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第10話 辺境伯様の不器用な問いかけ
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カチャリ。
フォークが皿に置かれる音が静まり返った店内に響いた。
目の前には、綺麗に空になったお皿。
あんなに山盛りだった唐揚げも、大盛りご飯も、付け合わせのキャベツまでもが、すべてジークフリート様の胃袋へと消えていた。
「……信じられん」
彼が低く呟く。
その声には怒りではなく、純粋な困惑が滲んでいた。
「ここ数ヶ月、何を口にしても砂を噛むようだった私が……まさか完食するとは」
彼はゆっくりと立ち上がると、カウンターの中にいる私の方へと歩み寄ってきた。その迫力に私は思わず布巾を握りしめて一歩下がる。
近くで見ると、やはり背が高い。そして、先ほどまでの病的な青白さが消え、頬には健康的な赤みが差している。
「店主。名はなんという」
「レ、レティシアです」
「レティシアか。……貴様、あの料理に『何』を入れた?」
鋭いアイスブルーの瞳が私を射抜く。
「え?」
「隠しても無駄だ。私の魔力過多による頭痛は、王都の最高級ポーションでも一時的にしか治まらない。それが、たかが昼食一回で完全に消滅したのだぞ。ただの鶏肉なわけがあるまい」
ジークフリート様はカウンターに身を乗り出し、私を問い詰める。
周囲の騎士たちが、
「閣下、落ち着いてください!」
「女性が怖がっています!」
止めに入ろうとするが彼は聞く耳を持たない。
(何を入れたって言われても……)
私は瞬きをして正直に答えた。
「ええと……醤油と、お酒と、ニンニクと生姜……あとは、『美味しくなあれ』という真心でしょうか?」
「真心……だと?」
彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
あ、もしかして「魔法の薬草」とか、そういう答えを期待していたのだろうか。
「はい。料理は食べる人の幸せを願って作るものですから。それが一番のスパイスですわ」
私がニッコリと微笑むと、ジークフリート様は口元を手で覆い視線を彷徨わせた。耳の先がほんのりと赤くなっているように見える。
「……ふん。真心、か。……馬鹿馬鹿しい」
彼はそっぽを向きながらも、懐から革袋を取り出した。
ジャララッ!
カウンターの上に大量の金貨が積み上げられる。
「ええっ!? ちょ、ちょっと、多すぎます!」
「治療代だと思えば安いものだ。……釣りはいらん。取っておけ」
「いけません! うちは定食屋です! 正規の代金しかしいただきません!」
私が金貨を押し返すと、彼は不満げに眉を寄せた。
しばらく無言の押し問答が続いたが、私の頑固さに折れたのか、彼は「チッ」と舌打ちをして、正規の代金だけを置いた。
「……分かった。だが、覚えておけ」
帰り際、彼は扉の前で立ち止まり振り返った。
その表情は相変わらず無愛想だったが、その瞳の氷は少しだけ溶けているように見えた。
「私の頭痛を消したのは、貴様が初めてだ。……また来る」
バタン。
扉が閉まると店内には安堵のため息が充満した。
「はぁ~……寿命が縮むかと思った……」
「お嬢ちゃん、すげぇな! あの『氷の騎士』と対等に渡り合うなんて!」
「しかも金貨を突き返すなんて、度胸ありすぎだろ!」
冒険者や騎士たちが口を揃えて言う。
私は苦笑いしながら、カウンターの上の銀貨を手に取った。
なんだか嵐のような人だったけれど。
でも、空っぽになったお皿を見た時のあの満足そうな顔。あれを見られただけで、料理人としては百点満点だ。
『クゥン……』
足元でルルが犬だけど何か難しい顔をしていたけれど、忙しすぎて気づく余裕はなかった。
こうして最強の常連客・ジークフリート様の「胃袋」を掴むことに成功した私は、翌日からさらなる忙殺地獄へと叩き落されることになるのだった。
フォークが皿に置かれる音が静まり返った店内に響いた。
目の前には、綺麗に空になったお皿。
あんなに山盛りだった唐揚げも、大盛りご飯も、付け合わせのキャベツまでもが、すべてジークフリート様の胃袋へと消えていた。
「……信じられん」
彼が低く呟く。
その声には怒りではなく、純粋な困惑が滲んでいた。
「ここ数ヶ月、何を口にしても砂を噛むようだった私が……まさか完食するとは」
彼はゆっくりと立ち上がると、カウンターの中にいる私の方へと歩み寄ってきた。その迫力に私は思わず布巾を握りしめて一歩下がる。
近くで見ると、やはり背が高い。そして、先ほどまでの病的な青白さが消え、頬には健康的な赤みが差している。
「店主。名はなんという」
「レ、レティシアです」
「レティシアか。……貴様、あの料理に『何』を入れた?」
鋭いアイスブルーの瞳が私を射抜く。
「え?」
「隠しても無駄だ。私の魔力過多による頭痛は、王都の最高級ポーションでも一時的にしか治まらない。それが、たかが昼食一回で完全に消滅したのだぞ。ただの鶏肉なわけがあるまい」
ジークフリート様はカウンターに身を乗り出し、私を問い詰める。
周囲の騎士たちが、
「閣下、落ち着いてください!」
「女性が怖がっています!」
止めに入ろうとするが彼は聞く耳を持たない。
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私は瞬きをして正直に答えた。
「ええと……醤油と、お酒と、ニンニクと生姜……あとは、『美味しくなあれ』という真心でしょうか?」
「真心……だと?」
彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
あ、もしかして「魔法の薬草」とか、そういう答えを期待していたのだろうか。
「はい。料理は食べる人の幸せを願って作るものですから。それが一番のスパイスですわ」
私がニッコリと微笑むと、ジークフリート様は口元を手で覆い視線を彷徨わせた。耳の先がほんのりと赤くなっているように見える。
「……ふん。真心、か。……馬鹿馬鹿しい」
彼はそっぽを向きながらも、懐から革袋を取り出した。
ジャララッ!
カウンターの上に大量の金貨が積み上げられる。
「ええっ!? ちょ、ちょっと、多すぎます!」
「治療代だと思えば安いものだ。……釣りはいらん。取っておけ」
「いけません! うちは定食屋です! 正規の代金しかしいただきません!」
私が金貨を押し返すと、彼は不満げに眉を寄せた。
しばらく無言の押し問答が続いたが、私の頑固さに折れたのか、彼は「チッ」と舌打ちをして、正規の代金だけを置いた。
「……分かった。だが、覚えておけ」
帰り際、彼は扉の前で立ち止まり振り返った。
その表情は相変わらず無愛想だったが、その瞳の氷は少しだけ溶けているように見えた。
「私の頭痛を消したのは、貴様が初めてだ。……また来る」
バタン。
扉が閉まると店内には安堵のため息が充満した。
「はぁ~……寿命が縮むかと思った……」
「お嬢ちゃん、すげぇな! あの『氷の騎士』と対等に渡り合うなんて!」
「しかも金貨を突き返すなんて、度胸ありすぎだろ!」
冒険者や騎士たちが口を揃えて言う。
私は苦笑いしながら、カウンターの上の銀貨を手に取った。
なんだか嵐のような人だったけれど。
でも、空っぽになったお皿を見た時のあの満足そうな顔。あれを見られただけで、料理人としては百点満点だ。
『クゥン……』
足元でルルが犬だけど何か難しい顔をしていたけれど、忙しすぎて気づく余裕はなかった。
こうして最強の常連客・ジークフリート様の「胃袋」を掴むことに成功した私は、翌日からさらなる忙殺地獄へと叩き落されることになるのだった。
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