2 / 44
第2話 さらば王都、こんにちは辺境ライフ
しおりを挟む
王都を出発して馬車に揺られること一週間。
車窓からの景色は、綺麗に舗装された石畳から鬱蒼とした森、そして険しい山道へと変わっていった。
公爵家からの手切れ金と、私がこっそり貯めていたお小遣い、そして最低限の荷物。
持参したものは少ないけれど、私の心は羽根が生えたように軽かった。
「やっと……やっと着いたわ!」
馬車が止まり、私は勢いよく扉を開けた。
ひんやりとした澄んだ空気が肺を満たす。王都の排気ガス混じりの空気とは大違いだ。
目の前に建っていたのは、築数十年は経っていそうな古びた洋館だった。
壁には蔦が這い、庭は雑草が伸び放題。屋根の一部は少し傾いているかもしれない。王族の別荘というよりは、お化け屋敷に近い佇まいだ。
「お待ちしておりました、レティシア様」
屋敷の前で頭を下げたのは、この別荘の管理を任されている老夫婦だった。ふっくらとした体型の優しそうな女性がマーサ、背中が丸まった無口そうな男性がハンスだという。
「遠いところ、よくお越しくださいました。……お辛かったでしょうに」
マーサが涙ぐみながら私を見る。
どうやら「婚約破棄されて傷心の令嬢が都落ちして隠遁生活を送りに来た」というストーリーが伝わっているらしい。
確かに半分は合っているけれど、私の感情は真逆だ。
「いいえ、マーサ。私はこの場所をとっても楽しみにしていたのよ」
「えっ? こ、こんな何もない田舎をですか?」
「『何もない』のが最高なの! ところでマーサ、一番重要なことを聞きたいのだけれど」
私は食い気味に尋ねた。
「このお屋敷のキッチンはどこかしら? あと、食材庫の在庫状況は?」
「は、はい? キッチン……ですか?」
目を丸くするマーサの手を取り、私は屋敷の中へと足を踏み入れた。
廊下には埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている場所もある。けれど柱や床板はしっかりしていて磨けば光るポテンシャルを感じさせた。
そして案内された厨房。
そこは、私の予想を遥かに超える素晴らしい場所だった。広々とした調理台、旧式だが火力の強そうな魔導コンロ、奥には巨大な石窯まである。
かつて美食家だった先代の王族が作らせたという噂は本当だったようだ。
長年使われていなかったせいで埃まみれだが、私にはここが宝石箱のように見えた。
「素晴らしいわ……! ここなら何でも作れる!」
「あの、レティシア様? お食事なら私がご用意しますが……」
「いいえ、マーサ。今日からここの料理長は私よ。貴女には助手を頼むわね」
「りょ、料理長!? 公爵令嬢様がですか!?」
腰を抜かしそうなマーサに、私はニカッと笑いかけた。
「元・公爵令嬢、よ。さあ、まずは大掃除から始めましょう! 美味しいご飯を食べるためには、綺麗な場所が必要だもの!」
こうして私の辺境生活初日は、ドレスを脱ぎ捨てて雑巾を握りしめることから始まったのだった。
車窓からの景色は、綺麗に舗装された石畳から鬱蒼とした森、そして険しい山道へと変わっていった。
公爵家からの手切れ金と、私がこっそり貯めていたお小遣い、そして最低限の荷物。
持参したものは少ないけれど、私の心は羽根が生えたように軽かった。
「やっと……やっと着いたわ!」
馬車が止まり、私は勢いよく扉を開けた。
ひんやりとした澄んだ空気が肺を満たす。王都の排気ガス混じりの空気とは大違いだ。
目の前に建っていたのは、築数十年は経っていそうな古びた洋館だった。
壁には蔦が這い、庭は雑草が伸び放題。屋根の一部は少し傾いているかもしれない。王族の別荘というよりは、お化け屋敷に近い佇まいだ。
「お待ちしておりました、レティシア様」
屋敷の前で頭を下げたのは、この別荘の管理を任されている老夫婦だった。ふっくらとした体型の優しそうな女性がマーサ、背中が丸まった無口そうな男性がハンスだという。
「遠いところ、よくお越しくださいました。……お辛かったでしょうに」
マーサが涙ぐみながら私を見る。
どうやら「婚約破棄されて傷心の令嬢が都落ちして隠遁生活を送りに来た」というストーリーが伝わっているらしい。
確かに半分は合っているけれど、私の感情は真逆だ。
「いいえ、マーサ。私はこの場所をとっても楽しみにしていたのよ」
「えっ? こ、こんな何もない田舎をですか?」
「『何もない』のが最高なの! ところでマーサ、一番重要なことを聞きたいのだけれど」
私は食い気味に尋ねた。
「このお屋敷のキッチンはどこかしら? あと、食材庫の在庫状況は?」
「は、はい? キッチン……ですか?」
目を丸くするマーサの手を取り、私は屋敷の中へと足を踏み入れた。
廊下には埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている場所もある。けれど柱や床板はしっかりしていて磨けば光るポテンシャルを感じさせた。
そして案内された厨房。
そこは、私の予想を遥かに超える素晴らしい場所だった。広々とした調理台、旧式だが火力の強そうな魔導コンロ、奥には巨大な石窯まである。
かつて美食家だった先代の王族が作らせたという噂は本当だったようだ。
長年使われていなかったせいで埃まみれだが、私にはここが宝石箱のように見えた。
「素晴らしいわ……! ここなら何でも作れる!」
「あの、レティシア様? お食事なら私がご用意しますが……」
「いいえ、マーサ。今日からここの料理長は私よ。貴女には助手を頼むわね」
「りょ、料理長!? 公爵令嬢様がですか!?」
腰を抜かしそうなマーサに、私はニカッと笑いかけた。
「元・公爵令嬢、よ。さあ、まずは大掃除から始めましょう! 美味しいご飯を食べるためには、綺麗な場所が必要だもの!」
こうして私の辺境生活初日は、ドレスを脱ぎ捨てて雑巾を握りしめることから始まったのだった。
89
あなたにおすすめの小説
王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました
水上
恋愛
【全18話完結】
「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。
そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。
自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。
そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。
一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。
「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~
eringi
恋愛
伯爵令嬢アリアは、あらゆる精霊の声を聞き、力を借りることができる稀代の「精霊使い」。
しかしその能力は目に見えないため、実家の家族からは「虚言癖のある地味な娘」と蔑まれてきた。
ある日、アリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡される。
「君のような可愛げのない女は願い下げだ。僕は君の妹、ミラの真実の愛に生きる!」
妹のミラは、アリアの成果を横取りし、王子に取り入っていたのだ。
濡れ衣を着せられ、着の身着のままで家を追い出されたアリア。
途方に暮れる彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と恐れられる辺境伯、ヴァルド・フォン・アイスバーグだった。
「……探していた。私の屋敷に来てくれないか」
冷酷だと思われていた公爵様ですが、実は精霊が大好きな、不器用で超・過保護な旦那様で!?
公爵領でアリアが精霊たちと楽しくスローライフを送る一方、アリアを追い出した実家と国は、精霊の加護を失い、とんでもない事態に陥っていく。
「今さら戻ってきてほしい? お断りです。私はここで幸せになりますので」
これは、虐げられてきた令嬢が最強の公爵様に溺愛され、幸せを掴み取るまでの物語。
「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜
赤紫
恋愛
私、リリアナは前世で介護士として過労死した後、異世界で最強の癒しの力を持つ聖女に転生しました。でも完璧すぎる治療魔法を「異常」と恐れられ、婚約者の王太子から「君の力は危険だ」と婚約破棄されて魔獣の森に追放されてしまいます。
絶望の中で瀕死の隣国王子を救ったところ、「君は最高だ!」と初めて私の力を称賛してくれました。新天地では「真の聖女」と呼ばれ、前世の介護経験も活かして疫病を根絶!魔獣との共存も実現して、国民の皆さんから「ありがとう!」の声をたくさんいただきました。
そんな時、私を捨てた元の国で災いが起こり、「戻ってきて」と懇願されたけれど——「私を捨てた国には用はありません」。
今度こそ私は、私を理解してくれる人たちと本当の幸せを掴みます!
氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~
雨宮羽那
恋愛
魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。
そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!
詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。
家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。
同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!?
「これは契約結婚のはずですよね!?」
……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……?
◇◇◇◇
恋愛小説大賞に応募予定作品です。
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"
モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです!
※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。
枯渇聖女は婚約破棄され結婚絶対無理ランキング1位の辺境伯に言い寄られる
はなまる
恋愛
らすじ
フレイシアは10歳の頃母と一緒に魔物に遭遇。その時母はかなりの傷を負い亡くなりショックで喋れなくなtったがその時月の精霊の加護を受けて微力ながらも魔法が使えるようになった。
このニルス国では魔力を持っている人間はほとんどいなくて魔物討伐でけがを負った第二王子のジェリク殿下の怪我をほんの少し治せた事からジェリク殿下から聖女として王都に来るように誘われる。
フレイシアは戸惑いながらも淡い恋心を抱きジェリク殿下の申し出を受ける。
そして王都の聖教会で聖女として働くことになりジェリク殿下からも頼られ婚約者にもなってこの6年フレイシアはジェリク殿下の期待に応えようと必死だった。
だが、最近になってジェリクは治癒魔法が使えるカトリーナ公爵令嬢に気持ちを移してしまう。
その前からジェリク殿下の態度に不信感を抱いていたフレイシアは魔力をだんだん失くしていて、ついにジェリクから枯渇聖女と言われ婚約を破棄されおまけに群れ衣を着せられて王都から辺境に追放される事になった。
追放が決まり牢に入れられている間に月の精霊が現れフレイシアの魔力は回復し、翌日、辺境に向かう騎士3名と一緒に荷馬車に乗ってその途中で魔物に遭遇。フレイシアは想像を超える魔力を発揮する。
そんな力を持って辺境に‥
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。少し間が開いてしまいましたがよろしくです。
まったくの空想の異世界のお話。誤字脱字などご不快な点は平にご容赦お願いします。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。他のサイトにも投稿しています。
無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?
萩月
恋愛
公爵令嬢のルルナには悩みがあった。それは、魔力至上主義のこの国で、成人を過ぎても一切の魔力が開花していない「無能令嬢」であること。
完璧超人の第一王子・アリスティアの婚約者として相応しくないと絶望した彼女は、彼を汚点から守るため、ある決意をする。
「そうだ、最低最悪の悪役令嬢になって、彼に愛想を尽かされて婚約破棄されよう!」
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
婚約破棄された伯爵令嬢は隣国の将軍に求婚され、前世の記憶を取り戻す
nacat
恋愛
婚約者である王太子に身に覚えのない罪を着せられ、婚約破棄された伯爵令嬢エリシア。
廷臣たちの嘲笑の中、隣国の若き将軍ライナルトが現れ、「ならば、俺が君を妻にしよう」と求婚する。
彼はただの救い手ではなかった。エリシアの“前世の記憶”と深く結びついた存在だったのだ——。
かつてすべてを失った令嬢が、今世では誰より強く、愛され、そしてざまぁを下す。
溺愛と逆転の物語、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる