悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと

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​第9話 公爵様からのプレゼントは甘い罠?

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 ​唐揚げパーティーから数日後。 

 別邸の生活は劇的に向上していた。
 ​メイド長マーサさんの采配により、調理器具はピカピカになり、新しいカマドも導入された。
 その代償として、私は毎日、本邸のメイドたちの胃袋を満たすための「賄い」を作るハメになったのだが。

​「……レティシア。ちょっといいか」

 ​昼食の『オムライス』を完食したジルベール公爵が重々しい口調で私を呼び止めた。

​「はい、おかわりですか? それともデザート?」

​「違う。……こっちへ来い」

 ​連れて行かれたのは、廃墟同然だったはずの応接間だ。しかし扉を開けると、そこは劇的ビフォーアフターを遂げていた。
 掃除が行き届き、真新しいソファが置かれ、そしてテーブルの上には――。

​「……なんですか、この山は」

 ​そこには色とりどりのリボンがかけられた箱が山積みにされていた。
 高級店のロゴが入った箱ばかりだ。

​「君への支給品だ」

 ​公爵はそっぽを向いたまま言った。

​「見ろ。君のその恰好……エプロンに三角巾。どう見ても田舎の食堂のオバチャンだ」

​「失礼な! これは調理師の正装です!」

​「私の……その、専属料理人となるからには、それなりの格好をしてもらわねば困る。屋敷の品位に関わるからな」

 ​なるほど制服支給ということか。
 高級レストランではシェフの身だしなみも味のうちと言うし、理解はできる。

 ​私は一番上の箱を開けた。

​「わぁ……」

 ​中に入っていたのは、滑らかなシルクのドレスだった。色は淡いピンク色。フリルがふんだんにあしらわれた可愛らしいデザインだ。

​「どうだ。……王都で流行りの色らしいが」

​公爵がチラリとこちらの反応を伺う。

私はドレスを広げ、感嘆の声を漏らした。 

​「素晴らしいです、閣下! この色……まるで『極上の桃のコンポート』みたい!」

「……桃?」

「はい! それにこっちの黄色いドレスは『ふわとろオムレツ色』だし、あの赤いのは『完熟トマト』そのもの!」

​「……君は色彩感覚まで食欲に支配されているのか?」

 ​公爵がこめかみを押さえた。
 けれど、私の頭の中ではすでに電卓が弾かれていた。​このシルク、手触りからして最高級品だ。
 下世話な話だが、一着で金貨十枚は下らないだろう。それが十着以上。

​(これ……もしや、食材費の代わり?)

 ​公爵家といえど予算には限りがある。
 現金を渡すのが難しいから、こうして現物支給をして「これを質に入れて高級食材を買え」というメッセージなのだろうか?

​「ありがとうございます、閣下! 有効活用させていただきます!」

​「……あぁ。着てくれるなら何よりだ」

 ​公爵は満足げに頷き、さらに小さな箱を差し出した。

​「それと、これもだ」

​パカッ。

 開かれた小箱の中には、大粒のブルーサファイアが輝くネックレスが収められていた。その深い青色は、目の前の公爵の瞳と同じ色だった。

​「これは……?」

​「瞳の色を贈るのは、その……『庇護下に置く』という意味がある。魔除けのようなものだ」

 ​嘘だ。
 貴族社会において、瞳と同じ色の宝石を贈るのは「求婚」か、それに準ずる「独占宣言」だ。

 私だって元伯爵令嬢、それくらいの知識はある。​だが、私はその宝石をまじまじと見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。

​(この輝き……! 最高級の氷砂糖……いや、ソーダゼリーの透明感!)

 ​そして何よりデカイ。
 これ一つで、この別邸の改修費と向こう三年の食費、そして念願の「業務用巨大オーブン」が買える値段だ。

​「閣下……! こんな高価なものを……!」

 ​私は感動で震えた。

​「私、一生ついていきます! この宝石が『巨大オーブン』に変わるその日まで!」

​「……ん? オーブン?」

​「あ、いえ! 大事にします、肌身離さず!」

 ​私はネックレスを受け取ると公爵の手をガシッと握りしめた。公爵は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに耳まで赤くして口元を手で覆った。

​「……そうか。受け取ってくれるか」

 ​彼は嬉しそうに目を細めた。
 その表情は、美味しいものを食べた時と同じくらい無防備で甘いものだった。

​「では、契約成立だな」

​「はい! 美味しいご飯、約束します!」

​「……ご飯の話はしていないのだが、まあいい」

 ​公爵はコホンと咳払いをし、居住まいを正した。

​「ではレティシア。正式に契約書を交わそう。……明日の夜、本邸のダイニングに来い。歓迎の晩餐会を開く」

​「晩餐会ですか? 私が作らなくていいんですか?」

​「明日は客だ。座って食べていればいい」

 ​そう言い残し、公爵は上機嫌で去っていった。
 廊下を歩く背中から音符が飛んでいるように見えたのは気のせいだろうか。​残された私は、ドレスと宝石の山に埋もれながら首を傾げた。

​「……なんで料理人を雇うのに、晩餐会までするんだろ?」

 ​まあいいか。
 タダ飯が食えるなら、それこそご褒美だ。

 私は明日への期待に胸を膨らませた。
 ​それが公爵による「外堀埋め作戦」の総仕上げだとも気づかずに。
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