしみじみと言った時、紗弥がお茶を運んできた。ブルームは出されたお茶を手に取ろうとしたが、湯呑の中を見てガッツポーズをしながら言った。
「これは幸先良いぞ。茶柱が立っておる。ほら、由利子、純平、縁起物だ。見てごらん」
「あ、ほんとだ。しかも三本立ってますよ」
「すごい。写メ撮っていいですか」
「もちろんだ。私も撮るぞ」
三人は湯呑の中を見てはしゃいでいたが、それとは対照的に、ギルフォードが恨めしそうな表情で言った。
「番茶にしたら却って喜ばれてしまいました」
「せこいことを仰るからですわ」
紗弥はギルフォードを軽くいなしてお盆を下げに行った。ブルームは、お茶を一口飲むと言った。
「うん、旨い。紗弥の淹れたお茶は最高だな。とても番茶とは思えんよ。それはそうと、お二人さん」
ブルームはもう一口お茶を飲んでから、湯呑を置いて由利子と葛西に向かって言った。
「これから私のことは、すみれちゃんと呼んでおくれ」
ギルフォードがそれを聞いて、横を向き小声で言った。
「何がスミレチャンですか。ムシトリスミレのくせに」
「何か異議がありそうだな、アレグザンダー・ライアン・ギルフォード君」
「いえ、何もないです」
「さてと、どうやら大事な話の途中にお邪魔したようだの。こやつの顔も見たし、そろそろ退散してやろう」
ブルームはそういうとおもむろに立ち上がった。紗弥が見送ろうと立ち上がったが、ブルームは彼女を静止して言った。
「見送りは良いぞ、紗弥。ゆっくりしておれ。由利子、純平。機会があらば一杯やろうぞ」
ブルームは挨拶をすると、ドアに向かった。しかし、何か思い出したように振り向いて言った。
「アレグザンダー。デスストーカーのやつが、性懲りもなく河部さんを拘束しようとしおったので、阻止してやったぞ。彼奴め、まだあきらめておらんようだが、まあ、任せよ」
ブルームはサムアップするとまた踵を返し、カツカツを靴音をさせながら研究室を出て言った。
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※すみれちゃんの登場の仕方はあり得んとは思いましたが、ちょっとエンタメに走ってしまいました。
なお、彼女の髪の謎(金髪ショート→赤毛のポニテ)については四話で触れます。
早朝4時半、感対センターがいきおい騒がしくなった。
「三原副センター長、今、F空港で河部さんが米軍から自衛隊に引き渡されたそうです。すぐにこちらへ搬送されるとのことです!」
「そうか、急いで河部さんを受け入れる準備をしてくれ。私はセンター長を起こしてくる」
「はい」
三原の命を受け駈け出した職員の後姿を見て、三原がため息をついた。
「これじゃ、センター長もゆっくり休む暇がないな」
ヘリポートに自衛隊ヘリが降り立ち、中から防護服の兵士が二人、感染防護措置のされた担架に河部巽を乗せて降りてきた。
高柳はモニターを見、眉を寄せながら言った。
「さすがに『軍隊』となると物々しいな……。また余計な詮索をされねば良いが……」
その頃、センター近くの鎮守の森で美波たちが興奮してそれを見ていた。
「来たっ!予想通りだぜ」
「オグ、すげえな」
「赤間ちゃん、それよりちゃんと撮ってよ」
「撮ってますよっ!」
感染者が渡米してたということから、小倉は彼が強制送還され早急にセンターに隔離されると予想、昨夜から近くで待機していたのである。しかし、美波は赤間に念を押しながら自分はきょろきょろと周囲をうかがっている。小倉が不審に思って訊ねた。
「どうしたの、ミナちゃん。落ち着かないね」
「他局は来てないのかな?」
「え?」
「オグちゃんが気付いたことやけん、他局だって同じこと考えると思ったんやけど。撮るならここが一番良いロケーションのばずなのに……」
「ひっどいなあ、ミナちゃん」
小倉がぼやいていると、美波が「あっ」と小さく叫んで言った。
「居た! オグちゃん、あそこ」
小倉は美波が指さした方向を見た。目を凝らすと、木陰に人影が見える。
「あ、あいつは……」
「何よ、もったいぶらないで言って」
「KIWAMIだ、元グラドルの」
「まだ薄暗いのにこの距離でよくわかるわね」
「俺の目は野獣並みだぜ。たしか、タブロイド紙の記者になったって聞いたけど、こんなところで何ばしよっとやろか」
「決まっとろ-もん。タブロイド紙の記者でここにいるなら、十中八九あの胸糞悪い憶測記事を書いたヤツでしょーが」
美波はそう言いながら極美の方に躊躇なく近づいた。極美はと言うと、ヘリの音と撮影に夢中なのとで美波に気が付かない。
「ちょっとあんた、そこで何してんのッ!? また変なデッチアゲ記事書こうとしてんじゃないでしょうね」
美波に怒鳴られて、極美は驚いて彼女の方を見た。しかし、彼女はすぐにデジカメを構えなおして撮影を続けた。
「こ、このおっ!」
美波は極美の横着な態度にむかついて、彼女の肩を掴もうとした。しかし、極美は一瞬振り向いたものの脱兎のごとく駈け出して、路肩に止めてあった車に飛び込んだ。その後間髪を入れず、その車は無灯火で発進し、瞬く間に姿を消した。
「なによ、あれ!!」
呆れながら、車の去って行った方向を見ている美波に、小倉が駆け寄って言った。
「どうした、逃げられたとか?」
「どうやら仲間がいたみたいやね」
「あらら」
「それにしても……、くっそぉ~~~!」
いきなり美波が怒りだした。
「腹ん立つ~っ! あいつ、逃げる前に一瞬こっち見て、馬鹿にしたように笑った~~~!!」
「へ?」
「ちょっとばかり背が高くて胸が大きくて美人だと思ってぇ――!! どーせアタシはちんちくりんの田舎者記者よ! くやしい~~~!」
「イナモンって久々に聞いたな……じゃなくて、そんなことないって、ミナちゃんはちっこいけど十分可愛いって。ミナミサってめんたい放送じゃダントツ人気じゃん」
「そんなデス○キャラみたいな愛称イヤぁ~~~」
「もう、いったんへそ曲げたらこうなんだから、……ったくぅ」
小倉は困って赤間の方を見た。当の赤間はそんな状況を知ってか知らずか、カメラを抱えてひたすら映像を撮り続けていた。
河部巽は、無事にセンターの隔離病室に収容されていた。そこでしばらく待たされていたが、間もなく防護服を着た医師と看護師が入って来た。
「河部巽さんですね」
「はい」
「私はここのセンター長で、高柳と言います。この度は大変でしたね」
「それより、妻の容体はっ!?」
「残念ですが、お腹のお子さんは亡くなられていました。奥さんも発症されていて、病状もだいぶ進んでいます」
「子供が……そんな……」
「残念ですが」
「で、妻は……妻の方は助かるんでしょうか」
「奥さんについては、まだ何とも言えませんが、ただ……」
高柳は、巽にすがるような目で訊かれ、少し辛そうな表情で答えた。
「この病気を発症されて生き延びた方は今のところ……。覚悟はなさっておいてください」
「そんな……」
巽は一瞬呆然としながらも立ち上がった。
「妻に会います。会って謝らねばならない。妻のところに連れて行ってください」
「だめです。あなたはまだここから出られませんし、出られたとしても、既に発症されている奥さんの傍には行けません」
「何故です?」
「防護服越しでの感染が確認されたからです」
「どうせ、僕も感染しているんでしょう? 妻と一緒にいさせてください」
「だめです。あなたに未感染の可能性がある限り、それは出来ません」
「行きます。傍にいてやりたいんです」
巽はそういうや否や、病室から飛び出そうとした。高柳と看護師の春野は止めようとしたが間に合わず、高柳は大声で助けを呼んだ。
「誰か、河部さんを止めてくれ!」
すぐさま待機していた男性看護師が巽を抑えて病室に連れ戻した。巽はその間妻の名を呼びながら抵抗していたが、数分後なんとか落ち着きを取り戻した。
「すみませんでした。もう大丈夫です」
巽は春野からもらった水を飲みながら言った。
「僕のせいで妻が辛い思いをしていると思ったら、居ても立っても居られなくなってしまって……」
「奥さんは、あなたがまだ発症していないのを知って、喜んでおられましたよ」
「おお……」
巽はそれを聞いてとうとう泣き出した。
「千夏、千夏……すまない。僕のせいで……。本当なら僕が……」
高柳と春野は、彼が完全に落ち着くまで、さらに数分間説明を待つことになった。
「何度もすみません。ほんと、すみません」
「あなたの置かれた異常な状況で、取り乱すなと言う方が無理だと思いますよ」
高柳は、平身低頭しながら言う巽に対して、優しく言った。
「では、説明を始めて良いですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
高柳は、巽にこれからについて淡々と説明を始めた。
「では、僕はあと3日ほどここに入っていなければならないのですね」
「そうです。その間発症の兆候が見られなければ、退院できます。その後1か月間様子を見て、何もなければおそらく大丈夫でしょう。隔離は一週間ですが、あなたのように確実に感染者の血液を浴びた方の場合は、念のためウイルスに曝されてから10日ほど様子を見ることになっています。10日後に発症された方がおられるからです。あなたの場合は、事件が先週の月曜でしたから、少なくとも明日一杯は隔離ということになりますね。ユーサムリッドの検査では、今のところウイルス感染はないという結果が出たようですが、奥さんが発症された限り楽観は出来ません」
「あそこに隔離された時は、もう日本に帰れないと諦めかけましたが、シーなんとかの小隊長さんが絶対に日本に帰すと約束してくれて……」
「まだ発症の兆候もないあなたを彼らが拘束することは出来ませんよ。あの隊長もそれを見越していたのでしょう。実は、先ほど挨拶に来られましてね」
「挨拶に?」
「ええ。事態が深刻になった場合、協力は惜しまないと。彼ら……あなたを運んでくれた部隊ですが、彼らはその時に改めて派遣されるということです。あの国の真意は測りかねますが」
「でも、僕はあの隊長さんは信用出来ると思いました。根拠はありませんけど……」
「私もそういう印象は受けました。少し面白い日本語を話されるようですが」
「面白い日本語……、そうですね」
そういうと巽は思い出したのか、くすっと笑った。春野がそれを見てほっとしたように言った。
「ようやく笑いましたね」
「ご心配をおかけします」
「状況はあまりよくありません。しかし、諦めたら先に進みません。河部さん、いっしょにがんばってくれますね?」
「はい」
河部は不安な表情が消えないながら、しっかりと頷いて答えた。
午後、葛西がギルフォード研究室にやってきた。これまで警察が調査した内容の報告をするためである。
教授室の応接セットに座った葛西に、ギルフォードが言った。
「わざわざ来てくれたんですね。電話やメールでも良かったのに」
「いえ、補足で説明することがあるかもしれないし、電話やメールは情報が漏れる可能性もありますから」
「ナガヌマさんもこの前そんなことを言ってましたが、この国ではそんなに情報がダダ漏れするんですか?」
「まあ、たまに……いえ、その、まあ念のために」
「ホントはユリコに会いたかったからでしょ?」
ギルフォードが葛西にからかうように言い、葛西が「いやぁ、そんな……」と言いかけたのをさえぎって由利子が強く言った。
「アレク、余計なことを言わない!」
「おっと、スミマセン」
首をすくめてそう言うと、ギルフォードは葛西の方を見ながらこっそりと言った。
「相変わらず怖いです」
「怖い女性が二人に増えて、アレクも大変ですね」
「そーなんですよ、カサイさん」
「聞こえてますわよ」
「ってゆーか、そのネタ古いし」
男性二人のこそこそ話に女性二人がすかさず突っ込んだ。
「それではですね……」
女性二人も加わったところで、葛西が説明を始めようとして、ふと気が付いて言った。
「なんか、遠くでヘリコプターの音がしますね」
「ジュン、ヘリの音なんて珍しくもないでしょう?」
「あはは、そうですよね。どうも、あの時C川でジュリーと一緒にヘリに追いかけられてから、過剰反応するようになってしまって」
と、葛西が頭を掻きながら言うと、ギルフォードが笑って言った。
「そういえば、ジュリーも似たようなことを言ってましたよ」
「そうでしょ、あれ、意外と怖いもんですよねえ」
そういうと、葛西は気を取り直して説明を始めたが、ヘリコプターの音は確実に近づいてきていた。それどころか、周囲まで騒がしくなってきた。葛西は説明を中断し、4人は少し不安そうにお互いの顔を見た。ギル研の学生たちが急いで窓に駆け寄り外を確認した。学生の一人が体を乗り出して興奮気味に言った。
「うわあ、ブラックホークだ! すげえ、ホンモノを生で初めて見たぞ!」
「ブラックホークって、なんでそんなもんが大学に飛んで来るんでっか?」
それを聞いて、ギルフォードが頭を抱えて言った。
「なんか、嫌な予感がします……」
「屋上に行ってみましょう」
紗弥がすぐに立ち上がって駆け出し、教授室から飛び出した。
「紗弥さん、待ってよ!」
と言いながら、由利子も紗弥の後を追った。葛西も同時に立ち上がった。
「僕も行きます!」
その後に続いて研究生たちまで野次馬に出かけたので、研究室にはギルフォードだけが残された。
「僕は行きませんからね」
ギルフォードは少しすねたようにして、葛西の持ってきた資料を手に取ると読み始めた。
由利子たちが屋上に出ると、既に近くまでヘリが飛んできており、それから下がった縄梯子を女性が降りつつあった。
赤い髪を後ろに束ね、黒のタンクトップにカーキ色のカーゴパンツ、足にはレースアップのゴツいミリタリーブーツを履いている。更に顔には黒いサングラスをかけ、風で飛ばないよう黒のキャップは脱いで左手の指に引っかけていた。
女性は由利子たちが屋上に姿を現すと、敬礼をしながらにこっと笑った。
彼女はヘリコプターが屋上に差し掛かるとひらりと降りて、去って行くヘリに向かって敬礼をして見送った。その後彼女は由利子たちの方を向くと、笑顔で「Hi!」と言った。ヘリから降り立った彼女はかなりの偉丈夫で、身長は百八十センチを超え体格も筋肉質でがっしりとしている。だが、それ以上に、彼女の盛り上がった胸が圧巻であった。
「うわあ、永井豪の描く女性みたいだ……」
葛西が半ば呆気にとられながらもぼそりと言った。
由利子たちが圧倒されて遠巻きに様子を見ていると、由利子の横に立っていた紗弥がついと前に出て女の方に静かに歩み寄った。
しかし、女は鋭い目で紗弥を一瞥すると、いきなり紗弥に襲いかかった。だが、紗弥はそれにまったく動じず身をかわすと顔色も変えずに女の首に向けて正確に蹴りを入れた。しかし、女は紗弥の蹴りを難なくを受けると同時に喉元に突きを入れた。紗弥はすかさずそれを受け、二人は一旦身を引いた。二人はお互い隙を伺いながら身構え数秒間けん制し合っていたが、いきなりミリタリー女が笑い出し、二人は戦闘状態を解いた。
”あっははは.海兵隊員のアタシと互角にやりあえる女はあんたくらいだよ,サヤ.おぼっちゃんのお守りをしている割に腕は落ちちゃいないようだ”
”ヴァイオレット,久しぶりね.あんたも元気そうでなによりだわ”
二人はお互いに抱き合って久々の再会を確認した。しかし、英語の判らない由利子と葛西には何が何やらさっぱりわからない。
「結局、あの人と紗弥さんは知り合いだったってこと?」
「しかも、かなり親しそうですね」
由利子と葛西は、キツネにつままれたような表情で二人を見ながら言った。女はそんな二人につかつかと近づいた。近くで見ると、日に焼けた肌に名前通りの菫色の虹彩が対照的だ。彼女は由利子に向かって言った。
「君が篠原由利子だね」
「え? は、はい。そうですけど、あなたは?」
「私はアレグザンダーの古い知り合いで、ヴァイオレット・ブルームと申す。由利子殿、話に聞いておるとおり、少年のようだのお。そして横の秀才風優男の君が葛西純平君だね。うむ。二人とも気に入ったぞ」
ブルームは、そう言うなり二人をまとめて抱きしめた。当然二人は驚いて仲良く「ひゃあ」という間の抜けた声をあげた。紗弥が少し厳しい声でブルームをたしなめた。
「ヴァイオレット、ここは日本ですから、程度をわきまえてくださいませね」
「あっはっは。すまんな、つい」
「まったくもう、教授と言いジュリーと言い、どうしてこう……」
「いや、すまん。悪かった。さっさとあやつに会いに行こう。紗弥、案内せい」
「では、ついていらっしゃいませ」
紗弥はそういうとさっさと歩き出し、その後をブルームが悠々とついて行った。野次馬たちも、それに倣うように歩き出した。
皆が帰った後、屋上に由利子と葛西が残された。由利子がぼそりと言った。
「また変な外人が増えたよ」
その横で葛西もぼそりと言った。
「でも、なんで日本語が頑固爺・・っていうか武士……」
ヴァイオレット・ブルームは、紗弥に案内されてギルフォード研究室の教授室へ通された。しかし、部屋の主のギルフォードは至って機嫌が悪い。ブルームはソファに腰かけて応接台に頬杖をついてギルフォードを見ながら言った。
「せっかくお主の顔を拝みにきてやったのだ。何をぶすくれておる」
「あのね、ヴァイ。来るなら来るで、なんでもっと目立たない方法を選ばなかったんですか。よりによって最大限に目立つ登場のしかたをすることはないでしょう。また米軍とつながっているなんて言われたらどうするんです」
「細かいことを言うでない。休暇をもらったついでに、ちょっと部下に寄り道してもらったのだ」
「何職権乱用しているんですか」
「職権乱用ではないぞ。これも立派な任務だ。改めて言う。Sーhfウイルスの被害が拡大した場合、我々も封じ込めに協力することとなった。今日はその挨拶に伺ったのだ」
「だからってわざわざヘリで来なくても……。っていうか、また、首を突っ込んでくるつもりなんですね、あんたの国は」
「他国の善意は素直に受けたほうが良いぞ」
「善意だかなんだか」
「まあいい。それと、もうひとつ。実はな、SASのコーンウェル大佐からも、お主の様子を見て来いと頼まれたのだ。お主の置かれている状況を知って、ずいぶんと心配をしておられたぞ」
「叔父貴から? もう、心配性なんだから。……って、なんで米兵のあんたがイギリス陸軍大佐の依頼を受けているんですか」
「電話して日本のF市に行くぞと言ったら、頼まれたのだ。友人の頼みは聞くものであろう」
「……もういいです。僕の顔を見たら安心したでしょ。とっとと帰ってください」
「そんなに追い出そうとしなくてもいいではないか。それよりせっかく遠くから来たんだ。茶くらい出さんか」
「ずうずうしい客ですね。今、サヤがやってますよ。あ、サヤさん、一番安い番茶でいいですからね」
ギルフォードに声をかけられて、紗弥が振り向いて言った。
「教授、彼女について少しは説明なさらないと。由利子さんたちが、途方に暮れていらっしゃいますわ」
「そうでした。ユリコ、ジュン。改めて紹介します。アメリカ海兵隊、シーバーフ所属のヴァイオレット・ブルーム少尉です。亡くなった僕の親友エーメ……、エメラルダの姉ですよ」
「あ、エメラルダさんの」
と、由利子が言うと、ブルームは嬉しそうに笑って言った。
「おお、エメラルダのことを知っておられるのか」
「ええ、ジュリーからちょとだけお聞きしました」
「そうか。あやつは……、妹は私などとは比べ物にならぬほど出来た奴だったでな。ほんに惜しい人間を亡くしたものよ」
とブルームがしみじみと言った時、紗弥がお茶を運んできた。ブルームは出されたお茶を手に取ろうとしたが、湯呑の中を見てガッツポーズをしながら言った。
「これは幸先良いぞ。茶柱が立っておる。ほら、由利子、純平、縁起物だ。見てごらん」
「あ、ほんとだ。しかも三本立ってますよ」
「すごい。写メ撮っていいですか」
「もちろんだ。私も撮るぞ」
三人は湯呑の中を見てはしゃいでいたが、それとは対照的に、ギルフォードが恨めしそうな表情で言った。
「番茶にしたら却って喜ばれてしまいました」
「せこいことを仰るからですわ」
紗弥はギルフォードを軽くいなしてお盆を下げに行った。ブルームは、お茶を一口飲むと言った。
「うん、旨い。紗弥の淹れたお茶は最高だな。とても番茶とは思えんよ。それはそうと、お二人さん」
ブルームはもう一口お茶を飲んでから、湯呑を置いて由利子と葛西に向かって言った。
「これから私のことは、すみれちゃんと呼んでおくれ」
ギルフォードがそれを聞いて、横を向き小声で言った。
「何がスミレチャンですか。ムシトリスミレのくせに」
「何か異議がありそうだな、アレグザンダー・ライアン・ギルフォード君」
「いえ、何もないです」
「さてと、どうやら大事な話の途中にお邪魔したようだの。こやつの顔も見たし、そろそろ退散してやろう」
ブルームはそういうとおもむろに立ち上がった。紗弥が見送ろうと立ち上がったが、ブルームは彼女を静止して言った。
「見送りは良いぞ、紗弥。ゆっくりしておれ。由利子、純平。機会があらば一杯やろうぞ」
ブルームは挨拶をすると、ドアに向かった。しかし、何か思い出したように振り向いて言った。
「アレグザンダー。デスストーカーのやつが、性懲りもなく河部さんを拘束しようとしおったので、阻止してやったぞ。彼奴め、まだあきらめておらんようだが、まあ、任せよ」
ブルームはサムアップするとまた踵を返し、カツカツを靴音をさせながら研究室を出て言った。
**************************************
※すみれちゃんの登場の仕方はあり得んとは思いましたが、ちょっとエンタメに走ってしまいました。
なお、彼女の髪の謎(金髪ショート→赤毛のポニテ)については四話で触れます。
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