江戸夢草紙 〜仇討ちから始まる町人革命〜

鈴武謙

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米一俵の奇跡

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江戸から追われた天野惣一郎と母・志乃は、浅草の裏長屋へと辿り着いた。
そこは武士の矜持など鼻で笑われる、貧しさと諦めの集まる場所だった。

「母上……お腹、すきましたか……」
惣一郎は夜明け前の市場に並び、米屋の前で余り物をもらおうと立っていた。

「おい、武家崩れの坊主。また来たのか」
店主に突き飛ばされ、尻餅をつく惣一郎。周囲の大人たちは見て見ぬふりだ。

だが、そのとき。
「兄ちゃん、大丈夫か?」と声をかけてきた少年がいた。

顔は泥で汚れていたが、目だけは異様に鋭かった。
名を信次郎。江戸の下町を牛耳る少年博徒の一人だった。

「お前、ただの坊ちゃんじゃねぇな。殴られても目ぇ死んでねぇ」
その日から、惣一郎と信次郎の奇妙な関係が始まった。



ある日、長屋の米蔵で火事が起きた。
住人たちの命の糧となる一俵の米が、火の手に包まれようとしていた。

「これを失えば……皆が飢える!」
惣一郎は躊躇なく火の中に飛び込んだ。
旗本の家で鍛えた脚力と判断力で、なんとか米俵を運び出す。

だがその瞬間、蔵が崩れ、彼の足に梁が落ちてくる――

「惣一郎ぉぉぉ!!」
信次郎が飛び込み、肩を貸して彼を引っ張り出す。
「バカかてめぇ!死ぬ気かよ!」

煙の中、二人は笑った。



数日後。
その勇気が噂となり、貧乏長屋に一人の男が訪れる。
大きな口髭を蓄えた、老舗乾物問屋の主・石川屋源左衛門である。

「お主、名をなんという?」

「天野惣一郎、元旗本の……ただの町人です」

「ふむ……よい度胸だ。その才、使ってみるか?」

こうして、惣一郎の人生初の商いが始まる。
それは――たった米一俵から始まる、壮大な逆転劇の幕開けだった。
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