追放された地味聖女が幸せになった理由〜「君の掃除スキルなど不要だ」と婚約破棄され、拾われた先は“穢れ”に覆われた呪いの公爵家でした〜

咲月ねむと

文字の大きさ
15 / 22

​第15話 輝く夜会

しおりを挟む
 ダリウス公爵邸の大広間は、かつてない熱気に包まれていた。領内の有力貴族や商家の人々が、恐る恐る、といった様子で集まっている。彼らは皆、「呪われた公爵家」の恐ろしい噂を知っていたからだ。

​「おい、聞いたか? 屋敷は瘴気にまみれ、亡霊が徘徊しているとか……」

「公爵様も、全身が黒い靄に覆われた化け物だという話だが……」

​ しかし、ホールに足を踏み入れた瞬間、彼らの懸念は驚愕へと変わった。

​「な、なんだここは!?」

​ そこにあったのは、塵一つない大理石の床、虹色の光を放つクリスタルのシャンデリア、そして窓の外に広がる、ライトアップされた美しい庭園だった。
 空気は高原のように澄み渡り、飾られた花々は瑞々しい香りを放っている。亡霊どころか、王城よりも神聖な空気が漂っていたのだ。

​「……まるで天上の宮殿だ」

​ ため息が漏れる中、ファンファーレが鳴り響いた。

​「当主、レオンハルト・ヴァン・ダリウス公爵閣下。ならびに、フローラ・メルヴィル様の入場です!」

​ 大階段の上に、二つの人影が現れた。
 漆黒の礼服を纏い、威厳に満ちた美貌の公爵。
 そしてその腕に手を添える、夜明けの空の色をしたドレスの淑女。

​ 私が緊張で足を震わせていると、レオンハルト様が耳元で囁いた。

​「堂々としていろ。今日の主役は俺じゃない、お前だ」

「でも、皆さんが見ています……」

「見せつけてやればいい。俺が手に入れた『幸福』をな」

​ 彼は不敵に笑い、私をエスコートして階段を下りた。
 その一歩ごとに、私のドレスから微細な光の粒子が舞い散る。それは演出ではない。緊張した私が無意識に漏らしてしまった『清浄化』の魔力だ。
 その光は波紋のように広がり、ゲストたちの緊張や不安、旅の疲れを優しく拭い去っていく。

​「あ、体が軽い……?」

「なんだか幸せな気分になってきたぞ」

「あの方が、噂の聖女様か……!」

​ 会場がどよめき、やがて割れんばかりの拍手が巻き起こった。恐れられていた『穢れ公爵』は、今や光の女神を連れた英雄として迎え入れられたのだ。

​ ◇

​ ダンスタイム。

 私たちはホールの中心でワルツを踊った。
 昨夜のレッスン通り、レオンハルト様のリードは完璧だった。回るたびにドレスが花のように開き、視線が絡み合う。

​「フローラ」

「はい」

「……愛している」

​ 曲の盛り上がりで、彼が音に紛れて呟いた。
 あまりに自然で、真剣な声音。

 私は驚きでステップを間違えそうになったが、彼はそれを抱き留めるように強く引き寄せた。

​「この領地も、この屋敷も、そして俺の心も。全てお前が救ってくれた。……一生、俺のそばにいてくれ」

「……はい。喜んで」

​ 私は涙をこらえて微笑んだ。
 ここが私の居場所だ。もう誰にも、地味だなんて言わせない。私はここで一番幸せな「掃除屋」になるのだから。
​ 幸せの絶頂の中、夜会は大成功を収めた。

​ ◇

​ ――一方その頃。王都、王城にて。

​「おい、どうなっているんだ!」

​ アシュリー王太子の怒号が響き渡っていた。
 彼の執務室は、かつての清潔さが嘘のように薄汚れていた。カーテンは煤け、花瓶の水は腐り、机の上には原因不明の黒いシミが広がっている。
 そして何より、彼自身の体調が悪かった。肩が重い。頭が痛い。常に何かがまとわりついているような不快感がある。

​「ミリア! 聖女の仕事はどうした! 城の結界が弱まっているのではないか?」

​ 呼び出されたミリアは、以前の派手さは見る影もなく、目の下にクマを作って震えていた。

​「や、やっていますわ! 毎日『聖なる光』を放っています! でも、汚れが落ちないんですの! 何度魔法をかけても、すぐにまた黒い靄が出てきて……」

「言い訳など聞きたくない! 国民からも苦情が殺到しているんだぞ。『最近、街が臭い』『疫病が流行りだした』とな!」

​ 王太子は頭を抱えた。

 フローラがいなくなってから一ヶ月。

 彼らはようやく気付き始めていた。
 これまで当たり前だと思っていた「快適な生活」が、誰の犠牲の上に成り立っていたのかを。

​「……フローラだ」

​ 王太子が忌々しげに、しかし縋るようにその名を呟いた。

​「あの地味な女……あいつの掃除が、実は重要だったというのか? くそっ、たかが掃除係の分際で!」

​ 彼は机を叩き、歪んだ目で側近に命じた。

​「探せ! フローラを連れ戻せ! 王太子の命令だと言えば、泣いて喜んで戻ってくるはずだ。……あの女には、俺しかいないのだからな」

​ その身勝手な命令が、北の辺境で幸せを掴んだ彼女に届くのは、もう間もなくのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜

赤紫
恋愛
 私、リリアナは前世で介護士として過労死した後、異世界で最強の癒しの力を持つ聖女に転生しました。でも完璧すぎる治療魔法を「異常」と恐れられ、婚約者の王太子から「君の力は危険だ」と婚約破棄されて魔獣の森に追放されてしまいます。  絶望の中で瀕死の隣国王子を救ったところ、「君は最高だ!」と初めて私の力を称賛してくれました。新天地では「真の聖女」と呼ばれ、前世の介護経験も活かして疫病を根絶!魔獣との共存も実現して、国民の皆さんから「ありがとう!」の声をたくさんいただきました。  そんな時、私を捨てた元の国で災いが起こり、「戻ってきて」と懇願されたけれど——「私を捨てた国には用はありません」。  今度こそ私は、私を理解してくれる人たちと本当の幸せを掴みます!

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

処理中です...