9 / 44
第9話 肉汁溢れるジューシー唐揚げ
しおりを挟む
翌日、私は朝から「戦場」に立っていた。
ボウルに山盛りになった鶏もも肉。そこに、すりおろした生姜とニンニク、酒、そして醤油をたっぷりと揉み込む。
ジップロックのような保存袋がないので、ボウルに落とし蓋をして重石を乗せ、しっかりと味を染み込ませる。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ」
これはおまじないではない。
私の魔力を微量に織り交ぜるための重要な工程だ。三十分ほど寝かせた肉に片栗粉の代わりに芋の粉をまぶす。
余分な粉をはたき、準備は完了だ。
そして昼下がり。
店の扉が開くと同時に店内の空気が一変した。
サァァァ……と、まるで冷気が流れ込んだかのように気温が下がる。
「……ここか」
現れたのは、昨日来店した騎士たちに先導された一人の青年だった。
銀糸を溶かしたようなプラチナシルバーの髪。
凍てつく氷河のようなアイスブルーの瞳。
整った顔立ちだが、その表情は能面のように無表情で人を寄せ付けない鋭い覇気を纏っている。
――辺境伯、ジークフリート・フォン・ノルド。
通称『氷の騎士』。
(うわぁ、本当に怖そう……というか、顔色が真っ青じゃない!)
私の目には、彼の美貌よりもその不健康さが目に付いた。眉間には深い皺が刻まれ、こめかみを指で押さえている。強大な魔力が体内で暴走し、激しい頭痛を引き起こしているのが、魔力持ちの私にはなんとなく分かった。
「い、いらっしゃいませ。奥のテーブルへどうぞ」
他のお客様が怯えて硬直する中、私は精一杯の笑顔で案内した。ジークフリート様は無言で頷き、重そうに椅子に腰を下ろした。
「……食欲はない。水だけでいい」
「閣下、そう仰らずに。一口だけでも」
「……うるさい。頭に響く」
部下の騎士たちがオロオロしている。
私は厨房に戻り、熱した油の前に立った。
食欲がない? そんな言葉、この料理の前では無意味にしてあげるわ。
私は味の染みた鶏肉を高温の油へと滑り込ませた。
ジュワアアアァァァァッ!!
静まり返っていた店内に油が跳ねる勇ましい音が響き渡る。
それと同時に爆発的な香りが広がった。
醤油の焦げる香ばしさ。ニンニクと生姜の食欲を刺激するスパイシーな香り。鶏の脂が溶け出す甘い匂い。
ホールにいるジークフリート様の眉がピクリと動いたのが見えた。
喉仏が小さく動く。体は正直だ。
「お待たせいたしました。『特製・スタミナ唐揚げ定食』です」
私は揚げたて熱々の唐揚げを山盛りにした皿を彼の目の前に置いた。
キツネ色に揚がった衣は、見るからにカリカリだ。湯気とともに立ち上るガーリック醤油の香りが彼の鼻腔を直撃する。
「……なんだこれは。肉の塊か」
「唐揚げと言います。外はカリッと、中はジューシー。騙されたと思って、一つ召し上がってください」
ジークフリート様は怪訝な顔でフォークを突き刺した。そして、恐る恐る口へと運ぶ。
カリッ、ザクッ。
小気味よい音が店内に響いた。
その瞬間、彼の目がカッと見開かれる。
衣を突き破った先から、熱々の肉汁が鉄砲水のように溢れ出したのだ。
舌を火傷しそうなほどの熱さ。けれど、それを凌駕する圧倒的な旨味。ニンニク醤油のパンチが効いた濃い目の味付けが疲労した脳髄にダイレクトに響く。
「ッ……!?」
彼は言葉を失ったまま、二口、三口と咀嚼を進めた。飲み込むのが惜しいほどの旨味。
ゴクリと飲み込むと、熱い塊が胃袋に落ち、そこからじんわりと温かい何かが――私の魔力が――全身へ広がっていく。
(……痛みが、消えていく?)
彼がハッとしてこめかみに手をやる。
ガンガンと鳴り響いていた鐘のような頭痛が、唐揚げを一つ食べるごとに霧散していくのだ。
代わりに満たされるのは、暴力的なまでの「美味しい」という多幸感。
「……美味い」
彼はポツリと呟いた。
そして、次は白米を一口。濃い味の唐揚げと、ほかほかの白米。この組み合わせは至高だ。
フォークを持つ手が止まらない。
食欲がないと言っていたのが嘘のように、彼は山盛りの唐揚げを次々と平らげていく。
部下の騎士たちが「あ、あの閣下が……完食しそうだぞ!?」と驚愕している。
私はその様子をカウンター越しに見守りながら、小さくガッツポーズをした。
よし、勝ったわ! 氷の騎士様、陥落です!
ボウルに山盛りになった鶏もも肉。そこに、すりおろした生姜とニンニク、酒、そして醤油をたっぷりと揉み込む。
ジップロックのような保存袋がないので、ボウルに落とし蓋をして重石を乗せ、しっかりと味を染み込ませる。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ」
これはおまじないではない。
私の魔力を微量に織り交ぜるための重要な工程だ。三十分ほど寝かせた肉に片栗粉の代わりに芋の粉をまぶす。
余分な粉をはたき、準備は完了だ。
そして昼下がり。
店の扉が開くと同時に店内の空気が一変した。
サァァァ……と、まるで冷気が流れ込んだかのように気温が下がる。
「……ここか」
現れたのは、昨日来店した騎士たちに先導された一人の青年だった。
銀糸を溶かしたようなプラチナシルバーの髪。
凍てつく氷河のようなアイスブルーの瞳。
整った顔立ちだが、その表情は能面のように無表情で人を寄せ付けない鋭い覇気を纏っている。
――辺境伯、ジークフリート・フォン・ノルド。
通称『氷の騎士』。
(うわぁ、本当に怖そう……というか、顔色が真っ青じゃない!)
私の目には、彼の美貌よりもその不健康さが目に付いた。眉間には深い皺が刻まれ、こめかみを指で押さえている。強大な魔力が体内で暴走し、激しい頭痛を引き起こしているのが、魔力持ちの私にはなんとなく分かった。
「い、いらっしゃいませ。奥のテーブルへどうぞ」
他のお客様が怯えて硬直する中、私は精一杯の笑顔で案内した。ジークフリート様は無言で頷き、重そうに椅子に腰を下ろした。
「……食欲はない。水だけでいい」
「閣下、そう仰らずに。一口だけでも」
「……うるさい。頭に響く」
部下の騎士たちがオロオロしている。
私は厨房に戻り、熱した油の前に立った。
食欲がない? そんな言葉、この料理の前では無意味にしてあげるわ。
私は味の染みた鶏肉を高温の油へと滑り込ませた。
ジュワアアアァァァァッ!!
静まり返っていた店内に油が跳ねる勇ましい音が響き渡る。
それと同時に爆発的な香りが広がった。
醤油の焦げる香ばしさ。ニンニクと生姜の食欲を刺激するスパイシーな香り。鶏の脂が溶け出す甘い匂い。
ホールにいるジークフリート様の眉がピクリと動いたのが見えた。
喉仏が小さく動く。体は正直だ。
「お待たせいたしました。『特製・スタミナ唐揚げ定食』です」
私は揚げたて熱々の唐揚げを山盛りにした皿を彼の目の前に置いた。
キツネ色に揚がった衣は、見るからにカリカリだ。湯気とともに立ち上るガーリック醤油の香りが彼の鼻腔を直撃する。
「……なんだこれは。肉の塊か」
「唐揚げと言います。外はカリッと、中はジューシー。騙されたと思って、一つ召し上がってください」
ジークフリート様は怪訝な顔でフォークを突き刺した。そして、恐る恐る口へと運ぶ。
カリッ、ザクッ。
小気味よい音が店内に響いた。
その瞬間、彼の目がカッと見開かれる。
衣を突き破った先から、熱々の肉汁が鉄砲水のように溢れ出したのだ。
舌を火傷しそうなほどの熱さ。けれど、それを凌駕する圧倒的な旨味。ニンニク醤油のパンチが効いた濃い目の味付けが疲労した脳髄にダイレクトに響く。
「ッ……!?」
彼は言葉を失ったまま、二口、三口と咀嚼を進めた。飲み込むのが惜しいほどの旨味。
ゴクリと飲み込むと、熱い塊が胃袋に落ち、そこからじんわりと温かい何かが――私の魔力が――全身へ広がっていく。
(……痛みが、消えていく?)
彼がハッとしてこめかみに手をやる。
ガンガンと鳴り響いていた鐘のような頭痛が、唐揚げを一つ食べるごとに霧散していくのだ。
代わりに満たされるのは、暴力的なまでの「美味しい」という多幸感。
「……美味い」
彼はポツリと呟いた。
そして、次は白米を一口。濃い味の唐揚げと、ほかほかの白米。この組み合わせは至高だ。
フォークを持つ手が止まらない。
食欲がないと言っていたのが嘘のように、彼は山盛りの唐揚げを次々と平らげていく。
部下の騎士たちが「あ、あの閣下が……完食しそうだぞ!?」と驚愕している。
私はその様子をカウンター越しに見守りながら、小さくガッツポーズをした。
よし、勝ったわ! 氷の騎士様、陥落です!
96
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
一度目で黒狼公に討たれた私ですが、二度目の夜はお父様のそばでしか眠れません
師走
恋愛
八歳の冬、リリア・ヴァルグレイは父に殺された。
王国最強の討魔貴族――黒狼公レオンハルト・ヴァルグレイ。
人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。
けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。
もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。
そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。
そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。
一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。
リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。
そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。
人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。
怖い。近づきたくない。
それでも、その腕の中でしか眠れない。
またあの冬が来る。
また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。
今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。
一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。
小説家になろう様でも掲載中
もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません
まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?
婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~
ソラ
ファンタジー
「エリアナ、貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」
聖女としての魔力を使い果たし、無能と蔑まれた公爵令嬢エリアナ。
妹に婚約者を奪われ、身一つで北の最果て、凍てつく「死の森」へと捨てられる。
寒さに震え死を覚悟した彼女が出会ったのは、雪に埋もれていた一匹の小さなしっぽ。
「……ひとりぼっちなの? 大丈夫、私が温めてあげるわ」
最後の手向けに、残されたわずかな浄化の力を注いだエリアナ。
だが、その子犬の正体は――数千年の眠りから目覚めた、世界を滅ぼす伝説の神獣『フェンリル』だった!
ヒロインの淹れるお茶に癒やされ、ヒロインのブラッシングにうっとり。
最強の神獣は、彼女を守るためだけに辺境を「極上の聖域」へと作り替えていく。
一方、本物の聖女(結界維持役)を失った王国では、災厄が次々と降り注ぎ、崩壊の危機を迎えていた。
今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくる王子たち。
けれど、エリアナの膝の上には、甘えん坊の神獣様(執着心MAX)が陣取っていて――。
「聖女の仕事? いえ、今は神獣様とのお昼寝の方が忙しいので」
無自覚チートな聖女と、彼女にだけはデレデレな神獣様による、逆転溺愛スローライフが幕を開ける!
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました
さち姫
恋愛
シャーリー・サヴォワは伯爵家の双子の妹として産まれた 。実の父と双子の姉、継母に毎日いじめられ、辛い日々を送っていた。特に綺麗で要領のいい双子の姉のいつも比べられ、卑屈になる日々だった。
そんな事ある日、父が、
何も言わず、メイドして働いてこい、
と会ったこともないのにウインザー子爵家に、ポイされる。
そこで、やっと人として愛される事を知る。
ウインザー子爵家で、父のお酒のおつまみとして作っていた料理が素朴ながらも大人気となり、前向きな自分を取り戻していく。
そこで知り合った、ふたりの男性に戸惑いながらも、楽しい三角関係が出来上がっていく。
やっと人間らしく過ごし始めたのに、邪魔をする家族。
その中で、ウインザー子爵の本当の姿を知る。
前に書いていたいた小説に加筆を加えました。ほぼ同じですのでご了承ください。
また、料理については個人的に普段作っているのをある程度載せていますので、深く突っ込むのはやめてくださいm(*_ _)m
第1部の加筆が終わったので、ここから毎日投稿致しますm(_ _)m
救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」
魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。
――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。
「ここ……どこ?」
現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。
救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。
「ほら、食え」
「……いいの?」
焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる