恋する乙女(ボク)が君の愛(こころ)に気づくまで

夜兎

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ボクは彼女を知っている?

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「最悪だ……」

 さっきまでの慌てた様子も、その前の安堵した様子もない。
 充はとても、嫌そうな顔をしている。彼女が、充のいう嫌な日の元凶なのかな? とても可愛らしい子だと思うんだけど。

「彼女は誰なんだい、充」

「前も言ったろ? お前も一、二回は会ったことある相手だ」

 ボクが一、二回会ったことがある? なんで忘れているんだろう……というかその話──

「この前の電話で話していた、お金持ちの?」

「正解。兎川とがわ はるか。一つ下で、昔から俺に付き纏っている変質者だ」

 変質……ストーカーってことかい……?

「充先輩! 辛辣しんらつです。……まあ、そんな風に貶されるのもまた、〝愛〟なのだと、ハルカは分かっていますけどね!」

「な? 変質者だろ? 変態かもしれん」

 ま、まあ確かに、変な子ではありそうだけど……。

「そんな言い方は彼女に失礼じゃないかな。兎川さんだって、君のことを気にかけてくれている女の子なんだろう?」

「愛理先輩はいいことを言いますね! ハルカのことをよく分かっているのです!」

 いや、ボクは君のことはあまり知らないけどね。

「ボクの名前を知っているんだね?」

「やだなぁ、愛理先輩とは小さい頃に会ったことあるじゃないですかぁ。忘れちゃいました?」

「ごめんよ。なんでかわからないけど、君のことが思い出せないんだ」

 記憶力は良い方だと思っていたんだけどな。相手は覚えているのに、ボクが覚えていないというのは、なんだか失礼な気がしてしまうね。

「まあ、お互い小さかったですからね。ハルカは充先輩にくっついてる貴女に、ちょーっと焼きもちを焼いていたので? 覚えているだけですよー」

 焼きもち……。

「調子乗るから、あまり親身になって話してやるな。軽くあしらうくらいで良い」

「相変わらず、ハルカのことをよく分かってくれていますねぇ、充先輩!」

 拒絶するような充のセリフにも、落ち込むどころかなんだか嬉しそうにしている。……確かに、あまりまともに対応しない方が良い子なのかもしれない。

「ハルちゃんて、今日転校してきたんでしょ? もしかして進藤のためとか?」

「あ、分かっちゃいます? ハルカは充先輩と一緒にいたくて、転校してきちゃったんですよぉ」

 すごい執念だ……そんなに好かれているんだね、充は。

「て、あなたはどちら様ですか? ……まさか、充先輩の恋人……」

「あー、ないない。それはないって。進藤もいい男だけど、彼氏にはしたくないタイプだし」

「ああ、それはお互い様だな。俺も、お前みたいな奴とはごめんだ。プライベートもなにもあったもんじゃないからな」

 確かに、カナメの情報網があったら、なにも隠し事はできないからね。
 
「ほんと~ですかぁ?」

「ほんとだってば。あたしは望月 カナメ。エリー──あぁ、愛理の大親友ね」

「カナメさんですか。エリー……」

 なんでそこに反応するんだい。

「なんだか可愛い呼び方ですね! ハルカもエリー先輩って呼んでいいですか?」

「べ、別に構わないけれど、そんなに気に入ったのかい?」

「はい!」

 なんだか、ボクには慣れない子だなぁ……。

「カナメ先輩も、よろしくお願いしますっ!」

「ふふ、中々可愛い後輩だ。今度、贔屓ひいきにしてあげよう」

「やったー! ……何が贔屓になるんでしょう?」

 カナメが贔屓にするといったら、やることは……
 なんだか悪い顔をしているね。

「ふふん。貴女の知らない進藤の情報を教えてあげよう!」

「おい望月! 人の情報勝手に漏洩ろうえいすんな!」
「それは是非知りたいです!」

 見事に重なって正反対の意見が。カナメはなんだか楽しそうだ。

「いいじゃん別に。減るもんじゃないし。ハルちゃんだって、なんか知りたそうだしー」

 減ると思うんだ。彼の自尊心とか、秘密とか。……彼女はすごく喜びそうだけど。

「そういう問題じゃねぇだろうが。特にそいつにだけはやめてくれ……」

「なんかすごい切実だよ、充」

「なにこの進藤、めっちゃ可愛いんですけど」

 なんだか充がかわいそうになってきたよ。

「カナメ、そろそろいじめるのはよしてあげるんだ。いくら充でも、これ以上は辛そうだよ」

「あたしは楽しいんだけどなー。ま、エリーに言われちゃ仕方ない。……て、ことだからごめんね、ハルちゃん!」

「むぅ……ハルカは残念です。充先輩のことならなんでも知りたい所存ですので。しかし、致し方ないですね。当人がダメだというなら無理強いは良くありません」

 思ったよりは話の分かる子なのかな? 結構素直に引き下がってくれたよ。……そもそも、カナメがあんなこと言い出さなければなんでもなかったんだけど。

「もういいだろ? 俺は帰らせてもらうからな。夢もついてくんなよ!」

「あ! 充先輩ダメですよ! ハルカと一緒に帰るんですから! 迎えも用意してありますからぁ!」

「いらん! 俺は一人で帰るんだ!」

 なんだか忙しそうだ。充が帰るならボクも帰るとしようかな。今日は凪くんの迎えはないみたいだし。

「なんか進藤嬉しそうじゃない?」

「そうかい?」

「あたしにはそう見えるんだよねぇ。……エリーとハルちゃんか」

 充にくっつく兎川さんとボクを交互に何度か見流している。なんだろう?

「ずっと思ってたんだけどさ」

「おい、お前が何かいおうとしてるのは分かるが、なにも言わせ」
「進藤ってもしかしてロリコン?」

 ロリ──つまり、小さな女の子が好きってことかい? まさか充がそんな趣味だったなんて……。

「違う! 断じて違う! そもそも愛理も夢も、俺は別に好きじゃねぇ!」

 予想外に飛んできた言葉に、兎川さんが落ち込み手を緩めてしまった。その隙に充は走り去ってしまう。

「あ、充先輩まってくださぁい!」

 兎川さんは、後ろを追いかけて行ってしまった。
 カナメはもうなんか、楽しそうで何よりだよ。

 ボクは……なんだろう、少しだけ寂しい気持ちになっているみたいだ。
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