江戸夢草紙 〜仇討ちから始まる町人革命〜

鈴武謙

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父の切腹、江戸追放

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――江戸・本所一丁目。

春の雨が石畳を濡らし、屋敷の門前には冷たい空気が漂っていた。
武家屋敷の門が重たく開かれた瞬間、白装束に身を包んだ男が、静かに歩み出てきた。

「……父上……!」

駆け寄ろうとする少年を、母が必死に抑える。
天野惣一郎、十歳。目の前の男は、彼の父であり、旗本・天野修斎であった。

その目は赤く充血していたが、顔に怒りも悲しみもなかった。
「惣一郎、お前は母を守れ。どんな辱めを受けようと、志を忘れるな」
言い残すと、修斎は背を向け、奥の屋敷の中へと戻っていった。

その夜、切腹。

理由は――幕府の要人に対する謀反の疑い。
だが、それが濡れ衣であることを、惣一郎は直感的に理解していた。

「父は、なにも……なにも悪くない!」
少年の叫びは、雨にかき消された。



三日後。
天野家はすべて没収され、惣一郎とその母は江戸を追放されることになった。
旗本の家に生まれ、剣術を教えられ、礼法を叩き込まれた少年が、
そのすべてを奪われ、市井の民として生きることを強いられた。

「……見ていてください、父上。
 私はいつか、この理不尽を正し、あの男に報いを与えます」

惣一郎の瞳に映っていたのは、仇――加賀屋家の家紋だった。
父を陥れた張本人。幕府の御用商人として幅を利かせる、悪名高き一族。

その日から、少年の人生は変わった。
剣を捨て、力を磨き、地を這いながらでも這い上がると誓った。

己の正しさを信じ、いつか江戸のど真ん中で、声を上げるために――。
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