悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと

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第7話 最強の助っ人と王都からの脱出者

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​「お嬢様ーっ! ご無事で何よりですーっ!!」

 ​屋敷の扉を開けた瞬間、茶髪の少年がロケットのように飛び込んできた。
 実家の伯爵家で下働きをしていたライルだ。
 人懐っこい笑顔と幻覚だが犬のように振る尻尾が見える、私の可愛い弟分である。

​「ライル!? どうしてここに?」

​「決まってるじゃないですか! お嬢様がいない屋敷なんて、クリープのないコーヒーみたいなもんですから! ……あ、これお嬢様の口癖でしたっけ?」

 ​ライルは感涙にむせびながら、私の腰に抱きつこうとし――。

​ガシッ。

 ​その首根っこが背後から伸びた白い手によって掴まれた。

​「……おい。気安く触るな」

 ​地獄の底から響くような低音。
 ライルが「ひぃっ!」と悲鳴を上げて振り返ると、そこには不機嫌オーラ全開のジルベール公爵が立っていた。

​「え、あ、あの……どなたで……?」

​「ここの主だ」

 ​公爵はライルを汚い雑巾のように摘み上げると、私の方を向いた。

​「レティシア。この小動物はなんだ? 非常食か?」

​「違います! 実家の元使用人のライルです。……ライル、どうやってここまで?」

 ​公爵の手から解放されたライルは、ガタガタ震えながらも背負っていた巨大なリュックを指差した。

​「お、お嬢様が追放されたって聞いて、すぐに荷物をまとめて飛び出してきたんです。馬車を乗り継いで、最後は山道を走って……」

​「走って!?」

​「はい! あ、これお土産です! お嬢様が隠していた『秘密の調味料セット』と、お気に入りの『レシピノート』! 全部持ってきました!」

​「でかしたぁぁぁ!!」

 ​私はライルと手を取り合って歓喜した。
 実家の厨房の床下に隠していた、私の命よりも大事な調味料コレクションが無事だったとは。

​「それに……お嬢様がいなくなってから、王都は大変なんですよ」

 ​ライルが声を潜めて言った。

​「お嬢様が考案したレシピ、誰も再現できなくて。今頃、王太子殿下も新しい婚約者様も、ゴムみたいな肉と泥みたいなスープを飲んでるはずです。『あいつを呼び戻せ!』って騒ぎになってましたから」

​「あらそう。ざまぁみろですね」

​「はい! だから僕、お嬢様が連れ戻されないように居場所を偽装して逃げてきたんです!」

 ​有能すぎる。
 この子は将来、大物になるぞ。

​ぐぅぅぅ……。

 ​シリアスな話の腰を折るように、ライルの腹が鳴った。
 山道を走ってきたのだ、当然だろう。

​「お腹すいたわよね。何か作るわ」

​「えっ、いいんですか!? お嬢様の料理がまた食べられるなんて!」

 ​ライルが目を輝かせる。
 その横で公爵が「チッ」と舌打ちをした。

​「……私の分の麺料理はどうなった」

​「あ、忘れてました。じゃあ、ライルが持ってきた『硬くなったバゲット』を使って、お二人分のおやつを作りますね」

 ​私はライルの荷物から、カチカチに乾燥した長いパンを取り出した。普通ならスープに浸しても噛みきれない、もはや鈍器のような硬さだ。

​「これを……卵と牛乳、そしてライルが持ってきてくれた『砂糖』を混ぜた液に浸します」

 ​ボウルの中で黄金色の液を作り、スライスしたパンを投入。
 じっくりと中まで染み込ませる。

​「フライパンにたっぷりのバターを溶かして……」

​ジュワワァァァ……。

 ​甘く芳醇な香りが厨房を満たした。
 バターと砂糖が焦げる匂いは平和の象徴だ。
 表面がきつね色になるまで焼き上げれば完成。

​「どうぞ。『ふわとろフレンチトースト』です」

 ​皿に盛られたパンは、先ほどまでの鈍器とは別物だった。ぷるぷると震えるほど柔らかく、黄金色に輝いている。

​「い、いただきます!」

 ​ライルが一口食べた瞬間、目から涙が噴き出した。

​「うんまぁぁぁい!! 何これ!? パンなのにプリンみたいです!」

​「ふん、大げさな……」

 ​公爵も不承不承といった様子で口に運ぶ。

 そして――。

​「……ッ!」

 ​サクッとした表面の歯ごたえの直後、中からジュワリと溢れ出す甘いミルクと卵のコク。
 バターの塩気が甘さを引き立て、噛む必要もなく喉の奥へと消えていく。

​「……甘い。だが、くどくない」

 ​公爵の表情が氷解するように緩んだ。

​「疲れた脳に染み渡る味だ……。パンをここまで柔らかく、風味豊かに変えるとは……」

​「でしょう? 硬いパンも卵液に浸せば優しくなるんですよ」

 ​私がドヤ顔をすると、公爵はハッとして真顔に戻り、ライルを睨みつけた。

​「……おい、小僧」

​「は、はいっ!?」

​「そのフレンチトーストは美味いか?」

​「はい! 世界一です!」

​「そうか。……だが、忘れるな」

 ​公爵はフォークを突きつけ宣言した。

​「彼女の料理を一番に味わう権利を持つのは、この私だ。……お前は皿洗いなら許可してやる」

​「えっ……?」

 ​ライルはポカンとし、私は苦笑した。
 どうやらライルくん、無事に「皿洗い兼 毒味係2号」として採用されたようです。

​「さあ、食べてる場合じゃないわよ。これからこの屋敷を『美食の城』に改造するんだから!」

​「はいっ、お嬢様!」

「……」

 ​こうして私の辺境生活に強力な味方が加わった。
 だが、それは同時に公爵の「独占欲」という厄介なスパイスが追加されたことを意味していた。
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