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大きくなったら、なにになりたいですか?
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「大きくなったら、なにになりたいですか?」
初めて聞かれたのは、たしか幼稚園のころだったと思う。純粋に「なに」になりたいのだろう? と考えたあと、不安になったのを覚えている。
「私」は「今の私」じゃダメなのだ、と思ってしまった。大きくなったら「私」は別の「わたし」にならなければいけない、と言われたように感じたからだ。
***
忘れられない料理がある。冷奴だ。
「夕飯、おれが作るよ」と言ってくれた旦那さんに、冷奴が食べたいと答えた。
出てきた料理は、驚くべきものだった。
私の想像していた冷奴は、豆腐の上にネギやかつお節、生姜がのっていて、醤油をかけて食べるものだが、食卓に上がっていたものは、なんだかちょっぴり(?)、変だった。
豆腐が、これでもか! というほどサイの目に小さく刻まれていて、それが大皿の上に散りばめられている。よく目をこらすと、醤油が気持ち程度に、サラッとかけられていた。
これが……。冷奴……!
私は衝撃をうけた。
サイコロみたいな豆腐を手にとり、食べてみた。豆腐だ。まごうごとなき、豆腐だ。醤油の味は全くしない。
旦那さんはニコニコしている。たぶん、この人、本気だ。彼は、本気でこのサイコロ冷奴を作った。
何か、感想を言わなければ。私は焦った。だが、疑問は隠せなかった。
「冷奴って食べ物、食べたことある?」
直球ストレートに聞いてみた。
彼は照れながら「あまり、ない」と言った。私は納得した。彼は、幼少期を台湾ですごした。だから、彼は冷奴を知らない。義母も義父も、冷奴を作らなかったのだろう。
きっと、これは台湾風冷奴なのだ。そう思うことにして、サイコロ冷奴を食べた。せっかく作ってくれたのに、形にこだわるなんて、なんて心の狭いやつなのかと、私は少し反省した。
だが、再び旦那さんは不思議な料理を作る。
その不思議な料理がどんなものだったかは、ここでは割愛するが、その料理は私を怒らせるものだった。
彼は、二人前の夕飯を作るのに、にんじんを一本使い切ったのだ。
私は激怒した。メロスのごとく、激怒した。
「なぜにんじんを使った」
「スープを作るのに使ったのです」
「たくさん使っただろう」
「はい。切ったらなくなりました」
「貴様、我が家計を潰す気か!」
スープの中で、火の通っていないにんじんが、ゴロゴロ浮いている。私は、そこでようやく気がついた。旦那さんは、料理をしたことがなかったのだと。
聞けば、一人暮らしの時は出来たものを買って食べていたし、親も料理をあまりしなかったそうだ。
料理は彼にとって、未知の領域であり、新しい挑戦だったのだ。それなのに、挑戦している人に対して、私の言い方は最悪だった。
未知の領域に足を踏みいれることは、勇気がいる。彼が冒険しているのを、私はじっと見守り、アドバイスを求められた時、答えればよかったのだ。
そう思って、ふと気がつく。私って、こんな考え方が出来たのだ。怒りにまかせて、ぷりぷり膨れるだけの今までの自分とはちがう。
はっとした。唐突にあの言葉を思い出していた。
「大きくなったら、なにになりたいですか?」
別の「わたし」になる必要なんてないんだ。新しい自分になることは、変わることではない。未知の領域にいる、元々の自分を知ることなのだ。
***
「将来、どんな人間にしたいんだ?」
義父に聞かれて、私は黙り込んだ。
「どんな習い事をさせる? 今が肝心だろう?」
ああ、と思った。習い事がつまり、将来の夢、未来の職業につながる、という訳かとピンとくる。元気に走り回っている息子を見て、私は悲しくなった。
「大きくなったら、なにになりたいですか?」
かつての質問が頭をよぎった。ケーキ屋さんやお花屋さんと答える友人たちの中で、私はもじもじしながら「お母さん」と答えた。先生が大きくうなずいて、「大丈夫よ」と言うように笑ってくれたのを覚えている。
私は、その時、悲しかった。
ああ、伝わらなかったと思った。
大きくなったら主婦になりたいと思った訳でも、家族を持ちたいと思った訳でもないのだ。
みんなが将来の職業を、夢を見るなかで、私はなにも思いつかなかった。何者にもなろうとしない自分が、情けなくて、透明人間のように私が薄くなっていく気がした。
私は、私のままでいたい。将来の夢はまだわからない。けれど、大きくなったら。大人になったら、お母さんみたいに毎日ニコニコ笑っていられる人になりたいと、そう思ったのだ。
だから、私は「お母さん」と答えた。
「そうですね。習い事ややりたい事は、息子と話して決めていけたらと思っています」
えらく真面目に私は答えた。義父の望んでいる答えではないと、わかっていても言わずにはいられなかった。
「どんな人間になって欲しいか、というと……生活力のある人間ですかね」
私はそう言った。誤解しないでいただきたいのだが、サイコロ冷奴を作った旦那さんのことを生活力がないと非難している訳ではない。
生活力のある人。私もそうなりたい。
一人で立って、ごはんが食べれて……。新しいことにも、困難なことにも、立ち向かっていける。ぶつかって、転んでも、立ち上がることを知っている。そんな、人間になれたらと思う。
「大きくなったら、なにになりたいですか?」
もし、その質問に不安を覚えてしまった子がいるのならば、こう考えて欲しい。
将来の夢やなりたい職業が、ゴールでなくていい。夢が叶った時が、幸せなのだと思う必要はない。今が、今のあなたが一番幸福だから。
どんな人間でありたいか、それを目的にすればいい。夢やなりたい職業は、通過点にすぎないのだから。
***
「大きくなったら、なにになりたいですか?」
この質問を息子はすでに、保育園でうけている。
三歳になったばかりの彼は、こう答えたという。
「SL」
母は割と真面目に、君のことを考えながら文章にしてきたのに、SLかい! 人間ですらないじゃんか! と思わずツッコミを入れてしまった。
けれど、それはそれで面白いのでメモに残してある。ついでに自分のこともメモしておく。
『Q,私は、なにになりたいか?』
『A,私は、何者にもなれる』
初めて聞かれたのは、たしか幼稚園のころだったと思う。純粋に「なに」になりたいのだろう? と考えたあと、不安になったのを覚えている。
「私」は「今の私」じゃダメなのだ、と思ってしまった。大きくなったら「私」は別の「わたし」にならなければいけない、と言われたように感じたからだ。
***
忘れられない料理がある。冷奴だ。
「夕飯、おれが作るよ」と言ってくれた旦那さんに、冷奴が食べたいと答えた。
出てきた料理は、驚くべきものだった。
私の想像していた冷奴は、豆腐の上にネギやかつお節、生姜がのっていて、醤油をかけて食べるものだが、食卓に上がっていたものは、なんだかちょっぴり(?)、変だった。
豆腐が、これでもか! というほどサイの目に小さく刻まれていて、それが大皿の上に散りばめられている。よく目をこらすと、醤油が気持ち程度に、サラッとかけられていた。
これが……。冷奴……!
私は衝撃をうけた。
サイコロみたいな豆腐を手にとり、食べてみた。豆腐だ。まごうごとなき、豆腐だ。醤油の味は全くしない。
旦那さんはニコニコしている。たぶん、この人、本気だ。彼は、本気でこのサイコロ冷奴を作った。
何か、感想を言わなければ。私は焦った。だが、疑問は隠せなかった。
「冷奴って食べ物、食べたことある?」
直球ストレートに聞いてみた。
彼は照れながら「あまり、ない」と言った。私は納得した。彼は、幼少期を台湾ですごした。だから、彼は冷奴を知らない。義母も義父も、冷奴を作らなかったのだろう。
きっと、これは台湾風冷奴なのだ。そう思うことにして、サイコロ冷奴を食べた。せっかく作ってくれたのに、形にこだわるなんて、なんて心の狭いやつなのかと、私は少し反省した。
だが、再び旦那さんは不思議な料理を作る。
その不思議な料理がどんなものだったかは、ここでは割愛するが、その料理は私を怒らせるものだった。
彼は、二人前の夕飯を作るのに、にんじんを一本使い切ったのだ。
私は激怒した。メロスのごとく、激怒した。
「なぜにんじんを使った」
「スープを作るのに使ったのです」
「たくさん使っただろう」
「はい。切ったらなくなりました」
「貴様、我が家計を潰す気か!」
スープの中で、火の通っていないにんじんが、ゴロゴロ浮いている。私は、そこでようやく気がついた。旦那さんは、料理をしたことがなかったのだと。
聞けば、一人暮らしの時は出来たものを買って食べていたし、親も料理をあまりしなかったそうだ。
料理は彼にとって、未知の領域であり、新しい挑戦だったのだ。それなのに、挑戦している人に対して、私の言い方は最悪だった。
未知の領域に足を踏みいれることは、勇気がいる。彼が冒険しているのを、私はじっと見守り、アドバイスを求められた時、答えればよかったのだ。
そう思って、ふと気がつく。私って、こんな考え方が出来たのだ。怒りにまかせて、ぷりぷり膨れるだけの今までの自分とはちがう。
はっとした。唐突にあの言葉を思い出していた。
「大きくなったら、なにになりたいですか?」
別の「わたし」になる必要なんてないんだ。新しい自分になることは、変わることではない。未知の領域にいる、元々の自分を知ることなのだ。
***
「将来、どんな人間にしたいんだ?」
義父に聞かれて、私は黙り込んだ。
「どんな習い事をさせる? 今が肝心だろう?」
ああ、と思った。習い事がつまり、将来の夢、未来の職業につながる、という訳かとピンとくる。元気に走り回っている息子を見て、私は悲しくなった。
「大きくなったら、なにになりたいですか?」
かつての質問が頭をよぎった。ケーキ屋さんやお花屋さんと答える友人たちの中で、私はもじもじしながら「お母さん」と答えた。先生が大きくうなずいて、「大丈夫よ」と言うように笑ってくれたのを覚えている。
私は、その時、悲しかった。
ああ、伝わらなかったと思った。
大きくなったら主婦になりたいと思った訳でも、家族を持ちたいと思った訳でもないのだ。
みんなが将来の職業を、夢を見るなかで、私はなにも思いつかなかった。何者にもなろうとしない自分が、情けなくて、透明人間のように私が薄くなっていく気がした。
私は、私のままでいたい。将来の夢はまだわからない。けれど、大きくなったら。大人になったら、お母さんみたいに毎日ニコニコ笑っていられる人になりたいと、そう思ったのだ。
だから、私は「お母さん」と答えた。
「そうですね。習い事ややりたい事は、息子と話して決めていけたらと思っています」
えらく真面目に私は答えた。義父の望んでいる答えではないと、わかっていても言わずにはいられなかった。
「どんな人間になって欲しいか、というと……生活力のある人間ですかね」
私はそう言った。誤解しないでいただきたいのだが、サイコロ冷奴を作った旦那さんのことを生活力がないと非難している訳ではない。
生活力のある人。私もそうなりたい。
一人で立って、ごはんが食べれて……。新しいことにも、困難なことにも、立ち向かっていける。ぶつかって、転んでも、立ち上がることを知っている。そんな、人間になれたらと思う。
「大きくなったら、なにになりたいですか?」
もし、その質問に不安を覚えてしまった子がいるのならば、こう考えて欲しい。
将来の夢やなりたい職業が、ゴールでなくていい。夢が叶った時が、幸せなのだと思う必要はない。今が、今のあなたが一番幸福だから。
どんな人間でありたいか、それを目的にすればいい。夢やなりたい職業は、通過点にすぎないのだから。
***
「大きくなったら、なにになりたいですか?」
この質問を息子はすでに、保育園でうけている。
三歳になったばかりの彼は、こう答えたという。
「SL」
母は割と真面目に、君のことを考えながら文章にしてきたのに、SLかい! 人間ですらないじゃんか! と思わずツッコミを入れてしまった。
けれど、それはそれで面白いのでメモに残してある。ついでに自分のこともメモしておく。
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