ハナサクカフェ

あまくに みか

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永瀬翔太の場合

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 うーん、と唸ったのはさくらちゃんのお母さんだった。
 「なんだか、子どものせいで、あたしたちが犠牲になっている……と聞こえなくもないですね」
 「すみません。そんな意味で言ったつもりはなかったのですが……。誤解を招く言い方でしたね、申し訳ありません」
 翔太は深々と頭を下げた。犠牲だとか子どもを産んだから、というように聞こえてしまう言い方だったかもしれない。
 「いえ、責めてる訳ではないです。こちらこそ、すみません……。お父さんの言いたいことはわかります。確かに、このりんごとメロンの構図になっていますよ、わたしも」
 「私も……以前までそう考えていたかもしれません。なんで私ばっかりって」
 颯汰くんのお母さんは、颯汰くんを抱きしめたまま、どこから遠くを見ているような目をしていた。


 「そこで、です。例えば、ぼくも奥さんと同じように育児をして、家事をして、そして仕事もする……これが世の中でいう『イクメン』の姿なのかもしれません」
 「でもさ、そうなると今度はお父さんばっかりになっちゃわないかい?」
 田辺さんがすかさず、突っ込みをいれる。
 翔太はりんごとメロン、そして卵のおもちゃを見つめる。何かが、違う。何かに、違和感を感じる。
 「公平さを求めてばかりいると、相手が見えなくなってくる気がします。粗探しが始まるというか……。シェアで上手くいくなら、みんなとっくに幸せですよね……」
 「それだ」と翔太は呟いた。そうだ、何故気がつかなかったのか。
 「それですよ!颯汰くんのお母さん!」
 「ええ?」
 答えは、至ってシンプルだったんだ。複雑に考えすぎてしまった。

 「奥さんもぼくと同じようにバリバリ仕事をするのは、無理があります。育児をしながら、男性と対等にというのは、残念ながら今の現状では厳しいものがあります。
 そして、ぼくも奥さんと同じ量の家事をこなすというのも、やはり無理があります。二人を養うために、もっと仕事しないといけないから」
 翔太は卵のおもちゃをりんごから離して、りんごとメロンの間に、丁寧に戻した。
 「でも、育児はお母さん一人では、もっと無理です。だから、ぼくはイクメンになるというより、奥さんがどうしたら幸せかを考えます」
 「まあ、素敵!」
 櫻子さんが、小さく拍手をした。
 「奥さんは、家事が好きなので……」
 「ええ!家事が好きなんですか?」  
 目を丸くして、さくらちゃんのお母さんが半ば悲鳴をあげるような声で言った。
 「わたしだったら、一番に家事を旦那にやってもらうのに……」
 「家中を掃除したり、料理をしている方がストレス解消になるそうです。ぼくが手伝おうとすると、逆に邪魔になるみたいで……。今日も追い出されてきました」
 翔太は、照れくさそうに笑った。
 「まだ、具体的に何をしたらいいか、わかっていませんが、ゆりが毎日笑っていられるようにするのが、ぼくの役割だと思うんです。お母さんが笑顔なら、あおいも嬉しいはずです。きっと」
 「夫婦のあり方は、それぞれよね」
 櫻子さんは伏し目がちに言った。
 「うちの旦那にも聞かせてあげたい言葉だったわ。ねえ、さくら」
 名前を呼ばれて、不思議そうにさくらちゃんは振り返る。
 「そう思うなら、直接旦那に言ったらいいさ。女は、むっつり黙って『どうして、うちの人わからないの』って心の中で呟くけど、そんなの一方通行さ。男の人に通じやしないよ。どんな人間も、言葉にしないと伝わらない事の方が、多いのさ」
 「田辺さんって、お母さんみたい!」
 さくらちゃんのお母さんは、田辺さんの腕に抱きついた。
 「あたしゃ、こんな若い娘産んだ覚えないわよ」
 しばらくの間、さくらちゃんのお母さんがくっついたまま、二人は笑いあったり、冗談を言い合ったりしていた。
 「義理の母には、したくないわね」
 そんな二人を見つめながら、櫻子さんがポソリと言った。その横で、颯汰くんのお母さんが笑った。




 「ハナさん、ケーキはテイクアウトできますか?」
 小さなガラスショーケースの中に飾られている、シフォンケーキを指差して、翔太は尋ねた。
 ふわふわの生クリームの上に、薔薇の花びらとすみれの砂糖漬けが散りばめられている。
 「できますよ、二つでいいですか?」
 「はい、ありがとうございます」
 ゆりは、甘いものが大好きだ。お土産に持って帰って、一緒に食べよう。そして、ハナサクカフェの事を話そう。
 「あおいちゃん、また来てね。今度は三人で」
 ハナさんが、ドアの外まで見送ってくれた。振り返ってお礼を言い、花の件は電話しますと伝えて、ハナサクカフェを後にした。


 今頃、掃除は終わった頃だろうか。これからは、きちんと「ありがとう」と言おう。言わなければ伝わらないのは、女性に限ったことではない。
 歩みを進めていると、水色の花が目に飛び込んできた。玄関前にグリーンとブルースターの寄せ植えを置いている家があった。
 立ち止まって花を見ていると、声をかけられた。
 「お父さんが抱っこして、えらいわね」
 すれ違い様に、おばあさんが微笑む。
 「はい、ありがとうございます」と素直に答えた。

 お父さんも、えらい。
 お母さんも、えらい。
 みんなが、えらい。
 そして、がんばって生きている、子どもたちはもっと、えらい。

 「あおい」と翔太は、呼びかける。
 「あおいは、えらい。お父さんとお母さんに気がつかせてくれて、ありがとう」
 青空のような花。
 ブルースターの花言葉は、信じあう心だ。
 
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