婚約破棄されたので「もふもふカフェ」を田舎で開きます~え、公爵様も常連になりたいんですか?~

咲月ねむと

文字の大きさ
1 / 4

1話 さよなら、王太子様

しおりを挟む
「リレット・バーンズ! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」

 王城の大広間。きらびやかなシャンデリアの下で王太子ジェラールの甲高い声が響き渡った。
 音楽は止まり、ダンスを楽しんでいた貴族たちの視線が一斉に私たちに集まる。

 私の目の前には、勝ち誇った顔のジェラール殿下と、その腕にしなだれかかる男爵令嬢、ミナの姿があった。ピンク色の髪を揺らし、ミナは潤んだ瞳でこちらを見ている。

「ジェラール様ぁ……リレット様が怖いですぅ」

「大丈夫だ、僕が守る。リレット! 貴様はミナへの嫉妬に狂い、彼女の教科書を隠したり、靴に画鋲を入れたりしたそうだな。未来の王妃としてあるまじき陰湿さだ!」

 ……あーあ。また始まった。

 私は扇で口元を隠しながら、小さくため息をついた。

 教科書を隠す? 靴に画鋲?

 そんな暇があるなら、私は部屋で愛読書の『世界の珍獣図鑑』を読んでいたい。
 そもそも私の生家は由緒ある公爵家だ。そんな古典的な嫌がらせ、メイドにだってさせない。

 弁明してもいいけれど、殿下の目は完全に「正義のヒーロー」になりきって酔いしれている。
 何を言っても無駄だろう。

 それに何より――。

(……これ、チャンスなんじゃない?)

 私の胸の奥で何かがパチンと弾けた。
 厳しい王妃教育。分刻みのスケジュール。愛想笑いばかりの茶会。そして話の通じないナルシストな婚約者。

 幼い頃に前世の記憶、日本で動物カフェの店員をしていた記憶を取り戻してから、この堅苦しい生活はずっと息苦しかった。
 いつか自由になりたい。田舎で、動物たちに囲まれて暮らしたい。

 その夢が、今、向こうから転がり込んできたのだ。

「沈黙は肯定とみなす! 衛兵、こやつを……」

「承知いたしました」

 殿下の言葉を遮り、私は優雅にカーテシーをした。そのあまりに流麗な所作に殿下が言葉を詰まらせる。

「殿下のお心は、よくわかりました。真実の愛を見つけられたのですね」

「え、あ、あぁ。そうだ。ミナこそが僕の運命の相手……」

「左様でございますか。不肖私では、殿下のお支えは難しかったということでしょう。潔く身を引かせていただきます」

 私はスッと顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
 そう、それはもう、今日一番の輝くような笑顔で。

「婚約破棄、謹んでお受けいたします! どうぞお二人は末永くお幸せに!」

「は……?」

 殿下がぽかんと口を開ける。
 周囲の貴族たちがざわめき始めた。

「あんなに嬉しそうな顔、見たことないぞ」

「まさか、リレット様も限界だったのでは……」

 なんて声が聞こえるけれど気にしない。

「私はこれで失礼します!」

 私は踵を返すと、呆気にとられる殿下たちを置き去りにして颯爽と広間を後にした。
 背後で「ま、待て! 泣いて縋るんじゃないのか!?」という声が聞こえた気がしたが、私の耳にはもう届かない。

 大広間の扉を抜けた瞬間、私はドレスの裾をまくり上げ、廊下を走った。

 走って、走って、王城の馬車へ。

「御者さん! 屋敷まで全速力で!」

「は、はい!? リレットお嬢様!?」

 屋敷に帰ったら、すぐに荷造りだ。
 ドレスも宝石もいらない。必要なのは、動きやすい服と、あるだけのお金、そして魔法道具一式。

 目指すは、亡きお祖母様が遺してくれた、国境近くの森の奥にある別荘。
 あそこなら豊かな自然と珍しい動物たちがたくさんいるはずだ。

「やった……やったわ! やっと自由よー!」

 馬車の中で、私は両手を突き上げた。
 窓から見える夜空の星が、私の新しい門出を祝福しているようにキラキラと輝いていた。

 こうして私は、王都の喧騒と面倒な元婚約者を捨て、憧れのスローライフへと旅立ったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので、もうあなたを想うのはやめます

藤原遊
恋愛
王城の舞踏会で、公爵令息から一方的に婚約破棄を告げられた令嬢。 彼の仕事を支えるため領地運営を担ってきたが、婚約者でなくなった以上、その役目を続ける理由はない。 去った先で彼女の能力を正当に評価したのは、軍事を握る王弟辺境伯だった。 想うことをやめた先で、彼女は“対等に必要とされる場所”を手に入れる。

悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました

あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。 そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。 平民出身のヒロインの「善意」、 王太子の「優しさ」、 そしてそれらが生み出す無数の歪み。 感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。 やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。 それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。 なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。 これは、 「断罪される側」が最後まで正しかった物語。 そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。

平手打ちされたので、婚約破棄宣言に拳でお答えしました

Megumi
恋愛
婚約破棄を告げられ、婚約者に平手打ちされた——その瞬間。 伯爵令嬢イヴの拳が炸裂した。 理不尽に耐える淑女の時代は、もう終わり。 これは“我慢しない令嬢”が、これまでの常識を覆す話。

『姉に全部奪われた私、今度は自分の幸せを選びます ~姉の栄光を支える嘘を、私は一枚ずつ剥がす~』

六角
恋愛
復讐はしない。——ただ「嘘」を回収する。 礼儀と帳簿で宮廷の偽りを詰ませる“監査官令嬢”の華麗なる逆転劇。 王家献上宝飾の紛失事件で濡れ衣を着せられ、家族にも婚約者にも捨てられて追放された子爵家次女リリア。  数年後、彼女は王妃直属の「臨時監査官」として、再び宮廷の土を踏む。  そこで待っていたのは、「慈愛の聖女」として崇められる姉セシリアと、彼女に心酔する愚かな貴族たち。しかし、姉の栄光の裏には、横領、洗脳、そして国を揺るがす「偽造魔石」の陰謀が隠されていた。  「復讐? いいえ、これは正当な監査です」  リリアは感情に流されず、帳簿と証拠、そして真実を映す「プリズム」を武器に、姉が築き上げた嘘の城を一枚ずつ剥がしていく。  孤立無援の彼女を支えるのは、氷のように冷徹な宰相補佐レオンハルトと、豪快な近衛騎士団長カミュ。  やがてリリアは、国中を巻き込んだ姉の洗脳計画を打ち砕き、自分自身の幸せと、不器用な宰相補佐からの溺愛を手に入れる——。

裁判を無効にせよ! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!

サイコちゃん
恋愛
十二歳の少女が男を殴って犯した……その裁判が、平民用の裁判所で始まった。被告はハリオット伯爵家の女中クララ。幼い彼女は、自分がハリオット伯爵に陥れられたことを知らない。裁判は被告に証言が許されないまま進み、クララは絞首刑を言い渡される。彼女が恐怖のあまり泣き出したその時、裁判所に美しき紳士と美少年が飛び込んできた。 「裁判を無効にせよ! 被告クララは八年前に失踪した私の娘だ! 真の名前はクラリッサ・エーメナー・ユクル! クラリッサは紛れもないユクル公爵家の嫡女であり、王家の血を引く者である! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!」 飛び込んできたのは、クラリッサの父であるユクル公爵と婚約者である第二王子サイラスであった。王家と公爵家を敵に回したハリオット伯爵家は、やがて破滅へ向かう―― ※作中の裁判・法律・刑罰などは、歴史を参考にした架空のもの及び完全に架空のものです。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

婚約破棄された令嬢は、もう誰の答えも借りません

鷹 綾
恋愛
 「君との婚約は破棄する。――君は、もう必要ない」 王太子から一方的に突きつけられた婚約破棄。 その理由は、新たに寵愛する令嬢の存在と、「君は優秀すぎて扱いづらい」という身勝手な評価だった。 だが、公爵令嬢である彼女は泣かない。 怒りに任せて復讐もしない。 ただ静かに、こう告げる。 「承知しました。――もう、誰の答えも借りませんわ」 王国のために尽くし、判断を肩代わりし、失敗すら引き受けてきた日々。 だが婚約破棄を機に、彼女は“助けること”をやめる。 答えを与えない。 手を差し伸べない。 代わりに、考える機会と責任だけを返す。 戸惑い、転び、失敗しながらも、王国は少しずつ変わっていく。 依存をやめ、比較をやめ、他人の成功を羨まなくなったとき―― そこに生まれたのは、静かで確かな自立だった。 派手な断罪も、劇的な復讐もない。 けれどこれは、 「奪われたものを取り戻す物語」ではなく、 「もう取り戻す必要がなくなった物語」。 婚約破棄ざまぁの、その先へ。 知性と覚悟で未来を選び取る、静かな逆転譚。

処理中です...