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第9話 お茶の時間なんです
私の家の、いつも通りの穏やかな午後。
テーブルの上には、アーマーさんが淹れてくれた温かい紅茶と、焼きたての木の実のクッキーが並んでいる。
床では巨大な愛犬モフが気持ちよさそうに寝息を立て、天井裏からはエンシェントさんのいびきが微かに聞こえる。
完璧なスローライフの光景だ。
――床にツノの生えた高位魔物が気絶して転がっていることを除けば。
「さ、アレクも遠慮しないで。そのクッキー、自信作なのよ」
「あ、は、はい……いただきます……」
私の向かいに座るアレクは、ガチガチに緊張した様子で紅茶のカップを手に取った。彼女の視線は、紅茶とクッキー、床に転がる魔物の間を絶えずさまよっている。
落ち着かないのも無理はない。
「さて、と」
私はクッキーを一枚つまんで、口に放り込んだ。サクサクとした食感と、木の実の香ばしさが口いっぱいに広がる。うん、美味しい。
「まずは、このお客さんを起こさないとね」
そこに気絶している角あり将軍に向かって、指をぱちんと鳴らした。
「目覚めの光よ、その魂を優しく揺り起こせ――『リフレッシュ・ヒール』」
ふわり、と将軍の体を柔らかい光が包み込む。これは疲労や怪我を回復させ、ついでに二日酔いにも効く、とっても便利な生活魔法だ。
「……ん……う……?」
将軍は、うめき声と共にゆっくりと目を開けた。そして数秒間、自分がどこにいるのか分からないといった様子で天井を見つめていたが、やがて記憶が繋がったらしい。
私の顔を見るなり絶叫したのだ。
「ぎゃああああああああっ! で、出たああああああっ!」
「こんにちは。よく眠れたかしら?」
「ひぃぃぃっ! わ、我を……殺す気か……!」
ガタガタと震えながら後ずさる将軍に、私はにっこりと人の良さそうな笑みを向ける。
「殺すだなんて、物騒なこと言わないで。私はただ、あなたとお話がしたいだけ。ね?」
そう言って、お皿に乗ったクッキーを一枚、彼の目の前に差し出した。
「お茶請けに、クッキーはいかが?」
「………………………………」
将軍は、私の笑顔とクッキーを交互に見比べ、恐怖のあまり逆にスン、と真顔になった。
感情の処理が追いつかなくなったらしい。
「い、いらない……です……」
「そう? 残念。じゃあ、本題に入りましょうか」
私はクッキーを自分の口に戻すと、紅茶で喉を潤した。
「単刀直入に聞くわ。どうして私の森に火をつけたの? 誰の命令?」
途端に将軍の顔から血の気が引いた。その瞳には、私に対する恐怖とは別の、もっと根源的な恐怖の色が浮かんでいる。
「そ、それは……言えぬ……。言えば、魂ごと消滅させられてしまう……!」
「あらあら。それは怖い契約ね」
どうやら、口封じの呪いでもかけられているらしい。面倒くさい。
無理に聞き出そうとしても彼の魂が危ない。かといって、このまま帰すわけにもいかない。
「うーん、どうしたものかしら……」
腕を組んで悩んでいると、天井から、のそりと巨大な龍の顔が逆さまに現れた。
「リリちーん。なんだか香ばしい匂いがすると思ったら、美味そうなのが転がっとるのう」
エンシェントさんだ。
どうやらクッキーの匂いで起きてきたらしい。
「こ、これは……夕飯のおかずかい?」
「ぎぃやああああああああああああああああああああ!?!?!?」
エンシェントドラゴンの登場に、将軍は本日何度目か分からない絶叫を上げた。さっきまでの威厳はどこへやら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。
「エンシェントさん、これはお客さんよ。食べちゃダメ」
「ちぇっ。そうかい。……まあ、骨が多そうで、あまり美味そうでもないか」
そう言うと、エンシェントさんは興味を失ったように、また天井裏へと引っ込んでいった。
さて、と。
私は、腰を抜かしてへたり込んでいる将軍に、もう一度視線を戻す。
「……で、話の続き、聞かせてもらえるかしら?」
「は、はいぃぃぃぃぃぃっ! お話しさせていただきますぅぅぅぅぅ!」
龍の恐怖は、契約の恐怖を上回ったらしい。
将軍は全てを話し始めた。
一つ、彼らを召喚し、操っているのは、『マラコー』と名乗る闇の魔術師であること。
二つ、マラコーの目的は、王都を混乱に陥れ、その隙にこの『曰く付きの森』に眠る強大な魔力源を手に入れること。
三つ、その魔力源とやらの具体的な場所は知らされず、ただ森を探索し、邪魔な存在――『森の賢者』を排除しろと命じられたこと。
「なるほどねえ。魔力源……」
心当たりは、ない。
でも、私の知らないところで、私の庭が狙われている、というのは、非常にとてつもなく不愉快だ。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! もう二度と逆らいませんから! 命だけは……!」
床に額をこすりつけて命乞いをする将軍。
ふむ。一通り情報は聞き出せたし、もう用はないわね。
「分かったわ。もういいわよ」
「! ほ、本当ですか!?」
「ええ。ただし……」
私は立ち上がると、将軍の頭上に、そっと手のひらをかざした。
「あなたには、ここで第二の人生を歩んでもらうわ。森を燃やした罪は、森に尽くすことで償ってもらうのが一番でしょ?」
私の手から、暖かく、抗いがたいほどの優しい光が溢れ出す。それは邪悪な魔力を浄化し、魂の本質を書き換える、生活魔法の奥義。
「――『心の大掃除』」
光が将軍の全身を包み込み、そしてゆっくりと消えていく。
光が晴れた後。
そこに立っていたのは、さっきまでの禍々しい高位の魔物ではなかった。
手には小さなじょうろを持ち、なぜか花柄のエプロンを身につけ、どこか気の抜けた穏やかな表情を浮かべている。
「……あれ? わたしは……ここで、なにを……?」
「おはよう、お兄ちゃん」
「おにい……ちゃん……?」
「そう。あなたには、今日からうちのガーデニング担当になってもらうわ。よろしくね」
私がにっこり笑いかけると、元・将軍の『お兄ちゃん』は、ぽかんとした顔で満更でもなさそうに頷いた。
「……は、はい! がんばります!」
こうして我が家に新しい家族(庭師)が一人増えた。
一件落着、一件落落着。
「さて、と」
私は、この世の全てを諦めたような顔でクッキーを咀嚼しているアレクに向き直った。
「話が長引いちゃったわね。それで王都には帰れそう?」
「……」
アレクは無言で首を横に振った。
「マラコーとかいう魔術師が、私の庭を狙っている以上、もうあなただけの問題じゃなくなったみたいね」
私は、大きく、本当に大きいため息をついた。
「はぁ……。冒険に出る前に、まず、自宅周辺の大掃除から始めないといけなくなったじゃない……」
テーブルの上には、アーマーさんが淹れてくれた温かい紅茶と、焼きたての木の実のクッキーが並んでいる。
床では巨大な愛犬モフが気持ちよさそうに寝息を立て、天井裏からはエンシェントさんのいびきが微かに聞こえる。
完璧なスローライフの光景だ。
――床にツノの生えた高位魔物が気絶して転がっていることを除けば。
「さ、アレクも遠慮しないで。そのクッキー、自信作なのよ」
「あ、は、はい……いただきます……」
私の向かいに座るアレクは、ガチガチに緊張した様子で紅茶のカップを手に取った。彼女の視線は、紅茶とクッキー、床に転がる魔物の間を絶えずさまよっている。
落ち着かないのも無理はない。
「さて、と」
私はクッキーを一枚つまんで、口に放り込んだ。サクサクとした食感と、木の実の香ばしさが口いっぱいに広がる。うん、美味しい。
「まずは、このお客さんを起こさないとね」
そこに気絶している角あり将軍に向かって、指をぱちんと鳴らした。
「目覚めの光よ、その魂を優しく揺り起こせ――『リフレッシュ・ヒール』」
ふわり、と将軍の体を柔らかい光が包み込む。これは疲労や怪我を回復させ、ついでに二日酔いにも効く、とっても便利な生活魔法だ。
「……ん……う……?」
将軍は、うめき声と共にゆっくりと目を開けた。そして数秒間、自分がどこにいるのか分からないといった様子で天井を見つめていたが、やがて記憶が繋がったらしい。
私の顔を見るなり絶叫したのだ。
「ぎゃああああああああっ! で、出たああああああっ!」
「こんにちは。よく眠れたかしら?」
「ひぃぃぃっ! わ、我を……殺す気か……!」
ガタガタと震えながら後ずさる将軍に、私はにっこりと人の良さそうな笑みを向ける。
「殺すだなんて、物騒なこと言わないで。私はただ、あなたとお話がしたいだけ。ね?」
そう言って、お皿に乗ったクッキーを一枚、彼の目の前に差し出した。
「お茶請けに、クッキーはいかが?」
「………………………………」
将軍は、私の笑顔とクッキーを交互に見比べ、恐怖のあまり逆にスン、と真顔になった。
感情の処理が追いつかなくなったらしい。
「い、いらない……です……」
「そう? 残念。じゃあ、本題に入りましょうか」
私はクッキーを自分の口に戻すと、紅茶で喉を潤した。
「単刀直入に聞くわ。どうして私の森に火をつけたの? 誰の命令?」
途端に将軍の顔から血の気が引いた。その瞳には、私に対する恐怖とは別の、もっと根源的な恐怖の色が浮かんでいる。
「そ、それは……言えぬ……。言えば、魂ごと消滅させられてしまう……!」
「あらあら。それは怖い契約ね」
どうやら、口封じの呪いでもかけられているらしい。面倒くさい。
無理に聞き出そうとしても彼の魂が危ない。かといって、このまま帰すわけにもいかない。
「うーん、どうしたものかしら……」
腕を組んで悩んでいると、天井から、のそりと巨大な龍の顔が逆さまに現れた。
「リリちーん。なんだか香ばしい匂いがすると思ったら、美味そうなのが転がっとるのう」
エンシェントさんだ。
どうやらクッキーの匂いで起きてきたらしい。
「こ、これは……夕飯のおかずかい?」
「ぎぃやああああああああああああああああああああ!?!?!?」
エンシェントドラゴンの登場に、将軍は本日何度目か分からない絶叫を上げた。さっきまでの威厳はどこへやら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。
「エンシェントさん、これはお客さんよ。食べちゃダメ」
「ちぇっ。そうかい。……まあ、骨が多そうで、あまり美味そうでもないか」
そう言うと、エンシェントさんは興味を失ったように、また天井裏へと引っ込んでいった。
さて、と。
私は、腰を抜かしてへたり込んでいる将軍に、もう一度視線を戻す。
「……で、話の続き、聞かせてもらえるかしら?」
「は、はいぃぃぃぃぃぃっ! お話しさせていただきますぅぅぅぅぅ!」
龍の恐怖は、契約の恐怖を上回ったらしい。
将軍は全てを話し始めた。
一つ、彼らを召喚し、操っているのは、『マラコー』と名乗る闇の魔術師であること。
二つ、マラコーの目的は、王都を混乱に陥れ、その隙にこの『曰く付きの森』に眠る強大な魔力源を手に入れること。
三つ、その魔力源とやらの具体的な場所は知らされず、ただ森を探索し、邪魔な存在――『森の賢者』を排除しろと命じられたこと。
「なるほどねえ。魔力源……」
心当たりは、ない。
でも、私の知らないところで、私の庭が狙われている、というのは、非常にとてつもなく不愉快だ。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! もう二度と逆らいませんから! 命だけは……!」
床に額をこすりつけて命乞いをする将軍。
ふむ。一通り情報は聞き出せたし、もう用はないわね。
「分かったわ。もういいわよ」
「! ほ、本当ですか!?」
「ええ。ただし……」
私は立ち上がると、将軍の頭上に、そっと手のひらをかざした。
「あなたには、ここで第二の人生を歩んでもらうわ。森を燃やした罪は、森に尽くすことで償ってもらうのが一番でしょ?」
私の手から、暖かく、抗いがたいほどの優しい光が溢れ出す。それは邪悪な魔力を浄化し、魂の本質を書き換える、生活魔法の奥義。
「――『心の大掃除』」
光が将軍の全身を包み込み、そしてゆっくりと消えていく。
光が晴れた後。
そこに立っていたのは、さっきまでの禍々しい高位の魔物ではなかった。
手には小さなじょうろを持ち、なぜか花柄のエプロンを身につけ、どこか気の抜けた穏やかな表情を浮かべている。
「……あれ? わたしは……ここで、なにを……?」
「おはよう、お兄ちゃん」
「おにい……ちゃん……?」
「そう。あなたには、今日からうちのガーデニング担当になってもらうわ。よろしくね」
私がにっこり笑いかけると、元・将軍の『お兄ちゃん』は、ぽかんとした顔で満更でもなさそうに頷いた。
「……は、はい! がんばります!」
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「さて、と」
私は、この世の全てを諦めたような顔でクッキーを咀嚼しているアレクに向き直った。
「話が長引いちゃったわね。それで王都には帰れそう?」
「……」
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