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第10話 就職先は厨房ですか? いいえ、公爵夫人です
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「……どうだ。サイズは合っているか?」
本邸のダイニングルーム。
シャンデリアの光が降り注ぐ中、正装したジルベール公爵が私を迎えた。
今日の彼は、いつもの黒い軍服風の衣装ではなく、白を基調とした正装だ。髪はオールバックに撫でつけられ、その美貌の破壊力が三割増しになっている。
正直、直視すると目が潰れそうだ。
対する私は、昨日頂いた『桃のコンポート色』のドレスに身を包んでいた。締め付けられたコルセットが苦しい。
早く脱いでエプロンになりたい。
「はい、ピッタリです。……あの私がまるで美味しそうな桃になった気分です」
「……そうか。確かに、食べてしまいたいな」
公爵がボソリと不穏なことを呟いたが、たぶん「桃が食べたい」という意味だろう。
あとで缶詰でも開けてあげよう。
「座ってくれ。今日は君を客として招いたのだ」
エスコートされて席に着く。
テーブルには豪華な食器が並べられている。
だが、肝心の料理は――冷え切ったスープと硬そうなパンだけだった。
「すまない。王宮から新しい料理人が来る予定なのだが、まだ到着していなくてな」
公爵が苦々しげに言う。
「君に料理を作らせるのは、契約を結んでからと決めていた。今夜は我慢してくれ」
「お気遣いなく。……では、その契約のお話を?」
私は身を乗り出した。
ついに来た。給与交渉の時間だ。
月給は金貨何枚か? 休日は?
そして何より、食材の予算は青天井なのか?
公爵は真剣な表情で一通の羊皮紙を差し出した。分厚い。そして紙質がやたらと高級だ。
「レティシア。単刀直入に言おう」
彼は私の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、熱を帯びて揺れている。
「私は、君がいなくては生きていけない体になってしまった」
「はい」
「君の笑顔を見ると、胸が熱くなるのだ」
「はい」
「だから私の傍にいてほしい。料理人としてではなく……生涯のパートナーとして」
公爵の言葉に、私は大きく頷いた。
(なるほど『パートナー』! ただの雇われ料理人ではなく、共同経営者くらいの裁量権をくれるってことね!)
すごい。厨房の全権を委任されるということだ。これなら、あの高いオーブンも高級食材も、私のサイン一つで買い放題になる。
「もちろんです、閣下! 謹んでお受けします!」
「……本当か!?」
「はい! 私の方こそ、閣下のその『飢えた体』を放っておけません! 死ぬまで私が責任を持って管理させていただきます!」
私の力強い宣言に、公爵は感極まったような顔をした。そして、そっと私の手を取り、その甲に口づけを落とした。
「ありがとう……レティシア。君を必ず幸せにする」
「私もです! 絶対に満足させてみせます!」
お互いの利害が奇跡的な不協和音を奏でながら一致した瞬間だった。
「では、ここにサインを」
差し出されたペンで、私は契約書に名前を書き込んだ。
今更思うが、文字が達筆すぎて読めない部分があったがタイトルの『婚姻』という文字が飾り文字すぎて『顧問』に見えたのは、私の都合の良い脳みそのせいだろう。
「よし。これで契約成立だ」
公爵は満足げに契約書を懐にしまうと、パチンと指を鳴らした。
すると部屋の扉が開き、マーサさんをはじめとする使用人たちがずらりと入ってきた。
「皆、聞け。今日から彼女がこの屋敷の『奥様』だ」
「「「おめでとうございます!!」」」
割れんばかりの拍手。
マーサさんがハンカチで目頭を押さえている。
ライルが飛び跳ねている。
「やったー! お嬢様が大出世だー!」
私はキョトンとして公爵を見た。
「あの、閣下? 『奥様』というのは、この地方での料理長の呼び名ですか?」
「……ん?」
「それとも『厨房の女帝』的な意味の隠語でしょうか?」
公爵は優しく微笑み、私の腰を抱き寄せた。
「いいや。文字通りの意味だ。……君は今日から、公爵夫人なのだから」
「…………は?」
思考が停止した。
公爵夫人? 夫の人?
つまり、この目の前の顔面偏差値と食費がバカ高い男の……妻?
「え、えええええええっ!?」
私の絶叫が屋敷中に響き渡った。
「ま、待ってください! 私は料理を作りに!」
「契約書には『甲と乙は、病める時も健やかなる時も、共に食卓を囲み、愛を育む』と書いてあったはずだが?」
「詐欺だーっ! ちゃんと読んでなかったー!!」
「クーリングオフ期間はないぞ。……さあ、夜は長い。これからの『メニュー』を話し合おうか、マイ・ハニー」
公爵が甘い声で囁き、私をお姫様抱っこで持ち上げた。抵抗しようにも、ハンバーグで餌付けして体力をつけさせてしまった彼には勝てない。
本邸のダイニングルーム。
シャンデリアの光が降り注ぐ中、正装したジルベール公爵が私を迎えた。
今日の彼は、いつもの黒い軍服風の衣装ではなく、白を基調とした正装だ。髪はオールバックに撫でつけられ、その美貌の破壊力が三割増しになっている。
正直、直視すると目が潰れそうだ。
対する私は、昨日頂いた『桃のコンポート色』のドレスに身を包んでいた。締め付けられたコルセットが苦しい。
早く脱いでエプロンになりたい。
「はい、ピッタリです。……あの私がまるで美味しそうな桃になった気分です」
「……そうか。確かに、食べてしまいたいな」
公爵がボソリと不穏なことを呟いたが、たぶん「桃が食べたい」という意味だろう。
あとで缶詰でも開けてあげよう。
「座ってくれ。今日は君を客として招いたのだ」
エスコートされて席に着く。
テーブルには豪華な食器が並べられている。
だが、肝心の料理は――冷え切ったスープと硬そうなパンだけだった。
「すまない。王宮から新しい料理人が来る予定なのだが、まだ到着していなくてな」
公爵が苦々しげに言う。
「君に料理を作らせるのは、契約を結んでからと決めていた。今夜は我慢してくれ」
「お気遣いなく。……では、その契約のお話を?」
私は身を乗り出した。
ついに来た。給与交渉の時間だ。
月給は金貨何枚か? 休日は?
そして何より、食材の予算は青天井なのか?
公爵は真剣な表情で一通の羊皮紙を差し出した。分厚い。そして紙質がやたらと高級だ。
「レティシア。単刀直入に言おう」
彼は私の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、熱を帯びて揺れている。
「私は、君がいなくては生きていけない体になってしまった」
「はい」
「君の笑顔を見ると、胸が熱くなるのだ」
「はい」
「だから私の傍にいてほしい。料理人としてではなく……生涯のパートナーとして」
公爵の言葉に、私は大きく頷いた。
(なるほど『パートナー』! ただの雇われ料理人ではなく、共同経営者くらいの裁量権をくれるってことね!)
すごい。厨房の全権を委任されるということだ。これなら、あの高いオーブンも高級食材も、私のサイン一つで買い放題になる。
「もちろんです、閣下! 謹んでお受けします!」
「……本当か!?」
「はい! 私の方こそ、閣下のその『飢えた体』を放っておけません! 死ぬまで私が責任を持って管理させていただきます!」
私の力強い宣言に、公爵は感極まったような顔をした。そして、そっと私の手を取り、その甲に口づけを落とした。
「ありがとう……レティシア。君を必ず幸せにする」
「私もです! 絶対に満足させてみせます!」
お互いの利害が奇跡的な不協和音を奏でながら一致した瞬間だった。
「では、ここにサインを」
差し出されたペンで、私は契約書に名前を書き込んだ。
今更思うが、文字が達筆すぎて読めない部分があったがタイトルの『婚姻』という文字が飾り文字すぎて『顧問』に見えたのは、私の都合の良い脳みそのせいだろう。
「よし。これで契約成立だ」
公爵は満足げに契約書を懐にしまうと、パチンと指を鳴らした。
すると部屋の扉が開き、マーサさんをはじめとする使用人たちがずらりと入ってきた。
「皆、聞け。今日から彼女がこの屋敷の『奥様』だ」
「「「おめでとうございます!!」」」
割れんばかりの拍手。
マーサさんがハンカチで目頭を押さえている。
ライルが飛び跳ねている。
「やったー! お嬢様が大出世だー!」
私はキョトンとして公爵を見た。
「あの、閣下? 『奥様』というのは、この地方での料理長の呼び名ですか?」
「……ん?」
「それとも『厨房の女帝』的な意味の隠語でしょうか?」
公爵は優しく微笑み、私の腰を抱き寄せた。
「いいや。文字通りの意味だ。……君は今日から、公爵夫人なのだから」
「…………は?」
思考が停止した。
公爵夫人? 夫の人?
つまり、この目の前の顔面偏差値と食費がバカ高い男の……妻?
「え、えええええええっ!?」
私の絶叫が屋敷中に響き渡った。
「ま、待ってください! 私は料理を作りに!」
「契約書には『甲と乙は、病める時も健やかなる時も、共に食卓を囲み、愛を育む』と書いてあったはずだが?」
「詐欺だーっ! ちゃんと読んでなかったー!!」
「クーリングオフ期間はないぞ。……さあ、夜は長い。これからの『メニュー』を話し合おうか、マイ・ハニー」
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