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第3話 聖女の秘密
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どれくらい馬車に揺られていただろうか。
夜会の緊張と疲労から、私はいつの間にかカイザー陛下の腕の中で眠ってしまっていたらしい。
ふと意識が浮上し、ゆっくりと目を開けると、そこは豪華な天蓋付きのベッドの上だった。
柔らかな羽根布団に、シルクのように滑らかなシーツ。壁には優美な絵画が飾られ、窓の外からは柔らかな朝日が差し込んでいる。私の着ていた夜会服は、いつの間にか肌触りの良いシンプルなネグリジェに変わっていた。
「気がついたか」
凛とした声に振り返ると、窓辺の椅子に、カイザー陛下が腰掛けていた。
夜会の軍服ではなく、動きやすそうな黒いシャツ姿で足を組んで書物を読んでいる。朝日に照らされたその横顔は、彫刻のように美しかった。
「おはよう、エリアーナ。よく眠れたか?」
「へ、陛下……! わ、私は、とんでもない無礼を……!」
慌ててベッドから起き上がろうとする私を、陛下は「そのままでいい」と手で制した。
「疲れていたのだろう。ここはもう、君の家なのだから、気楽にするといい」
「私の、家……?」
「そうだ」
カイザー陛下は書物を閉じると、立ち上がってベッドのそばまでやって来た。そして、私の隣に静かに腰を下ろす。すぐそばに感じる陛下の体温に、私の心臓がまたしても跳ね上がった。
「あの、陛下……昨夜、仰っていた『聖女』とは、一体どういうことなのでしょうか。私は、魔力の少ない、ただの……」
「魔力が少ない、か」
陛下は私の言葉を遮ると、ふっと優しい笑みを浮かべた。冷徹と噂される彼の初めて見る柔らかな表情だった。
「君がそう思い込んでいるのも無理はない。君の力は、一般的な魔力とはまったく性質が違うものだからだ」
陛下は私の手を取り、その手の甲に、ご自身の指をそっと滑らせた。
「君が発しているのは、『魔力』ではなく『聖気』だ。万物を癒し、育む、慈愛の力。伝説にしか存在しない、初代聖女様と同じ、最高位の治癒と浄化の力だよ」
「せ、聖気……?」
「君は、無意識のうちにその聖気を常に周囲に放出し続けていた。君が生まれ育ったヴィステル伯爵領が、王国で最も豊かだったのはそのためだ。そして、君が王太子妃候補として王都に来てからは、王都全体がその恩恵を受けていた」
陛下の言葉に、私は息を呑んだ。
言われてみれば、おかしなことがあった。私が世話をした庭の花は、いつも他の場所より美しく咲き誇った。私が傍にいると、怪我をした小動物の傷がすぐに癒えた。
魔力がないから、せめてできることを、と心を込めていただけなのに。あれは、すべてこの『聖気』の力だったというのだろうか。
「力を無意識に垂れ流し続けていたせいで、君の体内には常に最低限の力しか残っていなかった。だから、魔力測定の儀式では『魔力なし』と判断されてしまったのだろう。なんと皮肉なことか」
カイザー陛下は、愛おしむように私の手を握りしめる。
「だが、もう心配はいらない。この帝国で、君の力の正しい使い方を教えよう。もう、誰にも君を無能などとは言わせない」
真摯な深紅の瞳に見つめられ、私の胸の奥がじんわりと温かくなる。
生まれて初めてだった。
私のありのままを認め、その価値を信じてくれる人に出会えたのは。
「なぜ……陛下は、私のことにお気づきに?」
「我がヴァルヘイム皇族は、代々『破邪の瞳』を受け継いでいる。邪気や瘴気といった負の力と、その対極にある聖なる力を見極めることができるのだ。君が夜会の場に現れた瞬間、分かった。長年探し求めていた、我が国の、そして私の運命の相手が現れたと」
熱っぽい言葉と共に、陛下は握っていた私の手の甲に、そっと唇を寄せた。
その柔らかな感触に、私の頬がカッと熱くなる。
心臓が、今にも張り裂けてしまいそうだった。
夜会の緊張と疲労から、私はいつの間にかカイザー陛下の腕の中で眠ってしまっていたらしい。
ふと意識が浮上し、ゆっくりと目を開けると、そこは豪華な天蓋付きのベッドの上だった。
柔らかな羽根布団に、シルクのように滑らかなシーツ。壁には優美な絵画が飾られ、窓の外からは柔らかな朝日が差し込んでいる。私の着ていた夜会服は、いつの間にか肌触りの良いシンプルなネグリジェに変わっていた。
「気がついたか」
凛とした声に振り返ると、窓辺の椅子に、カイザー陛下が腰掛けていた。
夜会の軍服ではなく、動きやすそうな黒いシャツ姿で足を組んで書物を読んでいる。朝日に照らされたその横顔は、彫刻のように美しかった。
「おはよう、エリアーナ。よく眠れたか?」
「へ、陛下……! わ、私は、とんでもない無礼を……!」
慌ててベッドから起き上がろうとする私を、陛下は「そのままでいい」と手で制した。
「疲れていたのだろう。ここはもう、君の家なのだから、気楽にするといい」
「私の、家……?」
「そうだ」
カイザー陛下は書物を閉じると、立ち上がってベッドのそばまでやって来た。そして、私の隣に静かに腰を下ろす。すぐそばに感じる陛下の体温に、私の心臓がまたしても跳ね上がった。
「あの、陛下……昨夜、仰っていた『聖女』とは、一体どういうことなのでしょうか。私は、魔力の少ない、ただの……」
「魔力が少ない、か」
陛下は私の言葉を遮ると、ふっと優しい笑みを浮かべた。冷徹と噂される彼の初めて見る柔らかな表情だった。
「君がそう思い込んでいるのも無理はない。君の力は、一般的な魔力とはまったく性質が違うものだからだ」
陛下は私の手を取り、その手の甲に、ご自身の指をそっと滑らせた。
「君が発しているのは、『魔力』ではなく『聖気』だ。万物を癒し、育む、慈愛の力。伝説にしか存在しない、初代聖女様と同じ、最高位の治癒と浄化の力だよ」
「せ、聖気……?」
「君は、無意識のうちにその聖気を常に周囲に放出し続けていた。君が生まれ育ったヴィステル伯爵領が、王国で最も豊かだったのはそのためだ。そして、君が王太子妃候補として王都に来てからは、王都全体がその恩恵を受けていた」
陛下の言葉に、私は息を呑んだ。
言われてみれば、おかしなことがあった。私が世話をした庭の花は、いつも他の場所より美しく咲き誇った。私が傍にいると、怪我をした小動物の傷がすぐに癒えた。
魔力がないから、せめてできることを、と心を込めていただけなのに。あれは、すべてこの『聖気』の力だったというのだろうか。
「力を無意識に垂れ流し続けていたせいで、君の体内には常に最低限の力しか残っていなかった。だから、魔力測定の儀式では『魔力なし』と判断されてしまったのだろう。なんと皮肉なことか」
カイザー陛下は、愛おしむように私の手を握りしめる。
「だが、もう心配はいらない。この帝国で、君の力の正しい使い方を教えよう。もう、誰にも君を無能などとは言わせない」
真摯な深紅の瞳に見つめられ、私の胸の奥がじんわりと温かくなる。
生まれて初めてだった。
私のありのままを認め、その価値を信じてくれる人に出会えたのは。
「なぜ……陛下は、私のことにお気づきに?」
「我がヴァルヘイム皇族は、代々『破邪の瞳』を受け継いでいる。邪気や瘴気といった負の力と、その対極にある聖なる力を見極めることができるのだ。君が夜会の場に現れた瞬間、分かった。長年探し求めていた、我が国の、そして私の運命の相手が現れたと」
熱っぽい言葉と共に、陛下は握っていた私の手の甲に、そっと唇を寄せた。
その柔らかな感触に、私の頬がカッと熱くなる。
心臓が、今にも張り裂けてしまいそうだった。
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