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7話 苦い思い出話です_①
しおりを挟む「学院内で私とルークさまがお話しているところを見かけたのでしょう。リナリアさまの怒りが、突然限界を迎えてしまいました」
何の疑いもなくルークと挨拶を交わしていたところに、リナリア=ジェニファーがつかつかと歩み寄ってきて、急に頬を叩かれた。 『あなたのせいよ!』『あなたがルークさまを誘惑してるんでしょう!』――引っ叩かれたことすら上手く理解できずに呆然とするイリスに、リナリアはそんな暴言を浴びせてきた。
「とても怒られました」
「……。……言葉を選んだな?」
「……思い出すのも怖いお顔だったのです」
ブルーノにあまり詳細な状況を聞かせたくなったのもある。だがそれよりも、イリスにはあの日のリナリアの怒りを思い出したくないという気持ちが強かった。激昂した彼女の顔は、それほど怖かったのだ。
しかしイリスにとっての最大の問題は、リナリアの憤怒ではない。その後に続いた、ルークの言動の方がよほど大きな問題だった。
「きっとルークさまも驚かれたのだと思います。ですがそこで『家族ぐるみの付き合いがあるんだから仕方がない』と口にしてしまうとは……」
イリスとルークがリナリアに不快感を抱かせてしまったのは、紛れもない事実だ。ならばそこは素直に謝罪して、しっかりと釈明すべきだったと思う。そうすればリナリアの怒りも収まっていたかもしれない。
けれど一切の悪気がなかったルークは、リナリアの神経を逆撫でするような言い訳をしてしまった。約束を忘れた自分が悪いのではない、アーロッド侯爵家とクロムウェル伯爵家の家族ぐるみの付き合いを優先して何が悪い、約束よりも家族たちと過ごす時間の方が楽しい、と口走ってしまったのである。
「さらに『父さんだってイリスを可愛がっている』と不要な一言を付け加えてしまい……」
「……」
ルークの失言はそれだけに留まらなかった。あろうことかルークは、『アーロッド侯爵がイリス嬢を特別扱いしている』と思われてもおかしくない言葉を重ねてしまった。これにはイリスはもちろんのこと、言われたリナリアも、何事かと遠巻きに様子を見ていた者たちも、目をまん丸にして驚いた。
話を聞いたブルーノも両膝の上に肘を乗せ、組んだ手に額をつけてがっくりと項垂れている。頭の痛い話だろう。この発言がもし自分の身内や部下によるものだったら、と思うと、頭痛で頭が割れてもおかしくないぐらいの不適切発言だ。
「ルークさまとリナリアさまはその場で大喧嘩、後におふたりの婚約は破談になり、『イリス=クロムウェル伯爵令嬢はアーロッド侯爵親子とふしだらな関係にある』という噂だけが残りました」
リナリアが父に泣きついたことで学院内での大喧嘩が発覚し、すぐにジェニファー侯爵からアーロッド侯爵に破談の申し入れがあった。元凶となったルークは自分に責任があるとは思ってもおらず、『イリスに暴力を振るうような女はごめんだ』とリナリアへの謝罪と釈明を拒否したため、ルークとリナリアの婚約は正式に破談となった。
アーロッド侯爵は常識人のため、イリスとクロムウェル伯爵家にも謝罪を重ねてくれた。アーロッド侯爵夫人もおっとりした優しい女性ゆえ、イリスを疑ったり怒ったりすることはなく、むしろ「ルークのせいで申し訳ないことをしたわ」と頭を下げてくれた。
そこから半年ほどの間、社交界は『イリス=クロムウェル伯爵令嬢はアーロッド侯爵親子とふしだらな関係にある』という噂で持ちきりになった。だがアーロッド侯爵の人柄の良さに加え、息子のルークが隣国に留学したことでルファーレの社交界入りを果たさなかったためか、いつしか噂の中からアーロッド家の名前が薄れていった。その結果、イリスの不名誉な噂だけがぽつんと置き去りになってしまったのだ。
「それからは事あるごとに、イリス=クロムウェルは誰の愛人だ、誰とこっそり会っていた、別の誰とも秘密の関係にある、と身に覚えのない噂をされるようになってしまって……」
アーロッド侯爵はイリスの噂を耳にするたびにきっぱりと否定してくれているが、ハロルドは『一度噂になった本人が躍起になって否定すれば、火に油を注ぐ結果になりますよ。イリスのことは気にしなくて大丈夫ですから』と諭しているという。
イリスも父の判断に異論はない。クロムウェル家はいつもアーロッド家に世話になっているし、伯爵家よりも爵位階級が高い侯爵家の顔を立てなければならないことも理解している。もちろんアーロッド侯爵に落ち度がないこともよくわかっている。
だがイリスとハロルドの訂正と説明だけでは、もうこの噂を消すことが不可能だということにも気づいている。否、イリスが社交界にデビューしてからのこの半年間は、以前より状況が悪化した気がしている。
イリスの友人たちいわく、イリスの容姿には噂の信憑性を増す特徴が多いらしい。それゆえ不名誉な噂を耳にした人は皆、面白おかしくイリスを『誰かの愛人』にしたがるのだ。身に覚えのない噂に振り回されている方の身にもなってほしいと思うのに。
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