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第15話 野菜嫌いを克服せよ! 魔法の調味料マヨネーズ
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「……食べないな」
「食べませんね」
私とジルベール様は領内にある孤児院の食堂で腕を組んでいた。
今日は領地視察の日。
「妻として領民に顔を見せろ」
と言われついてきたのだが、そこで直面したのが『子どもたちの野菜ボイコット問題』だった。
テーブルには、新鮮な生野菜のサラダ。
しかし、子どもたちは露骨に顔をしかめ、皿の端によけている。
「苦いもん」
「草の味しかしないー」
「ウサギのご飯みたい」
院長先生が困り果てている。
「栄養があるから食べなさいと言っても、どうしても残してしまって……」
ジルベール様が眉間のシワを深くした。
「贅沢な悩みだ。私が子どもの頃は、苔を食べて飢えを凌いだこともあるというのに」
「閣下のサバイバル幼少期と比較しないでください。トラウマになります」
まあ、子どもたちの気持ちもわかる。
この世界のドレッシングといえば、塩と酢をかけただけの簡素なもの。
それでは野菜の青臭さは消せない。
「仕方ありません。私が魔法をかけましょう」
私は腕まくりをして、厨房へと向かった。
◇
用意したのは、卵黄、酢、塩、そしてたっぷりの植物油。これだけだ。
「奥様、それで何を作るおつもりで?」
院長先生が不思議そうに見ている。
「見ていてください。ここからは力仕事です!」
ボウルに卵黄と調味料を入れ、混ぜ合わせる。
そこへ油を少しずつ――本当に一滴ずつ垂らしながら泡立て器で激しく混ぜる。
カシャカシャカシャカシャッ!
乳化。水と油という、本来混ざり合わないものを強制的に結びつける化学の魔法。油を一気に入れると分離してしまう。焦らず、しかし手早く。
次第にシャバシャバだった液体が、もったりとしたクリーム状に変化していくのだ。
色は淡いクリーム色。艶やかな光沢を放ち始めた。
「……すごい。液体が固まった?」
仕上げに胡椒を少々。味見をする。
まろやかな酸味と卵のコク。そして油の濃厚な旨味。
「完成! 特製『マヨネーズ』です!」
私はスティック状に切ったキュウリやニンジンと共にマヨネーズの小皿をテーブルに運んだ。
「さあ、みんな。この『魔法のクリーム』をつけて食べてみて」
子どもたちは警戒しながらも、好奇心には勝てないようだ。
一人の男の子が恐る恐るニンジンをクリームに浸し、口に入れた。
ポリッ。
「……ん?」
男の子の目が丸くなった。
「……苦くない」
マヨネーズの濃厚な脂と酸味が野菜のえぐみを完全にコーティングしている。それどころか、噛めば噛むほど野菜の甘みが引き出され、口の中がこってりとした旨味で満たされる。
「うまい! これ、うまいぞ!」
その叫びを皮切りに食堂は戦場と化した。
「僕も!」
「私にもちょうだい!」
「野菜が……野菜がお菓子みたいになった!」
「もっとクリームつけて! たっぷりつけて!」
野菜嫌いだったはずの子どもたちが競うようにサラダを奪い合っている。中には、マヨネーズそのものを指で舐めようとする強者まで現れた。
「……信じられん」
ジルベール様が呆然と呟いた。
「あんなに嫌がっていた野菜を笑顔で貪り食っている……。レティシア、これは何の魔術だ?」
「『脂と糖と塩』という、人類が抗えない魅惑のトライアングルですよ」
私はジルベール様にもキュウリを差し出した。
「閣下もどうぞ」
彼は私の手から直接キュウリをかじった。
「……なるほど。濃厚だ。酸味が食欲を刺激し、後味に卵のまろやかさが残る。……これは危険な味だ」
「でしょう? これがあれば、領地の野菜消費量は倍増間違いなしです」
「……ふむ。商品化しよう」
公爵の目が『商人』の色に変わった。
「瓶詰めにして王都へ売る。野菜とセット販売すれば、我が領の農業収益は桁違いになるぞ」
「さすが閣下。転んでもタダでは起きない」
こうして孤児院の視察は大成功に終わった。
子どもたちは満腹で幸せそうに昼寝をし、私たちは充実感と共に帰路についた。
――はずだったのだが。
公爵城に戻ると、玄関ホールに整列した使用人たちが青ざめた顔で私たちを迎えた。
その先頭に立つ執事長が震える手で一通の手紙を差し出した。
「おかえりなさいませ、閣下。……き、緊急事態です」
「なんだ? 魔獣の大量発生か?」
ジルベール様が手紙を受け取り、封を切る。
中身を一読した瞬間、その場の温度が氷点下まで下がった。
「……あの女か」
彼が忌々しげに吐き捨てる。
「あの女?」
私が首を傾げると、ジルベール様はこめかみを押さえながら疲れた声で言った。
「隣国ガリアの第一王女、ビクトリアだ。……来週、この城へ『視察』に来るらしい」
「王女様が? どうしてまた?」
「名目は親善訪問だが……実態は、私への見合い強要だ。彼女は以前から、私を『将来の夫』だと勝手に公言している」
おっと?
ここにきてまさかのライバル登場?
しかも相手は王女様。
「面倒なことになった。……レティシア、君には苦労をかけるかもしれん」
公爵が私を気遣うように肩を抱く。
しかし、私の関心は別のところにあった。
(隣国ガリア……。美食の国として有名な、あのガリア?)
私の脳裏に浮かんだのは、ドロドロの修羅場ではなく、まだ見ぬ『異国の食材』の山だった。
(王女様が来るってことは……当然、最高級のお土産を持ってくるわよね!?)
ピンチどころかチャンス到来。
私の食欲センサーが新たな獲物の匂いを捉えていた。
「食べませんね」
私とジルベール様は領内にある孤児院の食堂で腕を組んでいた。
今日は領地視察の日。
「妻として領民に顔を見せろ」
と言われついてきたのだが、そこで直面したのが『子どもたちの野菜ボイコット問題』だった。
テーブルには、新鮮な生野菜のサラダ。
しかし、子どもたちは露骨に顔をしかめ、皿の端によけている。
「苦いもん」
「草の味しかしないー」
「ウサギのご飯みたい」
院長先生が困り果てている。
「栄養があるから食べなさいと言っても、どうしても残してしまって……」
ジルベール様が眉間のシワを深くした。
「贅沢な悩みだ。私が子どもの頃は、苔を食べて飢えを凌いだこともあるというのに」
「閣下のサバイバル幼少期と比較しないでください。トラウマになります」
まあ、子どもたちの気持ちもわかる。
この世界のドレッシングといえば、塩と酢をかけただけの簡素なもの。
それでは野菜の青臭さは消せない。
「仕方ありません。私が魔法をかけましょう」
私は腕まくりをして、厨房へと向かった。
◇
用意したのは、卵黄、酢、塩、そしてたっぷりの植物油。これだけだ。
「奥様、それで何を作るおつもりで?」
院長先生が不思議そうに見ている。
「見ていてください。ここからは力仕事です!」
ボウルに卵黄と調味料を入れ、混ぜ合わせる。
そこへ油を少しずつ――本当に一滴ずつ垂らしながら泡立て器で激しく混ぜる。
カシャカシャカシャカシャッ!
乳化。水と油という、本来混ざり合わないものを強制的に結びつける化学の魔法。油を一気に入れると分離してしまう。焦らず、しかし手早く。
次第にシャバシャバだった液体が、もったりとしたクリーム状に変化していくのだ。
色は淡いクリーム色。艶やかな光沢を放ち始めた。
「……すごい。液体が固まった?」
仕上げに胡椒を少々。味見をする。
まろやかな酸味と卵のコク。そして油の濃厚な旨味。
「完成! 特製『マヨネーズ』です!」
私はスティック状に切ったキュウリやニンジンと共にマヨネーズの小皿をテーブルに運んだ。
「さあ、みんな。この『魔法のクリーム』をつけて食べてみて」
子どもたちは警戒しながらも、好奇心には勝てないようだ。
一人の男の子が恐る恐るニンジンをクリームに浸し、口に入れた。
ポリッ。
「……ん?」
男の子の目が丸くなった。
「……苦くない」
マヨネーズの濃厚な脂と酸味が野菜のえぐみを完全にコーティングしている。それどころか、噛めば噛むほど野菜の甘みが引き出され、口の中がこってりとした旨味で満たされる。
「うまい! これ、うまいぞ!」
その叫びを皮切りに食堂は戦場と化した。
「僕も!」
「私にもちょうだい!」
「野菜が……野菜がお菓子みたいになった!」
「もっとクリームつけて! たっぷりつけて!」
野菜嫌いだったはずの子どもたちが競うようにサラダを奪い合っている。中には、マヨネーズそのものを指で舐めようとする強者まで現れた。
「……信じられん」
ジルベール様が呆然と呟いた。
「あんなに嫌がっていた野菜を笑顔で貪り食っている……。レティシア、これは何の魔術だ?」
「『脂と糖と塩』という、人類が抗えない魅惑のトライアングルですよ」
私はジルベール様にもキュウリを差し出した。
「閣下もどうぞ」
彼は私の手から直接キュウリをかじった。
「……なるほど。濃厚だ。酸味が食欲を刺激し、後味に卵のまろやかさが残る。……これは危険な味だ」
「でしょう? これがあれば、領地の野菜消費量は倍増間違いなしです」
「……ふむ。商品化しよう」
公爵の目が『商人』の色に変わった。
「瓶詰めにして王都へ売る。野菜とセット販売すれば、我が領の農業収益は桁違いになるぞ」
「さすが閣下。転んでもタダでは起きない」
こうして孤児院の視察は大成功に終わった。
子どもたちは満腹で幸せそうに昼寝をし、私たちは充実感と共に帰路についた。
――はずだったのだが。
公爵城に戻ると、玄関ホールに整列した使用人たちが青ざめた顔で私たちを迎えた。
その先頭に立つ執事長が震える手で一通の手紙を差し出した。
「おかえりなさいませ、閣下。……き、緊急事態です」
「なんだ? 魔獣の大量発生か?」
ジルベール様が手紙を受け取り、封を切る。
中身を一読した瞬間、その場の温度が氷点下まで下がった。
「……あの女か」
彼が忌々しげに吐き捨てる。
「あの女?」
私が首を傾げると、ジルベール様はこめかみを押さえながら疲れた声で言った。
「隣国ガリアの第一王女、ビクトリアだ。……来週、この城へ『視察』に来るらしい」
「王女様が? どうしてまた?」
「名目は親善訪問だが……実態は、私への見合い強要だ。彼女は以前から、私を『将来の夫』だと勝手に公言している」
おっと?
ここにきてまさかのライバル登場?
しかも相手は王女様。
「面倒なことになった。……レティシア、君には苦労をかけるかもしれん」
公爵が私を気遣うように肩を抱く。
しかし、私の関心は別のところにあった。
(隣国ガリア……。美食の国として有名な、あのガリア?)
私の脳裏に浮かんだのは、ドロドロの修羅場ではなく、まだ見ぬ『異国の食材』の山だった。
(王女様が来るってことは……当然、最高級のお土産を持ってくるわよね!?)
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