お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます

咲月ねむと

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​第29話 呪われたティアラ

 ​建国記念の祝賀会当日は、雲一つない晴天だった。
 王宮で最も大きなホールは、国中の王侯貴族が一堂に会し、きらびやかなドレスや宝飾品の輝きで昼間だというのに星空のように煌めいていた。

 ​その全ての視線が、今、ホールへと入場する私とカイ様に集中している。好奇心、嫉妬、期待、そして侮蔑。
 様々な感情が渦巻く中、カイ様は少しも動じることなく、私を守るように、その背筋を凛と伸ばしていた。

​「まぁ、辺境からいらっしゃった聖女様ですこと」
「お噂はかねがね…。一体、どれほどのものか」

 ​ひそひそと交わされる会話。
 私はカイ様から贈られた美しい夜空色のドレスを身にまとっている。もちろん、そのスカートの隠しポケットには、選りすぐりの携帯用お掃除道具一式が完璧な状態で忍ばせてある。

 ​やがて、祝賀会が中盤に差し掛かった頃。
 国王陛下の隣に立つ王妃様がにこやかに口を開いた。

​「皆様、本日は喜ばしい余興がございます。我が国の新たなる光、『辺境の聖女』アリシア様に、その奇跡の御力の一端を、お示しいただきましょう!」

 ​その言葉を合図にイザベラ公爵夫人が勝ち誇ったような笑みを浮かべて、前に進み出た。

​「皆様、こちらをご覧ください」

 ​夫人が厳かに言うと、二人の屈強な衛兵が物々しくビロードの座布団に乗せられた一つのティアラを運んできた。そのティアラが姿を現した瞬間、ホールは水を打ったように静まり返り、あちこちから息をのむ音が聞こえた。
 ​それは、かつては美しかったであろう、大粒の宝石がいくつもはめ込まれた豪華なティアラだった。しかし、今は全体が黒ずみ、宝石は濁り、まるで闇そのものから削り出されたかのように、邪悪で禍々しいオーラを放っている。

​「これは、我が王家に代々伝わる『嘆きのティアラ』。身につけようとした者に、必ずや不幸をもたらすという、呪われた宝具にございます」

 ​イザベラ夫人の説明に、貴族たちは顔を青ざめさせる。

​「さぁ、聖女アリシア殿。もしあなた様が本物の聖女であるならば、このティアラにかけられた忌まわしき呪いを、浄化できるはずですわね?」

 ​挑戦的な視線。
 断れば偽物と罵られ、失敗すれば笑いものになる。完璧な罠だった。

 ホール中の視線が、私に突き刺さる。カイ様が、私の手を固く握りしめたのが分かった。

 ​しかし、私は。

​「まぁ…!」

 ​私の口から漏れたのは、恐怖のため息ではなく、歓喜に満ちた感嘆の声だった。

​(なんてことでしょう……!この黒ずみは、単なる銀の酸化ではないわ!長年の埃、人の皮脂、そして魔力的な何かが複雑に絡み合って化学変化を起こした、100年モノのハイブリッドな汚れ…!宝石の濁りも、内部のインクルージョンにまで汚れが浸透している!なんて、なんて磨きがいのある、最高難易度のお掃除対象なのかしら!)

 ​私は心配そうにこちらを見るカイ様に向かって、にっこりと最高の笑顔で頷いた。

​「カイ様、見ていてくださいませ。わたくしの、最高の『技』をお見せしますわ!」

 ​そう言うと、私はスカートの隠しポケットから愛用のセーム革と、小さなボウル、そして数種類の液体が入った小瓶を取り出した。
 ​そして固唾をのんで見守る王侯貴族たちの前で、ドレスの袖をきゅっとたくし上げると、ティアラが置かれたテーブルの前へと、意気揚々と進み出たのだ。

 ​祈るでもなく、聖句を唱えるでもなく、物理的にお掃除の準備を始める私の姿に、ホールにいる誰もが、あっけにとられて言葉を失っている。

 ​私は、そんな彼らの前で高らかに宣言した。

​「では、皆様!これより、『100年汚れの呪われたティアラ』公開クリーニングを始めさせていただきます!」

 ​前代未聞の公開お掃除が始まったのだ。
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