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第8話 VSメイド! カリカリ唐揚げで黙らせろ
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別邸での生活も三日目。
私とライルは厨房の大掃除をしていた。
窓を磨き、床を掃き清め、いよいよここを「俺の城」にする準備は万端だ。
「ここをキャンプ地とする! まずは昼食の準備よ!」
「おーっ!」
私たちが気勢を上げた、その時だった。
「――何事ですか、この騒ぎは」
冷水を浴びせられたような、冷ややかな声。
入り口に立っていたのは年配の女性だった。
灰色の髪をきっちりとまとめ、眼鏡の奥から厳しい視線を投げかけている。後ろには数人の若いメイドも控えていた。
「私は本邸のメイド長、マーサと申します。……閣下が『別邸の食事が美味い』などと妙なことを仰るので様子を見に来ましたが……」
マーサさんは、ハンカチで鼻を覆いながら眉をひそめた。
「なんですか、この異臭は。ニンニクに生姜……? これではまるで下町の居酒屋ではありませんか」
「あら、いい匂いでしょう?」
「とんでもない! 公爵家において、このような刺激臭のする食材は『下品』とされています。即刻廃棄してください」
出た、貴族特有の「匂いの強いものは悪」という謎ルール。彼女たちは塩とハーブだけの薄味スープこそが至高だと思っているのだ。
「それに……貴女様は追放された身。勝手に厨房を使われては困ります。今日から食事はこちらのメイドが用意した『冷たいパンとスープ』で済ませていただきます」
後ろのメイドたちがカチカチの黒パンをテーブルに置く。
これは宣戦布告だ。
私の食生活を断とうとする者は、公爵だろうがメイド長だろうが許さない。
「……わかりました。では、最後に一度だけ、今仕込んでいる料理を仕上げさせてください。材料がもったいないですから」
「……一度だけですよ」
マーサさんが渋々頷くのを見て、私はニヤリと笑った。
一度で十分だ。この匂いを嗅いで、理性を保てる人間がいれば見てみたい。
私はボウルを取り出した。
中には、一口大に切った鶏肉が漬け込まれている。漬けダレは、東の国から輸入した『醤油』と酒、そしてマーサさんが嫌ったたっぷりのニンニクと生姜だ。
「ライル、粉の準備!」
「はいっ! 特製ポム芋パウダーです!」
水で溶いた小麦粉ではない。
乾燥させた芋から作った粉をまぶすことで衣は驚くほど白く、そして軽く仕上がる。
熱した油の中に肉を投入する。
――ジュワアアアアァァァッ!!
激しい音と共に大きな泡が立ち上る。
一気に広がる、焦がし醤油とニンニクの暴力的な香り。それは人間の本能に直接訴えかける、「絶対に美味しいやつ」の匂いだ。
「なっ、なんですの、この音は……!」
マーサさんたちが後ずさる。
だが、まだだ。一度取り出し、余熱で火を通してから高温の油でもう一度揚げる。
必殺「二度揚げ」!
――パチパチパチッ!
音が高くなる。衣の水分が飛び、カラッとした硬質な音に変わる。きつね色に染まった鶏肉を引き上げれば表面はカリカリ、中は肉汁の海。
「完成。『若鶏の唐揚げ~ニンニク醤油風味~』です!」
ザルに盛られた山盛りの唐揚げ。
湯気と共に漂う香りに若いメイドの一人が「ごくり」と喉を鳴らしたのが聞こえた。
「さあ、廃棄する前に毒味をお願いします」
私は揚げたてをフォークに刺し、マーサさんの口元へ差し出した。
「そ、そのような脂っこいもの……」
彼女は抵抗しようとしたが鼻孔をくすぐるスパイシーな香りに抗えなかったらしい。
意を決してパクッと口に含んだ。
カリッ。
小気味よい音が静かな厨房に響く。
「……っ!」
サクサクの衣を突破した瞬間、熱々の肉汁が口の中で爆発した。
下味のついた濃厚な醤油味。ニンニクのパンチ。それが鶏肉の脂と混ざり合い、脳髄を痺れさせる旨味の奔流となって駆け巡る。
「はふッ、はふッ……!」
熱い。でも止められない。
マーサさんは口元を押さえながら目を見開いた。
「……なんてこと」
「どうですか? 下品ですか?」
「……脂っこい。味も濃すぎる。香辛料も強すぎる……」
彼女は震える声で否定しようとした。
だが、その手は無意識にフォークを動かし、二個目を刺していた。
「ですが……なぜでしょう。手が止まりません……!」
「先輩、私にも!」
「私も食べたいです!」
後ろのメイドたちが我慢できずに駆け寄ってくる。
ライルが得意げに皿を配り始めた。
「美味しい! 衣がサクサクです!」
「ご飯! 白パンを持ってきて! これ絶対にパンに合います!」
「公爵様が通う理由がわかりました……これは魔法の粉です……」
あっという間に厨房は唐揚げパーティー会場と化した。厳格だったマーサさんも、三個目を食べ終える頃には、うっとりとした表情でため息をついていた。
「……負けました。この料理、悔しいですが……絶品です」
「ふふ。わかってくれればいいんです。これからも厨房を使っていいですか?」
「……ええ。ただし条件があります」
マーサさんは眼鏡の位置を直し、キリッと言った。
「私たちへの『賄い』も作ってください。……特にこの揚げ肉は、週に一度は必須とします」
「交渉成立ですね!」
こうして私は本邸のメイド部隊をも胃袋で陥落させた。みんなが唐揚げに夢中になっている入り口で仕事を終えて昼食を食べに来たジルベール公爵が「……私の分は?」と呆然と立ち尽くしていることに気づいたのは、もう少し後のことだった。
私とライルは厨房の大掃除をしていた。
窓を磨き、床を掃き清め、いよいよここを「俺の城」にする準備は万端だ。
「ここをキャンプ地とする! まずは昼食の準備よ!」
「おーっ!」
私たちが気勢を上げた、その時だった。
「――何事ですか、この騒ぎは」
冷水を浴びせられたような、冷ややかな声。
入り口に立っていたのは年配の女性だった。
灰色の髪をきっちりとまとめ、眼鏡の奥から厳しい視線を投げかけている。後ろには数人の若いメイドも控えていた。
「私は本邸のメイド長、マーサと申します。……閣下が『別邸の食事が美味い』などと妙なことを仰るので様子を見に来ましたが……」
マーサさんは、ハンカチで鼻を覆いながら眉をひそめた。
「なんですか、この異臭は。ニンニクに生姜……? これではまるで下町の居酒屋ではありませんか」
「あら、いい匂いでしょう?」
「とんでもない! 公爵家において、このような刺激臭のする食材は『下品』とされています。即刻廃棄してください」
出た、貴族特有の「匂いの強いものは悪」という謎ルール。彼女たちは塩とハーブだけの薄味スープこそが至高だと思っているのだ。
「それに……貴女様は追放された身。勝手に厨房を使われては困ります。今日から食事はこちらのメイドが用意した『冷たいパンとスープ』で済ませていただきます」
後ろのメイドたちがカチカチの黒パンをテーブルに置く。
これは宣戦布告だ。
私の食生活を断とうとする者は、公爵だろうがメイド長だろうが許さない。
「……わかりました。では、最後に一度だけ、今仕込んでいる料理を仕上げさせてください。材料がもったいないですから」
「……一度だけですよ」
マーサさんが渋々頷くのを見て、私はニヤリと笑った。
一度で十分だ。この匂いを嗅いで、理性を保てる人間がいれば見てみたい。
私はボウルを取り出した。
中には、一口大に切った鶏肉が漬け込まれている。漬けダレは、東の国から輸入した『醤油』と酒、そしてマーサさんが嫌ったたっぷりのニンニクと生姜だ。
「ライル、粉の準備!」
「はいっ! 特製ポム芋パウダーです!」
水で溶いた小麦粉ではない。
乾燥させた芋から作った粉をまぶすことで衣は驚くほど白く、そして軽く仕上がる。
熱した油の中に肉を投入する。
――ジュワアアアアァァァッ!!
激しい音と共に大きな泡が立ち上る。
一気に広がる、焦がし醤油とニンニクの暴力的な香り。それは人間の本能に直接訴えかける、「絶対に美味しいやつ」の匂いだ。
「なっ、なんですの、この音は……!」
マーサさんたちが後ずさる。
だが、まだだ。一度取り出し、余熱で火を通してから高温の油でもう一度揚げる。
必殺「二度揚げ」!
――パチパチパチッ!
音が高くなる。衣の水分が飛び、カラッとした硬質な音に変わる。きつね色に染まった鶏肉を引き上げれば表面はカリカリ、中は肉汁の海。
「完成。『若鶏の唐揚げ~ニンニク醤油風味~』です!」
ザルに盛られた山盛りの唐揚げ。
湯気と共に漂う香りに若いメイドの一人が「ごくり」と喉を鳴らしたのが聞こえた。
「さあ、廃棄する前に毒味をお願いします」
私は揚げたてをフォークに刺し、マーサさんの口元へ差し出した。
「そ、そのような脂っこいもの……」
彼女は抵抗しようとしたが鼻孔をくすぐるスパイシーな香りに抗えなかったらしい。
意を決してパクッと口に含んだ。
カリッ。
小気味よい音が静かな厨房に響く。
「……っ!」
サクサクの衣を突破した瞬間、熱々の肉汁が口の中で爆発した。
下味のついた濃厚な醤油味。ニンニクのパンチ。それが鶏肉の脂と混ざり合い、脳髄を痺れさせる旨味の奔流となって駆け巡る。
「はふッ、はふッ……!」
熱い。でも止められない。
マーサさんは口元を押さえながら目を見開いた。
「……なんてこと」
「どうですか? 下品ですか?」
「……脂っこい。味も濃すぎる。香辛料も強すぎる……」
彼女は震える声で否定しようとした。
だが、その手は無意識にフォークを動かし、二個目を刺していた。
「ですが……なぜでしょう。手が止まりません……!」
「先輩、私にも!」
「私も食べたいです!」
後ろのメイドたちが我慢できずに駆け寄ってくる。
ライルが得意げに皿を配り始めた。
「美味しい! 衣がサクサクです!」
「ご飯! 白パンを持ってきて! これ絶対にパンに合います!」
「公爵様が通う理由がわかりました……これは魔法の粉です……」
あっという間に厨房は唐揚げパーティー会場と化した。厳格だったマーサさんも、三個目を食べ終える頃には、うっとりとした表情でため息をついていた。
「……負けました。この料理、悔しいですが……絶品です」
「ふふ。わかってくれればいいんです。これからも厨房を使っていいですか?」
「……ええ。ただし条件があります」
マーサさんは眼鏡の位置を直し、キリッと言った。
「私たちへの『賄い』も作ってください。……特にこの揚げ肉は、週に一度は必須とします」
「交渉成立ですね!」
こうして私は本邸のメイド部隊をも胃袋で陥落させた。みんなが唐揚げに夢中になっている入り口で仕事を終えて昼食を食べに来たジルベール公爵が「……私の分は?」と呆然と立ち尽くしていることに気づいたのは、もう少し後のことだった。
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