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氷樹の森の大賢者
9.敗者は勝者の糧となり
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不意打ちを受けた最初の時とは違い、来ることがわかっている突撃を回避するのは今の私の能力でさして難しい話ではない。
しかしその突撃は相応以上の速度と質量の産物なわけで、とっさの方向転換や障害物を回避することは難しいだろう。
突撃に合わせて上に飛び枝に捕まる。
私が避ければその進行上にあるもの──大木にそのまま激突するのは自明の理というやつだ。
大木に激突するスプリントボア、その音は森に響き渡り衝撃が周囲の木々までざわめかせる。
直撃を受けた大木は幹に大きな亀裂を作り悲鳴を上げながら倒れてゆく。
そしてその前でスプリントボアも衝撃に怯んだのか足を止めていた。
私にとって千載一遇の好機。
まだ試していないスキルをとっさに使用する。
弱点看破、対象を弱点看破状態にし特定スキルの効果が発生するようにするスキルは問題なく発動したようで、スプリントボアの首に対してターゲットサイトのような表示が現れた。
そのまま慣性にしたがって落下しスプリントボアの背に着地するとそこめがけてスキルを発動させ全力で剣を振るう。
"瞬突"、弱点看破状態の敵に対して確定クリティカル攻撃を行う、そのスキルによる一閃は武器の攻撃力も相まってかスプリントボアの首をいともたやすく切り落とした。
力を失いよろめくスプリントボアの上から飛び降り、動かなくなったことを確認してようやく危機を脱したことがわかり、大きな息が漏れたのだった。
霧散していくスプリントボアのマナを見送りながら聖剣ホーリエルのリジェネレート効果で回復中。
完全に不意を突かれたせいかヒットポイントは三割ほど持って行かれていた。
やっぱ油断したら死ぬね、コボルトのことで少し調子に乗っていたかもしれない、気を引き締めておかないと。
マナの霧散が終わる前に血液を小瓶へと回収する。
結構な量があったのだがするりと吸い込まれていくのはなかなかに不思議な光景。
いや、この程度じゃもう驚かないけどね。
血液以外で残った部位は牙が二本、太い骨が七本、細い骨が二十数本、肉と毛皮が大量。
肉かー……猪だよねぇ、やっぱぼたん鍋かなー。
そんなことを考えながらインベントリにしまっていく、やがてマナの霧散が終わりを告げた。
──条件を達成しました、剣術系スキルをランク4まで開放します。並びに一部システムの制限を解除しました。
「ふぉう!?」
突然のアナウンスに身を固くする。
この突然のアナウンスやめてくれないかな、無理だろうけど。
確認のためにとスキル一覧を開いてみれば、確かにランク4までの剣術系スキルがアクティブになっていた。
剣術系スキルばかり開放されており小さく溜息をつく。
開放されたスキルの殆どはただの上位互換スキル。
スキルの開放が可能であるということが照明されたことが一番の収穫といったところだろうか。
「唯一意味がありそうなのは"剣戟反射"ぐらいか……それにしても制限がなぁ」
武器攻撃限定でスキルレベル回無効化、ゲーム内では意外と小回りがきかなくて一部のモンスターの攻撃しか無効化できないという片手落ちスキル。
この世界ではどの程度まで有効なのか……。
試しに軽くスキルを発動させて剣を振るってみるが流石にそれではわからなかった。
傷が完全に治癒したところで剣を鞘に収める。
このままインベントリに収めるかも少々悩んだのだが、今回のように不意の攻撃を受けた際に自動回復がないというのはちょっと怖い。
なのでスペル・キャストと一緒に左腰に下げておくことにする。
バランスが少々悪い気がするけどもまぁいいだろう。
身なりを整え体中についた土埃を払う、以外というか流石というかローブにこれといった損傷はない。
考えてみれば今着ているローブは職業デザインの元となった服なのだが、これシステム的な防御力あるのだろうか?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
銘:読解者の公式服
ベース:布の服
祝福:なし
防御力:0(0)+0
耐久力:破壊不能
属性:-
固有特性:-
永続付与:-
所有者:スノウ
読解者の正装。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
確認してみたら酷かった、防御力0って裸とかわらないじゃん。
破壊不能ってついているのが唯一の救いか。
着替えようかとも思ったが野外で脱ぐのもためらわれ、裝備ウィンドウは機能しなくなっていたために帰るまではこのままにしておくことにした。
防御力の高い裝備なんてそもそもあんまり持っていた記憶ないんだけどね、避けるか死ぬかな世界で生きてたから。
そちらは後で考えるとして、今私が気になっているのはスプリントボアという存在だ。
少なくとも私は見たことがないわけで、ゲーム的な妙な進化をしたようなタイプにも見えなかった。
純粋に種族として進化したような印象。
もちろんゲーム時代にそういう魔物がいなかったといえば嘘になるが、なんというかガラパゴス的な進化をした個体のように思われた。
なんとなくだが、ああいった存在こそがこの世界の本来の種族なのではないだろうか。
「気にしても仕方がない、か」
へし折れた大木もインベントリに回収し、気を取り直して周辺の見回りを続けることにした。
『……様……嬢様!』
「……ん?」
何か聞こえた気がして周りを見回してみるけれど、喋る何かがいるようには思えない。
はて……何か忘れてるような?
『お嬢様!』
「おじょうさま?」
『お嬢様! クロウのことをお忘れですか!?』
「クロウ……?」
そうか、何か足りないと思っていたら契約獣を召喚していなかったんだ。
なんで今まで忘れていたんだろう、しかし喋れるものだっただろうか、まあいいか。
「えっと、たしか……天穿つ大樹より生まれし者、天空の枝に実る者、御身契約を糧として永久に仕え、悠久の時を歩むべし……誇り高き氷獄の魔狼、クロウよ馳せ参じよ!」
ゲーム時代の契約獣を呼び出す時の詠唱はこんなだったはずだ。
私が詠唱を完了させると同時に私の周囲が淡い光りに包まれ、私の中から光の玉が飛び出してきた。
それは膨らみながら形を変え、一匹の巨大な狼の姿となる。
深い藍色に白のメッシュの入った毛並みの美しい狼。
契約獣──所謂ペットシステム──の一匹、フェンリルは私の前に顕現してすぐに伏せのポーズを取った。
全長で3mぐらいあるからすごい光景だけど。
ちなみに今使ったのは別に魔法系のスキルではない、当時のゲームシステムだ。
『お嬢様、ようやく呼び出していただけました。再びお会いできたことを嬉しく思います』
「ああ、うん……元気そうで何より」
むしろ流暢に喋ることのほうが驚きだけどね、喋ってるってよりは頭に声が響いてくる感じだけど。
『エリアル、御鏡、永祈共々心配しておりました。こうして再び馳せ参じられた今、常にお側に仕えることをお許し下さい』
「……ごめん、状況がわからない」
『なんですと?』
私の返答に対してクロウは驚いたような、困惑したような声をあげたのだった。
結論からいうとクロウも詳しい状況を把握しているわけではなかった。
ただ、こんなことになる前の私の最後の言葉は聞いていたらしい。
『お嬢様は最後に、「デバッグをする」と仰っていました』
「デバッグぅ?」
プログラム用語でバグを直すことを意味する言葉だけども、今聞いてみてもさっぱり意味がわからない。
ただ、クロウの言葉を信用するのならやっぱり私は何かしら目的があったんだろうね。
「わからんなぁ……と言うか、そっちよりもまずはキミの図体のほうが問題だなあ」
『私のですか?』
「うん、流石にクロウを連れて村にもどったら大騒ぎになりそうだしなぁ」
『むむ、そうですか……できれば側仕えしていたいのですが、では憑依ではいかがでしょう?』
「あー、憑依か。確かにそれなら問題なさそうだね、んじゃ当面それで……っと、そろそろ村が見えるから憑依しちゃって」
『かしこまりました』
クロウの姿が光の粒子になって私に吸い込まれていく。
契約獣には二種類の形態があり、一つが先程までの"側仕え"で一緒に戦ってくれる状態、そしてもう一つが今の"憑依"、こちらの場合一緒に戦ってくれる頭数にはならない代わりに、ステータスに一時的なボーナスが加算される。
どちらも一長一短あるのだが、この世界では憑依のほうがたぶんいろいろと面倒が少ないだろうね。
夜にでも皆呼び出して一度お話したほうがいいだろうなぁ、なんてことを考えながら私は村へと脚を進めたのだった。
夕飯の支度が近かった頃に持ち帰ったスプリントボアの肉を提供すると村はちょっとした騒ぎになった。
村ではあまり手に入る肉ではなかったらしく、ちょっとしたご馳走なのだそうだ。
あれよあれよと手伝わされて一緒に夕飯を作ることなり、それから日が沈むまでにそう時間はかからなかった。
夕飯は割りと定番というところでシチューと串焼き、赤みは癖がなくあっさりとして食べやすく、脂身は程よい噛みごたえと良い甘み、これはいい肉だ。
見える範囲では誰もが2杯3杯とおかわりをしていて盛況の様子……なのだが。
いつのまにやら私の周りにはノフィカとゼフィア、村長にカレンさんとその旦那さん、そして村長と話している身なりの良い、私の勝手なイメージで言うならば魔女やそれに類する雰囲気を持った五十中頃の女性がそろっており、それが何故か他の村人たちの視線を集めている様子だった。
無理も無いか、巫女に村長に守護剣士と勢揃いしているのだから。
居心地の悪さから気を逸らしたくなり、何か話題を探そうとしてノフィカに聞こうと思って忘れていたことを思い出した。
ノフィカも今は食べる以外のことをしていないため話しかけるには調度良いタイミングかもしれない。
「ねえノフィカ、あの時に魔法? 魔術っていうのかな、そんなもの使ってたわよね?」
「刻印魔術のことですか? ある程度学べば1つ2つぐらいは使えるようなそれほど珍しいものではない代物ですが」
ノフィカの一言に隣りにいたゼフィアの食事の手が一瞬止まった。
ゼフィア、【刻印魔術】のスキル持ってなかったしなぁ……まだ未習得なんだろうなぁ、私もなかったからまだ使えないんだろうけども。
「それって、私も使えるのかな?」
「……へ? リーシア様って魔術は使えないんですか?」
「いやぁ、私の時代の術系統とは少し違うみたいで興味があってね」
「なるほど、それでしたらユナさんにお話を聞いてみてはいかがでしょう。私はあいにくと教えられるほど学があるというわけではありませんから」
そう言ってノフィカが視線を動かす、釣られて動かしてみると村長の隣で大盛りのシチューを食べている、先ほど見た魔女のような雰囲気をした人物へと視線がフォーカスされた。
なんていうか、見た目の歳に反して健啖家な様子だが、どうやら彼女がユナさんと呼ばれる人らしい、そんな彼女はノフィカが名前を出したことに気づいたのかちらりとこちらに一瞥くれただけでまたシチューへと視線を戻した。
気難しそうな人に見えるけど……。
とりあえず食べ終えた頃合いを見計らって声をかけてみた。
「失礼します、ユナさんでよろしいですか?」
「ああ、確かにあたしがユナ・シュヴァリエだ……お嬢ちゃんがノフィカが言ってたリーシアって子だね」
「ご存知でしたか」
「名前ぐらいはね、今日のシチューの肉を取ってきたのもお前さんなんだってね、ご馳走様だよ」
「いろいろお世話になっていますし、この賑わいを見たら痛い目にあった甲斐があるってものです」
「痛い目にあった、ねぇ……そんな風には見えないが。で、あたしに何か用があるんだろう、どんな要件だね?」
私の言葉にユナさんは少々訝しげな表情をしたがすぐにその表情を消して話題を移した。
少々気になったものの追求する間も無かったのでその場は流し、私の本題へと話を進めることにする。
「刻印魔術を教えていただきたんです」
「はぁ? ……刻印魔術をねぇ、一つ確認したいんだがお前さんは魔術を使えないのかい?」
ユナさんの言葉に返答を少し考える。
普通に考えれば"刻印魔術"を使えないかと聞かれているのだろうが、あえて"魔術"と聞き直しているところが少し気にかかる。
どちらにしろ今の私の回答はノーなのだが、こうした村で魔術を教えられるような人となれば村の重要な決定に関わっていないということは考えられない、となると私のことも村長からすべて伝えられていると考えていいだろう。
となると別の系統の魔法だとか、それについて確認したかったと考えるのが妥当か。
「今は、使えません」
「……そうかい。いいさ、村長に頼まれたこともあるからね、大して教えられることがあるとも思わないが、夕餉が落ち着いたら私の家においで、案内はゼフィアにさせるといい」
そう言ってユナさんは腰を上げる。
「あ、あの……授業料は?」
「ん? ふむ、そうだねぇ……どうせこの村じゃ対してやることがあるでもない、いい暇つぶしになるし今日のシチュー代ってことにしとこうか。ああ、それと……そいつを村人の前に出さないのは賢い判断さね」
そう言ってユナさんはまだ団欒している村人たちを横目に帰っていった。
(これは……クロウのことに気づいてたかな?)
『そのようですね、憑依状態の私に気付かれるとは思いませんでしたが』
(……憑依状態ってもしかして考え筒抜けなの?)
私の頭のなかでの考えにクロウが即座に反応してきたんだけどもまさかねぇ?
だとしたら憑依解除というか召喚解除するけど。
『いえ、ある程度明確に思考していただかないとこちらにはわかりません、漠然とした意思や感情は伝わってきますが』
(ふむー、その程度ならいいか)
話が終わり席に戻る。
せっかくなのでシチューのおかわりをいただき、ゼフィアが食べ終わるまで待つことにした。
しかしその突撃は相応以上の速度と質量の産物なわけで、とっさの方向転換や障害物を回避することは難しいだろう。
突撃に合わせて上に飛び枝に捕まる。
私が避ければその進行上にあるもの──大木にそのまま激突するのは自明の理というやつだ。
大木に激突するスプリントボア、その音は森に響き渡り衝撃が周囲の木々までざわめかせる。
直撃を受けた大木は幹に大きな亀裂を作り悲鳴を上げながら倒れてゆく。
そしてその前でスプリントボアも衝撃に怯んだのか足を止めていた。
私にとって千載一遇の好機。
まだ試していないスキルをとっさに使用する。
弱点看破、対象を弱点看破状態にし特定スキルの効果が発生するようにするスキルは問題なく発動したようで、スプリントボアの首に対してターゲットサイトのような表示が現れた。
そのまま慣性にしたがって落下しスプリントボアの背に着地するとそこめがけてスキルを発動させ全力で剣を振るう。
"瞬突"、弱点看破状態の敵に対して確定クリティカル攻撃を行う、そのスキルによる一閃は武器の攻撃力も相まってかスプリントボアの首をいともたやすく切り落とした。
力を失いよろめくスプリントボアの上から飛び降り、動かなくなったことを確認してようやく危機を脱したことがわかり、大きな息が漏れたのだった。
霧散していくスプリントボアのマナを見送りながら聖剣ホーリエルのリジェネレート効果で回復中。
完全に不意を突かれたせいかヒットポイントは三割ほど持って行かれていた。
やっぱ油断したら死ぬね、コボルトのことで少し調子に乗っていたかもしれない、気を引き締めておかないと。
マナの霧散が終わる前に血液を小瓶へと回収する。
結構な量があったのだがするりと吸い込まれていくのはなかなかに不思議な光景。
いや、この程度じゃもう驚かないけどね。
血液以外で残った部位は牙が二本、太い骨が七本、細い骨が二十数本、肉と毛皮が大量。
肉かー……猪だよねぇ、やっぱぼたん鍋かなー。
そんなことを考えながらインベントリにしまっていく、やがてマナの霧散が終わりを告げた。
──条件を達成しました、剣術系スキルをランク4まで開放します。並びに一部システムの制限を解除しました。
「ふぉう!?」
突然のアナウンスに身を固くする。
この突然のアナウンスやめてくれないかな、無理だろうけど。
確認のためにとスキル一覧を開いてみれば、確かにランク4までの剣術系スキルがアクティブになっていた。
剣術系スキルばかり開放されており小さく溜息をつく。
開放されたスキルの殆どはただの上位互換スキル。
スキルの開放が可能であるということが照明されたことが一番の収穫といったところだろうか。
「唯一意味がありそうなのは"剣戟反射"ぐらいか……それにしても制限がなぁ」
武器攻撃限定でスキルレベル回無効化、ゲーム内では意外と小回りがきかなくて一部のモンスターの攻撃しか無効化できないという片手落ちスキル。
この世界ではどの程度まで有効なのか……。
試しに軽くスキルを発動させて剣を振るってみるが流石にそれではわからなかった。
傷が完全に治癒したところで剣を鞘に収める。
このままインベントリに収めるかも少々悩んだのだが、今回のように不意の攻撃を受けた際に自動回復がないというのはちょっと怖い。
なのでスペル・キャストと一緒に左腰に下げておくことにする。
バランスが少々悪い気がするけどもまぁいいだろう。
身なりを整え体中についた土埃を払う、以外というか流石というかローブにこれといった損傷はない。
考えてみれば今着ているローブは職業デザインの元となった服なのだが、これシステム的な防御力あるのだろうか?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
銘:読解者の公式服
ベース:布の服
祝福:なし
防御力:0(0)+0
耐久力:破壊不能
属性:-
固有特性:-
永続付与:-
所有者:スノウ
読解者の正装。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
確認してみたら酷かった、防御力0って裸とかわらないじゃん。
破壊不能ってついているのが唯一の救いか。
着替えようかとも思ったが野外で脱ぐのもためらわれ、裝備ウィンドウは機能しなくなっていたために帰るまではこのままにしておくことにした。
防御力の高い裝備なんてそもそもあんまり持っていた記憶ないんだけどね、避けるか死ぬかな世界で生きてたから。
そちらは後で考えるとして、今私が気になっているのはスプリントボアという存在だ。
少なくとも私は見たことがないわけで、ゲーム的な妙な進化をしたようなタイプにも見えなかった。
純粋に種族として進化したような印象。
もちろんゲーム時代にそういう魔物がいなかったといえば嘘になるが、なんというかガラパゴス的な進化をした個体のように思われた。
なんとなくだが、ああいった存在こそがこの世界の本来の種族なのではないだろうか。
「気にしても仕方がない、か」
へし折れた大木もインベントリに回収し、気を取り直して周辺の見回りを続けることにした。
『……様……嬢様!』
「……ん?」
何か聞こえた気がして周りを見回してみるけれど、喋る何かがいるようには思えない。
はて……何か忘れてるような?
『お嬢様!』
「おじょうさま?」
『お嬢様! クロウのことをお忘れですか!?』
「クロウ……?」
そうか、何か足りないと思っていたら契約獣を召喚していなかったんだ。
なんで今まで忘れていたんだろう、しかし喋れるものだっただろうか、まあいいか。
「えっと、たしか……天穿つ大樹より生まれし者、天空の枝に実る者、御身契約を糧として永久に仕え、悠久の時を歩むべし……誇り高き氷獄の魔狼、クロウよ馳せ参じよ!」
ゲーム時代の契約獣を呼び出す時の詠唱はこんなだったはずだ。
私が詠唱を完了させると同時に私の周囲が淡い光りに包まれ、私の中から光の玉が飛び出してきた。
それは膨らみながら形を変え、一匹の巨大な狼の姿となる。
深い藍色に白のメッシュの入った毛並みの美しい狼。
契約獣──所謂ペットシステム──の一匹、フェンリルは私の前に顕現してすぐに伏せのポーズを取った。
全長で3mぐらいあるからすごい光景だけど。
ちなみに今使ったのは別に魔法系のスキルではない、当時のゲームシステムだ。
『お嬢様、ようやく呼び出していただけました。再びお会いできたことを嬉しく思います』
「ああ、うん……元気そうで何より」
むしろ流暢に喋ることのほうが驚きだけどね、喋ってるってよりは頭に声が響いてくる感じだけど。
『エリアル、御鏡、永祈共々心配しておりました。こうして再び馳せ参じられた今、常にお側に仕えることをお許し下さい』
「……ごめん、状況がわからない」
『なんですと?』
私の返答に対してクロウは驚いたような、困惑したような声をあげたのだった。
結論からいうとクロウも詳しい状況を把握しているわけではなかった。
ただ、こんなことになる前の私の最後の言葉は聞いていたらしい。
『お嬢様は最後に、「デバッグをする」と仰っていました』
「デバッグぅ?」
プログラム用語でバグを直すことを意味する言葉だけども、今聞いてみてもさっぱり意味がわからない。
ただ、クロウの言葉を信用するのならやっぱり私は何かしら目的があったんだろうね。
「わからんなぁ……と言うか、そっちよりもまずはキミの図体のほうが問題だなあ」
『私のですか?』
「うん、流石にクロウを連れて村にもどったら大騒ぎになりそうだしなぁ」
『むむ、そうですか……できれば側仕えしていたいのですが、では憑依ではいかがでしょう?』
「あー、憑依か。確かにそれなら問題なさそうだね、んじゃ当面それで……っと、そろそろ村が見えるから憑依しちゃって」
『かしこまりました』
クロウの姿が光の粒子になって私に吸い込まれていく。
契約獣には二種類の形態があり、一つが先程までの"側仕え"で一緒に戦ってくれる状態、そしてもう一つが今の"憑依"、こちらの場合一緒に戦ってくれる頭数にはならない代わりに、ステータスに一時的なボーナスが加算される。
どちらも一長一短あるのだが、この世界では憑依のほうがたぶんいろいろと面倒が少ないだろうね。
夜にでも皆呼び出して一度お話したほうがいいだろうなぁ、なんてことを考えながら私は村へと脚を進めたのだった。
夕飯の支度が近かった頃に持ち帰ったスプリントボアの肉を提供すると村はちょっとした騒ぎになった。
村ではあまり手に入る肉ではなかったらしく、ちょっとしたご馳走なのだそうだ。
あれよあれよと手伝わされて一緒に夕飯を作ることなり、それから日が沈むまでにそう時間はかからなかった。
夕飯は割りと定番というところでシチューと串焼き、赤みは癖がなくあっさりとして食べやすく、脂身は程よい噛みごたえと良い甘み、これはいい肉だ。
見える範囲では誰もが2杯3杯とおかわりをしていて盛況の様子……なのだが。
いつのまにやら私の周りにはノフィカとゼフィア、村長にカレンさんとその旦那さん、そして村長と話している身なりの良い、私の勝手なイメージで言うならば魔女やそれに類する雰囲気を持った五十中頃の女性がそろっており、それが何故か他の村人たちの視線を集めている様子だった。
無理も無いか、巫女に村長に守護剣士と勢揃いしているのだから。
居心地の悪さから気を逸らしたくなり、何か話題を探そうとしてノフィカに聞こうと思って忘れていたことを思い出した。
ノフィカも今は食べる以外のことをしていないため話しかけるには調度良いタイミングかもしれない。
「ねえノフィカ、あの時に魔法? 魔術っていうのかな、そんなもの使ってたわよね?」
「刻印魔術のことですか? ある程度学べば1つ2つぐらいは使えるようなそれほど珍しいものではない代物ですが」
ノフィカの一言に隣りにいたゼフィアの食事の手が一瞬止まった。
ゼフィア、【刻印魔術】のスキル持ってなかったしなぁ……まだ未習得なんだろうなぁ、私もなかったからまだ使えないんだろうけども。
「それって、私も使えるのかな?」
「……へ? リーシア様って魔術は使えないんですか?」
「いやぁ、私の時代の術系統とは少し違うみたいで興味があってね」
「なるほど、それでしたらユナさんにお話を聞いてみてはいかがでしょう。私はあいにくと教えられるほど学があるというわけではありませんから」
そう言ってノフィカが視線を動かす、釣られて動かしてみると村長の隣で大盛りのシチューを食べている、先ほど見た魔女のような雰囲気をした人物へと視線がフォーカスされた。
なんていうか、見た目の歳に反して健啖家な様子だが、どうやら彼女がユナさんと呼ばれる人らしい、そんな彼女はノフィカが名前を出したことに気づいたのかちらりとこちらに一瞥くれただけでまたシチューへと視線を戻した。
気難しそうな人に見えるけど……。
とりあえず食べ終えた頃合いを見計らって声をかけてみた。
「失礼します、ユナさんでよろしいですか?」
「ああ、確かにあたしがユナ・シュヴァリエだ……お嬢ちゃんがノフィカが言ってたリーシアって子だね」
「ご存知でしたか」
「名前ぐらいはね、今日のシチューの肉を取ってきたのもお前さんなんだってね、ご馳走様だよ」
「いろいろお世話になっていますし、この賑わいを見たら痛い目にあった甲斐があるってものです」
「痛い目にあった、ねぇ……そんな風には見えないが。で、あたしに何か用があるんだろう、どんな要件だね?」
私の言葉にユナさんは少々訝しげな表情をしたがすぐにその表情を消して話題を移した。
少々気になったものの追求する間も無かったのでその場は流し、私の本題へと話を進めることにする。
「刻印魔術を教えていただきたんです」
「はぁ? ……刻印魔術をねぇ、一つ確認したいんだがお前さんは魔術を使えないのかい?」
ユナさんの言葉に返答を少し考える。
普通に考えれば"刻印魔術"を使えないかと聞かれているのだろうが、あえて"魔術"と聞き直しているところが少し気にかかる。
どちらにしろ今の私の回答はノーなのだが、こうした村で魔術を教えられるような人となれば村の重要な決定に関わっていないということは考えられない、となると私のことも村長からすべて伝えられていると考えていいだろう。
となると別の系統の魔法だとか、それについて確認したかったと考えるのが妥当か。
「今は、使えません」
「……そうかい。いいさ、村長に頼まれたこともあるからね、大して教えられることがあるとも思わないが、夕餉が落ち着いたら私の家においで、案内はゼフィアにさせるといい」
そう言ってユナさんは腰を上げる。
「あ、あの……授業料は?」
「ん? ふむ、そうだねぇ……どうせこの村じゃ対してやることがあるでもない、いい暇つぶしになるし今日のシチュー代ってことにしとこうか。ああ、それと……そいつを村人の前に出さないのは賢い判断さね」
そう言ってユナさんはまだ団欒している村人たちを横目に帰っていった。
(これは……クロウのことに気づいてたかな?)
『そのようですね、憑依状態の私に気付かれるとは思いませんでしたが』
(……憑依状態ってもしかして考え筒抜けなの?)
私の頭のなかでの考えにクロウが即座に反応してきたんだけどもまさかねぇ?
だとしたら憑依解除というか召喚解除するけど。
『いえ、ある程度明確に思考していただかないとこちらにはわかりません、漠然とした意思や感情は伝わってきますが』
(ふむー、その程度ならいいか)
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せっかくなのでシチューのおかわりをいただき、ゼフィアが食べ終わるまで待つことにした。
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5000年前、魔法文明マギア魔導王国を築き、
魔法体系そのものを創造した王アーケ・マギアス・マギアは、
さらなる魔法の発展を求め、自らの魂を未来へ送る転生魔法を発動した。成熟した古代魔法を超える研究が進んだ世界を見たいという純粋な探求心から、5000年後の世界へと意識を沈めた。
目覚めた先は、スケルド男爵家三男レイフとしての赤子の身体だった。産まれた瞬間から記憶を持つ彼は、質素な家と薄い魔力の流れを前に、未来の魔法研究が古代よりも大きく退化していることに気づく。最底辺と呼ばれる家に生まれながらも、家族は温かく、彼の異常な魔力量を希望として受け入れた。
幼少期から魔力操作を自然に行い、三歳で石を浮かせ、五歳で光魔法を自在に扱うなど、古代王としての力を隠しながら成長する。外では古代魔法を使わず、転生者であることを悟られないよう慎重に振る舞いながら、未来の魔法体系を観察し続けた。
十歳になると身体強化などの古代魔法を最低限だけ使い、父との剣術訓練でも圧倒的な動きを見せるが、本来の力は隠したまま過ごす。そして十六歳、高等魔導学園に入学したレイフは、初日の実技試験で無詠唱魔法や術式無効化を用いて試験官を圧倒し、最底辺男爵家ながらA級判定を受ける。
その姿を見たストラング公爵家の令嬢エリナは、彼に強い興味を抱く。5000年後の世界は古代より魔法が退化していたが、だからこそ発展の余地がある。レイフは古代王としての知識をもとに、もう一度魔法の未来を切り開くことを決意する。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
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信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
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様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
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