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第5話 初めての安らぎ
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故国アステルが災厄の足音に怯え始めていることなど、今のエリアーナには知る由もなかった。
帝国に来てからというもの、彼女は生まれて初めてと言っていいほど、穏やかで満たされた日々を過ごしていた。
「エリアーナ様、朝でございます」
優しく穏やかな声と共に、専属の侍女であるアンナがカーテンを開ける。窓から差し込む柔らかな光が、広々とした部屋を照らし出した。私が故国で与えられていた、物置同然の薄暗い部屋とは何もかもが違う。
「おはよう、アンナ」
「おはようございます。今朝の朝食は、厨房が腕によりをかけて、エリアーナ様がお好きだと伺ったベリーのパンケーキをご用意しておりますよ」
アンナはにこやかに微笑む。
昨日、カイザー陛下との食事の際に、何気なく「甘いものが好きです」と口にしただけなのに。その一言が、すぐに料理長にまで伝わっていることに驚きを隠せない。
食卓につけば、温かいスープに、新鮮なサラダ、そしてふかふかのパンケーキが並んでいた。どれも、私の口に合うようにと、優しい味付けがされている。
向かいに座るカイザー陛下が、満足そうに私を見ていた。
「口に合うか?」
「は、はい……とても、美味しいです」
「そうか、それは良かった。何か食べたいものがあれば、何でも言うといい。君のための料理人だ」
あまりにも自然に告げられる言葉の一つ一つに、どう反応していいのか分からず、私の心臓はいつも忙しなく動いていた。
食事の後、アンナに手伝ってもらいながらドレスに着替える。用意された衣装部屋には、これまで見たこともないような美しいドレスがずらりと並んでいた。
「私は、こんなに素敵な服をいただく資格なんて……」
「何を仰いますか」
アンナは鏡の前に座る私の髪を優しい手つきで梳かしながら言った。
「エリアーナ様は、月の光を溶かしたような銀の髪も、澄んだ湖のような青い瞳も、本当にお美しい方です。陛下が夢中になられるのも分かりますわ」
「……!」
「陛下は、エリアーナ様がこの国に来られてから、本当によく笑われるようになったのです。私たち使用人も、とても嬉しく思っております」
その言葉に、胸の奥がじん、と温かくなった。
ここでは、誰も私を「出来損ない」と蔑まない。「無能」だとののしらない。
私が私であること、ただここにいることを、皆が喜んでくれている。
その事実に知らず、私の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、これまで流してきた悔しさや悲しみの涙とは違う、温かくて、しょっぱい涙だった。
その日の夕食後、カイザー陛下が私の部屋を訪れた。
「少し、疲れた顔をしているな」
心配そうに私の頬に触れる、彼の大きな手。その温かさに、なぜか安心してしまいそうになる。
「いいや、そんなことは……」
「そうか? 気分転換に、少し夜風にあたらないか。我が国の庭園は、夜も美しいんだ」
カイザー陛下はそう言うと、まるで王子様がするように、私にそっと手を差し出した。
その手を取ることを、私はもう、ためらわなかった。
帝国に来てからというもの、彼女は生まれて初めてと言っていいほど、穏やかで満たされた日々を過ごしていた。
「エリアーナ様、朝でございます」
優しく穏やかな声と共に、専属の侍女であるアンナがカーテンを開ける。窓から差し込む柔らかな光が、広々とした部屋を照らし出した。私が故国で与えられていた、物置同然の薄暗い部屋とは何もかもが違う。
「おはよう、アンナ」
「おはようございます。今朝の朝食は、厨房が腕によりをかけて、エリアーナ様がお好きだと伺ったベリーのパンケーキをご用意しておりますよ」
アンナはにこやかに微笑む。
昨日、カイザー陛下との食事の際に、何気なく「甘いものが好きです」と口にしただけなのに。その一言が、すぐに料理長にまで伝わっていることに驚きを隠せない。
食卓につけば、温かいスープに、新鮮なサラダ、そしてふかふかのパンケーキが並んでいた。どれも、私の口に合うようにと、優しい味付けがされている。
向かいに座るカイザー陛下が、満足そうに私を見ていた。
「口に合うか?」
「は、はい……とても、美味しいです」
「そうか、それは良かった。何か食べたいものがあれば、何でも言うといい。君のための料理人だ」
あまりにも自然に告げられる言葉の一つ一つに、どう反応していいのか分からず、私の心臓はいつも忙しなく動いていた。
食事の後、アンナに手伝ってもらいながらドレスに着替える。用意された衣装部屋には、これまで見たこともないような美しいドレスがずらりと並んでいた。
「私は、こんなに素敵な服をいただく資格なんて……」
「何を仰いますか」
アンナは鏡の前に座る私の髪を優しい手つきで梳かしながら言った。
「エリアーナ様は、月の光を溶かしたような銀の髪も、澄んだ湖のような青い瞳も、本当にお美しい方です。陛下が夢中になられるのも分かりますわ」
「……!」
「陛下は、エリアーナ様がこの国に来られてから、本当によく笑われるようになったのです。私たち使用人も、とても嬉しく思っております」
その言葉に、胸の奥がじん、と温かくなった。
ここでは、誰も私を「出来損ない」と蔑まない。「無能」だとののしらない。
私が私であること、ただここにいることを、皆が喜んでくれている。
その事実に知らず、私の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、これまで流してきた悔しさや悲しみの涙とは違う、温かくて、しょっぱい涙だった。
その日の夕食後、カイザー陛下が私の部屋を訪れた。
「少し、疲れた顔をしているな」
心配そうに私の頬に触れる、彼の大きな手。その温かさに、なぜか安心してしまいそうになる。
「いいや、そんなことは……」
「そうか? 気分転換に、少し夜風にあたらないか。我が国の庭園は、夜も美しいんだ」
カイザー陛下はそう言うと、まるで王子様がするように、私にそっと手を差し出した。
その手を取ることを、私はもう、ためらわなかった。
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