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吾妻屋(あずまや)くんのとファーストコンタクト

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「全然クリアできないよぉ……」
 莉愛リアはゲーム機のコントローラーをポイと床に投げ、床に大の字で寝そべった。
 放課後、部活に所属していない莉愛は帰宅後あり余った時間をほぼゲームにあてている。
 ゲームをする女子が、彼女の周りにはいない。高校生の女子同士で話題になることと言えば、恋バナやファッション、バイト先の愚痴などどれも莉愛には関わりのない話であった。
 莉愛はゲームが好きだった。プレイするジャンルはその時の気分によって変わるが、最近はステルスゲームがアツい。
 敵に見つからない様身を隠し、遠距離から射撃して敵を仕留めたり背後から忍び寄ってターゲットを排除するスリルがたまらない。
 ――だが。莉愛はゲームがあまりうまくない。
 ミッションの難易度が高く、何度リトライしても先に進めなくなったゲームが何個あることか……。
 ゲームオーバー、と血が滲んだようなおどろおどろしいフォントが表示されるテレビ画面をうんざりした目で見つめ、テレビの電源を切った。
 翌日。寝る前までゲームをしていた莉愛は寝不足のぼんやりした頭のまま学校へ向かった。莉愛の席は教室の窓際の最前列である。うっかり寝ようものなら即教師の叱責が飛んでくる場所だ。
 眠い眼をこすり、全く頭に入らない数学の授業の間睡魔に耐えていると隣の席の男子に声をかけられた。
「ねぇ、次オレ当てられそうな気がするんだけど、問い2の応えってわかる?」
 小声だが、艶やかな声。クラスの美男子、吾妻屋総一郎だ。
 急にイケメンに話しかけられ、莉愛は動揺した。吾妻屋は厳かな苗字の可愛い系のイケメンで、クラスの女子に一定数のファンを持つ。ミルクティーカラーの柔らかそうな髪に、重めのショートヘアの中性的な美男子だ。かわいい外見だがどこかミステリアスで、クラスで浮いているわけではないが、誰かと特段親しくしていたりしている様子はなく、掴みどころのない印象だった。
 莉愛も吾妻屋と挨拶くらいはするが普段話すことはない。突然聞かれた問い2の答えを「自信ないけど……」と伝えると吾妻屋は僅かにほほ笑んで「ありがとう」と言った。
(吾妻屋くんが、私に向かって微笑んでくれた……)
 これ乙女ゲームだったらフラグ立ってるよね、と心の中で気持ちの高ぶりを噛みしめる。
「吾妻屋ぁ、全然違うぞ! ちゃんと授業聞いてたのか?」
 しかし、数学教師の一言によって現実へ引き戻される。莉愛が眠い頭で導き出した数学のプリントの答えは、ハズレていたらしい。
 吾妻屋くんごめんね、と申し訳なさいっぱいの瞳で授業終わりに謝ると、「君が謝ることないし。オレが解けなかったのが悪いんだから」と労ってくれた。
「そういえば君、随分眠そうだったけど……。よく起きてたね」
 えらいね、頭ガクってなってたからそのまま寝ちゃうんじゃないかと思ったけど、と吾妻屋に褒められ、莉愛は恥ずかしさで赤面した。
「き、気づいてたんだ……!」
「隣だもの、見えちゃうよ。夜更かししてたの?」
「え、えっと、ゲームがクリアできなくて――」
 うっかり正直に話してしまったが、こんな美男子相手にゲームして夜更かししてました、と知られるのは何だか恥ずかしい。
 寝不足の莉愛の目の下にはうっすらクマができている。そんな姿も吾妻屋に見られてしまったと思うと机に突っ伏して顔を隠してしまいたい衝動にかられた。
「ゲーム……?」
 おまけに総一郎はぽかんとした顔で聞き返してきた。
 吾妻屋は、ゲームなんてしなさそうだ。人形のように整った顔の持ち主が、コントローラーを握りしめてゲームに夢中になる姿など想像できない。
 和菓子屋の一人息子だって聞いているし、ゲーム機に触れたことさえないんじゃないか、と勝手に莉愛の中でイメージが展開されている。
 だが。次の予想に反した彼の言葉によって、グッと親近感がわいた。
「オレもゲームするよ」
 教室では物静かな彼が目を爛々と光らせ言った。
「莉愛さんは、どんなゲームするの?」
「わ、私? ステルスゲームが好きなんだけど、わかるかな……」
 もし総一郎がマリオカートなどライトなゲームにだけ手を出しているのだとしたら伝わらないだろうな、と恐る恐る伝えたのだが、彼はさらに目を輝かせ「オレも好き!」と言った。
「オレ、UBIソフトのステルスゲーが好きなんだ。そう言って伝わる人、ほとんどいないんだけど」
「UBIソフト……? ファークライシリーズとか出してる会社?」
「そう! すげえ、知ってる人いたんだ」
 莉愛は洋ゲーを主にプレイしているので名前を知っていた。
 そしてまさに、彼女がクリアできず積みかけているゲームがその『ファークライ』三作目なのである。
 今まで話したことが無かったのが勿体ないと思うくらい、ゲームの話で二人は盛り上がった。
「君がクリアできないって悩んでるのもファークライシリーズなの?」
「うん、三作目。敵が複数待ち構えてるとこがどうしても突破できなくて」
 総一郎は片手を口元にあて、考え込むそぶりを見せてから「オレ、手伝えるかも」と言った。
「手伝うって、どういうこと……?」
「君のクリアできないってゲーム、オレが先に進めてあげる」
「え、それって、代わりにクリアしてくれるってことっ?」
「そう言う事だね。でもまずは、何度か君が実際にプレイするのを見させてもらう。アドバイスだけでクリアが難しいようなら最後の手段でオレが代行プレイするよ」
 代行プレイ。聞き慣れない言葉に莉愛は首を傾げた。
 莉愛が疑問に感じてると、総一郎はブレザーのポケットから名刺を取りだして莉愛に渡した。淡い水色の紙に丸っこい文字で『ゲーム代行クリア部 部長 吾妻屋 総一郎』と書かれている。
「これは、一体何⁉」
「何って、部活の名刺だよ。略して代クリ部。……知らない?」
 じーっと総一郎に見つめられ、「全然知らないです」と言いづらい。
 今初めて聞いた謎の部活の存在と、その知名度の低い部の部長を務めているという総一郎。初めて知ることばかりである。
「まあ、知名度が低くて当たり前か。部員二人しかいないし、そいつ幽霊部員だから実質オレ一人で活動してるし」
「それは、部活っていうの……?」
 学校に部活届出してるから言うんだよ、と総一郎。
「クリアできないゲームがあったらオレのとこに来な、って台詞一度言ってみたいんだよなー。でも依頼全然こなくて、こっちから売り込まないとダメだって気づいたんだ」
 総一郎は幅の広い二重を瞬かせ、こともなげに呟いた。
「君が一番最初の依頼人になってくれると助かるんだけどなぁ」
「えっ、私? でも、コンシューマーじゃなくてテレビゲームだよ? もち運びできないし、どうやって……。」
「ふふん。オレがデリバリーされちゃうんだな」
 つまり。総一郎が莉愛の家まで直接行き、その場でゲームをクリアするためにアドバイス――もとい『代行プレイ』もしてくれるというのだ。
 斬新すぎる部活動の内容を聞き、今度は莉愛がぽかんとする番だった。
「で、どう? オレをデリバリーする気になった?」
 にっこり笑い、彼は首を傾げる可愛らしい仕草をする。
 その言い方だと何だかいかがわしく聞こえる。咳払いした後、「言い方を別にしてくれるなら」とゲームクリア部への依頼を認めたのだった。

 そして放課後。約束通りに進めば総一郎が莉愛の家に来ることになっている。 
総一郎の知らざる一面を垣間見て、まだ心臓がドキドキしている。
(吾妻屋くんにあんな一面があったなんて、意外だ)
 総一郎は教室では大人しい方で、クラスで馬鹿騒ぎをする男子の輪には入らず自席で一人静かに本を読んでいるタイプだと思っていた。
 誰ともつるまず、相手から話しかけられればそれなりに話すが深入りはしない、ミステリアスな男子だと思っていた。
 女子からは『カワイイ』『綺麗』と評されるタイプの、目鼻立ちの整った小柄な男子。
 莉愛と並んでもそう大差ないことから、身長はおそらく一六五センチほど。高校三年の現在でこの身長と言う事はおそらく今後も一生小柄なままに違いないが、総一郎はアイドルのように小顔だし、卵型の形のいい輪郭に蜂蜜色のぱっちりした瞳が印象的な美形なのだ。
 彼の実年齢より幼く見えるあどけない顔立ちは女子から羨望の眼差しを受けている。
 そんな美しい同級生が家に来るとあって、放課後莉愛の家へ二人で向かう途中も変な汗が出た。
「莉愛サン緊張してる? 大丈夫だよ、やさしく教えるから」
 言葉のわりに、総一郎は人の悪そうな笑みを浮かべ、にししと笑った。
 莉愛も総一郎も制服姿のまま、はたから見れば放課後自宅デートといったように見える。
 莉愛の家は共働きのため、よほど夜遅くならなければ親と鉢合わせることは無い、
 クラスの男子を家に呼ぶなんて、彼女の中では一大イベントなのだ。
 (落ち着け、これは、お家デートじゃない。あくまで依頼、ゲームをクリアするために吾妻屋くんはここにいるんだから)
 莉愛の部屋に総一郎を入れ、後ろ手でドアを閉めた。
 急いで片付けたのでお菓子のゴミが散らかっていることもない。……うん、キレイなハズ。
 兎柄のクッションをカーペットの敷いた床に置き、その上に座ってもらう。
 だが、彼は信じられない台詞を発した。
「オレ、ゲームする時はベットに座りながらじゃないと本領発揮できないんだ」
「ベッ、ベット? えぇ……」
「変な意味じゃないよ。いつものスタイルってあるだろ? 人の家でわがまま言うのも悪いんだけど、こればっかりはどうにもならないんだ」
 総一郎は毅然とした態度で告げた。女の子の部屋に呼ばれてソワソワするような様子は微塵もなく、まるでこれが仕事だと言った様子でてきぱきとしていた。
「じゃあ、ベット、使っていいよ」と言わざるおえなくなり、違和感を感じるままそう伝えると「やっぱり遠慮するよ」と総一郎は頭をかきながら言った。
「あんまり非常識だよね、ごめん。今までオレに依頼が無かったのは、非常識だったせいなのかも」
 と落ち込み始めた。返す言葉に詰まり莉愛が返答に困ると、「いいんだ、何も言わなくて」と一通り落ち込んでから、気持ちを入れ替える様にシャンと背筋を伸ばした。
「さっそくゲームスタートといこうか」
「う、うん。ゲームの電源入れるね」
 莉愛はゲーム機の電源を入れ、先に進めず苦戦しているステルスゲームのデータを読みこんだ。


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