江戸夢草紙 〜仇討ちから始まる町人革命〜

鈴武謙

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将軍の裁断、揺れる時代

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十月一日、未明。
江戸城西の丸御殿では、病床の将軍・徳川家慶が最後の決断を下すため、再び御前会議を召集していた。

御簾の奥。
その背中は痩せ、呼吸は浅く、それでもなお――
その姿には、“最後の統治者”としての重みが宿っていた。

その場に呼ばれたのは、三名の候補と、重臣たち。
静寂のなか、将軍はかすれた声で語り始めた。

「……我が病、もはや癒えぬ。
だがこの国には、次の手が、必要じゃ……」



まず名が挙げられたのは、桐生屋長兵衛。

「商いの秩序と幕府の安寧、我が白鷺屋がすべて引き受けます。
京の流通、江戸の帳簿、地方の両替――
これらを一つに束ね、商人の力を統治の器といたします」

その声は強く、淀みなかった。
だが、会場の空気は、どこか息苦しく、重たくなっていた。



次に進み出たのは、徳川清道。

「将軍様の後を継ぐ者として、私は“安定”を選びます。
町の声は聞きましょう。
ですが、国を動かすのはあくまで武士です」

「民に幻想を与えてはなりません。
私が成すのは、民が“安心して縛られる”秩序です」

その論理は筋が通っていた。
だが――そこに民の姿はなかった。



最後に、惣一郎が立つ。

裃に墨がにじみ、手には団子の焦げ跡が残っていた。

「私は町人です。
刀もなければ、権威もありません。
けれど――誰よりも“暮らし”を見てきました」

「子どもが笑い、親が働き、老人が見守る。
その日々の延長にしか、“政治”はありません」

「誰かに委ねるのではなく、皆で支え合う江戸。
それが、私の夢です」

彼の言葉に、将軍家慶は目を閉じた。

そして――
ゆっくりと右手を上げ、
御側衆・松平播磨守に、一枚の文を手渡した。

それは――

「江戸商人連合、正式公認」
「白鷺屋による中央統制、破棄」
「町政への町人参加、試験的導入」

という、**三つの決定が記された“将軍直筆の裁断状”**だった。



場は騒然とした。

「町人に政治を……!?」「御用金の再編が……!」

だが、家慶は静かに言った。

「民を信じられぬ者が、どうしてこの国を導けようか」

「……天野惣一郎。
そなたがその“火種”になれ。
我が命続かぬとも、町の灯が消えぬように――」

そう言い残し、将軍・徳川家慶は深く目を閉じた。

その表情は、
初めて“安心”を湛えていた。
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