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十三騙十三本
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小さな蝋燭を一本黄色く灯してひゅうるり、すぐに持ち歩き行燈の中に押し込んで真っ青。さ、夜道だ。
「どういうからくりで灯の色を変えてるんですか?」
気の配合を変えると簡単に灯の色は変わんのさ。酸素が多い空気だと普通の灯も青くなるでしょう。それと同じ。大きな輪入道の焔にあっしの妖気をそのまま混ぜりゃ紫だし、あっし側で調節した妖気吹き込みゃ大抵の色は作れますぜ。
こいつがいっちばん綺麗なんだ。人工の光っぽくねえ艶でしょう?
「これが百物語の青行燈の正体ですか……」
他にも面白いやりようはありますがね。大抵手品みたいなもんですよ、妖怪のやり口は。出来ることを一つ二っつ、二つ三っつと積み重ねて合わせ技で面白い事やんのさ。
さてと、話をしんぷるにする為に、あっしは行燈の中に入っておきますがね。
汐封、あぁた、無闇に呪うんじゃないぜ。下手くそなんだから。
「私は上手い方だと思いますよ。でも、分かりました。百一本さん」
「……あ、青い灯り……し、導君! そこいるの……?!」
「はい、居ますよ、静香さん。お久しぶりです。こちらへ来てください」
「う、うん」
……ううん、茶霞静香。どこかで見た命の灯ですねえ。どこでしたっけか。
「本当に覚えてない……」
ん?
「いえ、何でもありませんよ。来てくださってありがとうございます、静香さん。ここ、雰囲気ありますよね」
「う、うん……雰囲気というか、よっぽどのことが無いと夜にこんな所来なかったよ? あ、でも、導君のお家って神職だもんね。怖くないよね! えへ、ごめん」
「……ええ、まあ」
「で……もしかして私、これから肝試しだったりする……?」
「ふふふ。そうですよ」
「えー何で?!」
「何故でしょうね? 信者の中に、都市伝説に従ってこの百段階段を登り、上の神社へ肝試しに行ったら呪われたと言う人が居まして。確かめたいんです」
「え……そ、それに私もついていくの……?」
「付き添いの人は呪われたりしませんよ。ただ、しばらく会っていない人と行かなければならないとか、条件がありまして。誰に見届けていただこうか悩んでいたら、貴女のご学友から是非にと薦められたんです。貴女が力になってくれると」
「まさかシオリが……あぁ! もう、そういうお節介……嬉しいけど……」
「今晩、付き合っていただけますか、静香さん」
「あぅ……も、もう一回、言ってくれる? よく聞こえなくて……」
「私に付き合ってください、静香……さん」
「はいっ!」
……今のやり取りで言質取れんのは奇跡ですぜ。いや、何やっても落とせそうな感じはしやしたが。
しかし適当な呪いをでっち上げてひとを巻き込むたぁ、どこぞの悪い妖怪のやり口そのまんまじゃねえか。こんなのお気に召されちゃ困るんですがね。
「ふ、雰囲気あるね……」
「でしょう?」
「で、でも何も起きないよね?」
「起きませんよ。どうでもいい人は巻き込んでもどうでもいいですし、大切な人は巻き込んだら……おや、気をつけて」
「きゃっ」
「ここだけ段の高さが周囲と違うみたいですね。19段目ですか」
「そっ、そっかあ」
「33、37、61段目も変だったら面白いですね」
「え?」
「女性の厄年の数字です。この先の神社、女神を祀っているんですよ」
「って事は19歳も厄年だったの?」
「その前後の年も前厄、後厄といって危険な年です」
「知らなかったぁ」
「ですから、前にも後ろにもお気をつけて?」
「う、うん……」
風が吹いて、ひゅうるり、髪を撫でていく。誰もが本能的に感じているように、不吉の前触れとして。
「あ、あのね、導君。また話聞いてもらってもいい?」
「ええ、勿論」
「わたし、また誰かに嫌われているみたいなの……」
「ええ」
「だから、その……この前みたいに、導君が居てくれたら、また、原因……生霊? を、見つけてくれたら、嬉しいなって思ったの」
「ええ、ええ」
「だめ……?」
「……ふふ」
「導君?」
「典型的だ。あまりにも」
「しる……」
「ええ、構いませんよ。貴方があれらを惹き憑ける限りは」
「嬉しい! ありがとう、導く」
「ところで生霊というのは、どれほど幽霊や妖に似ているんですか? 私はあれらには好かれないのですが」
「好かれなくていいよ……? あのね、ずっと耳元で声が聞こえてくるの。誰だって分かる事もあるよ。はっきり内容が分かる時とか。でも、だいたいぼんやりしてて誰なのか分からないの……わたしには幽霊も妖怪も分かんないけど、そういうのだと、誰だか分かるんじゃないかなあ……」
「成程。私は誰が何を言おうが区別しようとも思いませんし、聞こえないならそれに越した事はないと思いますが……貴女はたとえ悪口でも、誰にも全く話されないのも困るんでしょう? 少し理解に苦しみますよ」
「それはちょっと寂しいよ」
「寂しい、ですか」
「うん寂しい。わたし、世界中の人と友達になれるならなりたいもん。もちろん、導君とも。……導君なら、友達ってだけじゃなくても、良いけど」
「そこまで言うならお手上げだ」
「導君?」
「いえいえ。かしこまりました、お嬢様の安寧のため、お望みの除霊と、人間関係の構築のお手伝いを。ところで最近多忙でして、腕の確かな者を代理で遣わすことがありますが、迅速な解決のため、お許しいただけますね? お嬢様」
「も、もう一回言って……」
「お嬢様」
「うう……っ」
もう一巻き風が吹き降ろしても、今度は誰も震えやしない。
なるほど、御しやすいきゃらくたあも人に好かれるのには役立つってことか。道理であっしが人相をよく覚えてないわけですよ。
珍しい現代幽霊ですねえ。よくもまあこの情報と無関心の時代に、こんな機構したばけものが残ってるもんだ。
さしずめ幽霊人間ってとこでしょうか。
「誤った存在しない文字ですら、人口に膾炙すると『幽霊文字』として残る。多くに知られて認知され、関心を向け続けられるなら、幽霊人間が生まれても良いわけですね」
そうそ。人間の灯はかすかに灯ってるんで、産まれた時は生きた人間だったんでしょうがね。なんかの拍子に死にかけて、またまたなんかの拍子に生霊どもが絡み付いて、たまたまその執着を動力に、なんとか身体を動かせる仕組みができたんでしょう。今じゃ生霊にいつも引っ付かれるくらいじゃねえと存在が危うくなっちまうところまできてる。生者の人間以外にはさして好かれず、あっしが見知らぬ死にかけ人と見間違えるくらい薄く見えるってんだから、大した奇跡ですよ。
「0歳からテレビに出ていた元天才子役ですよ。今も有名人の部類ですし」
それでか。ま、ここまで生霊携えてるんだ、後は全員に好かれたいなんて思いを捨てちまえば楽に生きられそうな気もしますがね。嫌われて妬まれた方が生霊としては強くてしつこいでしょう。
ああ、でも、そんな事してりゃ幽霊やら呪いからも目ぇつけられて縁ができちまうか。やっぱり善く生きんのが一番ってえ事でしょう、どうだい悪徳坊主。
「どうでしょうね? 案外彼女のような態度が一番釣れるのかもしれませんよ、人の興味を」
「導君、さっきから何を呟いてるの?」
「ああ、軽い呪いです。さて、今が61段目です。厄、越えましたね」
「えっ本当? 高さ、同じくらいだね」
「そうですね。厄年説は間違っていました」
「ふふっ。上の方で足踏み外さなくて良かったー」
「? そのくらいでは今の貴女は死にませんし、死んだら死んだで……」
汐封。
「冗談ですよ」
「?」
「さ、あと少し、登ってしまいましょう」
「もしかして、何か今、この辺りにいるの? 導君、話しかけてる?」
「気にしないで。こういう都市伝説は気付く者に対して影響を増すんです。貴女までわざわざ怖い思いをする事はありませんよ。非効率だ。さ、残りは頑張って駆け上がってしまいましょう」
「う、うん……」
百段一歩。
やあれやれ、上り終えた。正しい手続きでこの神社の夜に入れたわけです。細かい手続きのところはあっしも手伝ったし抜けはないでしょう。
ようこそ、主無き神社へ。
都市伝説なんざありゃしないが、受け入れた者にいっときの清浄な空間を与えるのは神社の特別な役割の一つですよ。安全な場所なんざ幾らでもあるのに、わざわざここを選ぶ事もないと思いますがね。ま、 倉稲銭転母神どののご指定だ、従いますよ。そんじゃ約束通り、安全になったところで茅玉似の鼻の良いのをお借りしやすぜ。
休ませてる茅玉そのまま連れてくるわけにゃいかないが、茅玉や一寸法師に付いてた臭いを覚えて嗅ぎ取れる飴衣が居りゃ十分調べられるでしょう。そら、来な。
「……あっ、猫ちゃん」
「猫?! 失礼、猫、ですか」
「こういう子もいるんだよ。こういう子会ったことあるもん」
くくく。すねこすりが猫か。まあ、猫も人の脚に身体擦り付けてきやすからね、マッサージ機とかブラシ代わりに。
やっぱり当たりですねえ。茅玉の臭いを嗅ぎ取ってる。
「会ったというのは、いつです?」
「何ヶ月か前かな? うちの別荘を使いたいって人にしばらく貸し出したの。一度近くを通ったから挨拶に行ったけど、その人が飼ってたよ。こんな感じの猫。わっ、なになに? 餌持ってないよ」
「その人、どなたです?」
「遠野陽衣さん。あ、男の人。ママの叔母さんの旦那さんの旧い知り合いだって」
ああ、そうかい。そうかい。
……汐封、切り上げていいぜ。ここまで手繰れたら十分だ。直接聞かなくとも類縁から辿れるでしょうから。
あっしも遠くで監視してるお狐様に飴衣返してくるぜ。
「それは良かった」
「どうしたの?」
「どうやらこの場所、もう都市伝説の場ではなくなっているようです。自然に解決していました」
「そんな事あるんだ……? あっ、猫ちゃん行っちゃった……」
……さてと。ちゃんとお嬢さん安心な所まで送り届けてきたかい?
「勿論ですとも。ほら」
両の手のひら見せられても証にゃなりませんよ。
ほら、ここの貧相なつる草を見な。
「?」
こいつは、逆さ捻子、って植物さ。百年に一度だけ花を咲かし、それ以外の時にはじっと、何があっても蔦や苔に紛れてどこかにへばり付いて百年を過ごす奴ですよ。
「初耳です。百一本さんの好きな花ですか?」
まさか。捻子花は強い呪いに使える花なんですよ。
いや、なに、遠野って家をあっしは知ってますよって話さ。数百年前、この山に逆さ捻子を持ち込んだ男の家。呪いだの幽霊だの恨みだのを扱うのがべらぼうに上手い奴らだった。……確かにあの一族は言ってましたね、神がどうのって。それが煙の妖怪に絡んでるわけだ。はぁあ。
「百一本さん、詳しいんですね」
昔色々あったからな。全部枯らしたと思ってたんだが、九十九年ものの捻子は残ってやがるし。
「という事は、この花1年以内に咲くんですね」
……いつとは言わねぇぜ。言ったらあぁた採りに来るでしょう。
「でも百一本さん、好きじゃないんですか? この花。開花したら見に来ましょうよ」
誰が好きだって……。
……。
昔の人間の思い出しかねぇから、楽しい花見はできゃしないんですよ。
「! それが良いです! やりましょう!」
怖、おお。何です、ひとのしんみりに元気になるたぁ。
「百一本さんが昔人間と何かあった事くらい知っていますよ。聞かせてください、開花を見ながら」
おいおい。
「昔、人の伴侶がいたくらいではもう動じません。それなら私もチャンスがありますし、一度もないなら私がチャンスです」
そういうのじゃねえって。
ああ、惜しいな。口と頭がこんなに回る奴を、あっしは蝋吸い中毒者にしちまった。
「褒めてます?」
褒めてねえよ。
「どういうからくりで灯の色を変えてるんですか?」
気の配合を変えると簡単に灯の色は変わんのさ。酸素が多い空気だと普通の灯も青くなるでしょう。それと同じ。大きな輪入道の焔にあっしの妖気をそのまま混ぜりゃ紫だし、あっし側で調節した妖気吹き込みゃ大抵の色は作れますぜ。
こいつがいっちばん綺麗なんだ。人工の光っぽくねえ艶でしょう?
「これが百物語の青行燈の正体ですか……」
他にも面白いやりようはありますがね。大抵手品みたいなもんですよ、妖怪のやり口は。出来ることを一つ二っつ、二つ三っつと積み重ねて合わせ技で面白い事やんのさ。
さてと、話をしんぷるにする為に、あっしは行燈の中に入っておきますがね。
汐封、あぁた、無闇に呪うんじゃないぜ。下手くそなんだから。
「私は上手い方だと思いますよ。でも、分かりました。百一本さん」
「……あ、青い灯り……し、導君! そこいるの……?!」
「はい、居ますよ、静香さん。お久しぶりです。こちらへ来てください」
「う、うん」
……ううん、茶霞静香。どこかで見た命の灯ですねえ。どこでしたっけか。
「本当に覚えてない……」
ん?
「いえ、何でもありませんよ。来てくださってありがとうございます、静香さん。ここ、雰囲気ありますよね」
「う、うん……雰囲気というか、よっぽどのことが無いと夜にこんな所来なかったよ? あ、でも、導君のお家って神職だもんね。怖くないよね! えへ、ごめん」
「……ええ、まあ」
「で……もしかして私、これから肝試しだったりする……?」
「ふふふ。そうですよ」
「えー何で?!」
「何故でしょうね? 信者の中に、都市伝説に従ってこの百段階段を登り、上の神社へ肝試しに行ったら呪われたと言う人が居まして。確かめたいんです」
「え……そ、それに私もついていくの……?」
「付き添いの人は呪われたりしませんよ。ただ、しばらく会っていない人と行かなければならないとか、条件がありまして。誰に見届けていただこうか悩んでいたら、貴女のご学友から是非にと薦められたんです。貴女が力になってくれると」
「まさかシオリが……あぁ! もう、そういうお節介……嬉しいけど……」
「今晩、付き合っていただけますか、静香さん」
「あぅ……も、もう一回、言ってくれる? よく聞こえなくて……」
「私に付き合ってください、静香……さん」
「はいっ!」
……今のやり取りで言質取れんのは奇跡ですぜ。いや、何やっても落とせそうな感じはしやしたが。
しかし適当な呪いをでっち上げてひとを巻き込むたぁ、どこぞの悪い妖怪のやり口そのまんまじゃねえか。こんなのお気に召されちゃ困るんですがね。
「ふ、雰囲気あるね……」
「でしょう?」
「で、でも何も起きないよね?」
「起きませんよ。どうでもいい人は巻き込んでもどうでもいいですし、大切な人は巻き込んだら……おや、気をつけて」
「きゃっ」
「ここだけ段の高さが周囲と違うみたいですね。19段目ですか」
「そっ、そっかあ」
「33、37、61段目も変だったら面白いですね」
「え?」
「女性の厄年の数字です。この先の神社、女神を祀っているんですよ」
「って事は19歳も厄年だったの?」
「その前後の年も前厄、後厄といって危険な年です」
「知らなかったぁ」
「ですから、前にも後ろにもお気をつけて?」
「う、うん……」
風が吹いて、ひゅうるり、髪を撫でていく。誰もが本能的に感じているように、不吉の前触れとして。
「あ、あのね、導君。また話聞いてもらってもいい?」
「ええ、勿論」
「わたし、また誰かに嫌われているみたいなの……」
「ええ」
「だから、その……この前みたいに、導君が居てくれたら、また、原因……生霊? を、見つけてくれたら、嬉しいなって思ったの」
「ええ、ええ」
「だめ……?」
「……ふふ」
「導君?」
「典型的だ。あまりにも」
「しる……」
「ええ、構いませんよ。貴方があれらを惹き憑ける限りは」
「嬉しい! ありがとう、導く」
「ところで生霊というのは、どれほど幽霊や妖に似ているんですか? 私はあれらには好かれないのですが」
「好かれなくていいよ……? あのね、ずっと耳元で声が聞こえてくるの。誰だって分かる事もあるよ。はっきり内容が分かる時とか。でも、だいたいぼんやりしてて誰なのか分からないの……わたしには幽霊も妖怪も分かんないけど、そういうのだと、誰だか分かるんじゃないかなあ……」
「成程。私は誰が何を言おうが区別しようとも思いませんし、聞こえないならそれに越した事はないと思いますが……貴女はたとえ悪口でも、誰にも全く話されないのも困るんでしょう? 少し理解に苦しみますよ」
「それはちょっと寂しいよ」
「寂しい、ですか」
「うん寂しい。わたし、世界中の人と友達になれるならなりたいもん。もちろん、導君とも。……導君なら、友達ってだけじゃなくても、良いけど」
「そこまで言うならお手上げだ」
「導君?」
「いえいえ。かしこまりました、お嬢様の安寧のため、お望みの除霊と、人間関係の構築のお手伝いを。ところで最近多忙でして、腕の確かな者を代理で遣わすことがありますが、迅速な解決のため、お許しいただけますね? お嬢様」
「も、もう一回言って……」
「お嬢様」
「うう……っ」
もう一巻き風が吹き降ろしても、今度は誰も震えやしない。
なるほど、御しやすいきゃらくたあも人に好かれるのには役立つってことか。道理であっしが人相をよく覚えてないわけですよ。
珍しい現代幽霊ですねえ。よくもまあこの情報と無関心の時代に、こんな機構したばけものが残ってるもんだ。
さしずめ幽霊人間ってとこでしょうか。
「誤った存在しない文字ですら、人口に膾炙すると『幽霊文字』として残る。多くに知られて認知され、関心を向け続けられるなら、幽霊人間が生まれても良いわけですね」
そうそ。人間の灯はかすかに灯ってるんで、産まれた時は生きた人間だったんでしょうがね。なんかの拍子に死にかけて、またまたなんかの拍子に生霊どもが絡み付いて、たまたまその執着を動力に、なんとか身体を動かせる仕組みができたんでしょう。今じゃ生霊にいつも引っ付かれるくらいじゃねえと存在が危うくなっちまうところまできてる。生者の人間以外にはさして好かれず、あっしが見知らぬ死にかけ人と見間違えるくらい薄く見えるってんだから、大した奇跡ですよ。
「0歳からテレビに出ていた元天才子役ですよ。今も有名人の部類ですし」
それでか。ま、ここまで生霊携えてるんだ、後は全員に好かれたいなんて思いを捨てちまえば楽に生きられそうな気もしますがね。嫌われて妬まれた方が生霊としては強くてしつこいでしょう。
ああ、でも、そんな事してりゃ幽霊やら呪いからも目ぇつけられて縁ができちまうか。やっぱり善く生きんのが一番ってえ事でしょう、どうだい悪徳坊主。
「どうでしょうね? 案外彼女のような態度が一番釣れるのかもしれませんよ、人の興味を」
「導君、さっきから何を呟いてるの?」
「ああ、軽い呪いです。さて、今が61段目です。厄、越えましたね」
「えっ本当? 高さ、同じくらいだね」
「そうですね。厄年説は間違っていました」
「ふふっ。上の方で足踏み外さなくて良かったー」
「? そのくらいでは今の貴女は死にませんし、死んだら死んだで……」
汐封。
「冗談ですよ」
「?」
「さ、あと少し、登ってしまいましょう」
「もしかして、何か今、この辺りにいるの? 導君、話しかけてる?」
「気にしないで。こういう都市伝説は気付く者に対して影響を増すんです。貴女までわざわざ怖い思いをする事はありませんよ。非効率だ。さ、残りは頑張って駆け上がってしまいましょう」
「う、うん……」
百段一歩。
やあれやれ、上り終えた。正しい手続きでこの神社の夜に入れたわけです。細かい手続きのところはあっしも手伝ったし抜けはないでしょう。
ようこそ、主無き神社へ。
都市伝説なんざありゃしないが、受け入れた者にいっときの清浄な空間を与えるのは神社の特別な役割の一つですよ。安全な場所なんざ幾らでもあるのに、わざわざここを選ぶ事もないと思いますがね。ま、 倉稲銭転母神どののご指定だ、従いますよ。そんじゃ約束通り、安全になったところで茅玉似の鼻の良いのをお借りしやすぜ。
休ませてる茅玉そのまま連れてくるわけにゃいかないが、茅玉や一寸法師に付いてた臭いを覚えて嗅ぎ取れる飴衣が居りゃ十分調べられるでしょう。そら、来な。
「……あっ、猫ちゃん」
「猫?! 失礼、猫、ですか」
「こういう子もいるんだよ。こういう子会ったことあるもん」
くくく。すねこすりが猫か。まあ、猫も人の脚に身体擦り付けてきやすからね、マッサージ機とかブラシ代わりに。
やっぱり当たりですねえ。茅玉の臭いを嗅ぎ取ってる。
「会ったというのは、いつです?」
「何ヶ月か前かな? うちの別荘を使いたいって人にしばらく貸し出したの。一度近くを通ったから挨拶に行ったけど、その人が飼ってたよ。こんな感じの猫。わっ、なになに? 餌持ってないよ」
「その人、どなたです?」
「遠野陽衣さん。あ、男の人。ママの叔母さんの旦那さんの旧い知り合いだって」
ああ、そうかい。そうかい。
……汐封、切り上げていいぜ。ここまで手繰れたら十分だ。直接聞かなくとも類縁から辿れるでしょうから。
あっしも遠くで監視してるお狐様に飴衣返してくるぜ。
「それは良かった」
「どうしたの?」
「どうやらこの場所、もう都市伝説の場ではなくなっているようです。自然に解決していました」
「そんな事あるんだ……? あっ、猫ちゃん行っちゃった……」
……さてと。ちゃんとお嬢さん安心な所まで送り届けてきたかい?
「勿論ですとも。ほら」
両の手のひら見せられても証にゃなりませんよ。
ほら、ここの貧相なつる草を見な。
「?」
こいつは、逆さ捻子、って植物さ。百年に一度だけ花を咲かし、それ以外の時にはじっと、何があっても蔦や苔に紛れてどこかにへばり付いて百年を過ごす奴ですよ。
「初耳です。百一本さんの好きな花ですか?」
まさか。捻子花は強い呪いに使える花なんですよ。
いや、なに、遠野って家をあっしは知ってますよって話さ。数百年前、この山に逆さ捻子を持ち込んだ男の家。呪いだの幽霊だの恨みだのを扱うのがべらぼうに上手い奴らだった。……確かにあの一族は言ってましたね、神がどうのって。それが煙の妖怪に絡んでるわけだ。はぁあ。
「百一本さん、詳しいんですね」
昔色々あったからな。全部枯らしたと思ってたんだが、九十九年ものの捻子は残ってやがるし。
「という事は、この花1年以内に咲くんですね」
……いつとは言わねぇぜ。言ったらあぁた採りに来るでしょう。
「でも百一本さん、好きじゃないんですか? この花。開花したら見に来ましょうよ」
誰が好きだって……。
……。
昔の人間の思い出しかねぇから、楽しい花見はできゃしないんですよ。
「! それが良いです! やりましょう!」
怖、おお。何です、ひとのしんみりに元気になるたぁ。
「百一本さんが昔人間と何かあった事くらい知っていますよ。聞かせてください、開花を見ながら」
おいおい。
「昔、人の伴侶がいたくらいではもう動じません。それなら私もチャンスがありますし、一度もないなら私がチャンスです」
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2人とも素敵なキャラで、しかも口調が良すぎて、つい音読しました。蝋燭さんの語る人物評から、男の子のじっとした瞳が容易に頭に浮かびます。