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第25話 王都からの使者
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孤児院の子供たちが笑顔で帰ったあと、『陽だまり亭』には穏やかな午後の日差しが差し込んでいた。
「ふぅ……みんな、喜んでくれてよかった」
私は洗い物をしながら、心地よい疲労感に浸っていた。カウンターの隅では、子供たちの相手をして髪が少しボサボサになったジーク様が文句を言いながらも冷めたコーヒーをすすっている。
「……子供というのは、なぜあんなに体温が高いのだ。湯たんぽのようだったぞ」
「ふふ、ジーク様が寒がりだから、温めてくれたんですよ」
そんな他愛もない会話を交わしていた、その時だった。
ダダンッ!!
乱暴にドアが開かれ、平穏な空気が引き裂かれた。
「おい、ここにいるのか! レティシア・フォン・アークライト!」
土足で踏み込んできたのは、王家の紋章が入ったマントを羽織った二人の男だった。尊大な態度と鼻につく香水の匂い。王都の官僚だ。
「……アークライトの名は捨てました。今はただのレティシアです」
「ふん、口減らずな。まあいい、喜べ! フレデリック殿下からの慈悲深い命令書を持参した!」
男の一人が巻物を仰々しく広げた。
「『聖女ミナの体調不良により、城の食事が危機に瀕している。よって元婚約者レティシアに厨房の下働きとして戻ることを特別に許可する。直ちに支度をして馬車に乗れ』……だとさ」
男はニヤニヤと笑った。
「よかったなぁ。本来なら追放された身分だぞ? 殿下の温情に感謝して這いつくばって喜べよ」
私は開いた口が塞がらなかった。
「戻ってこい」ではなく「戻ることを許可する」? しかも自分たちが追い出しておいて、困ったから「下働き」で戻れ?
……馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
「お断りします」
私はきっぱりと告げた。
「私はこの店が大切なのです。それに、もう殿下とは何の関係もありません。お引き取りください」
「ああん? 王族の命令に逆らう気か? この田舎娘が!」
男たちが色めき立つ。
一人が私の腕を掴もうと、カウンター越しに手を伸ばしてきた。
「逆らうなら無理やりにでも連れて行くぞ! どうせ後ろ盾もない女だ、騒いでも――」
――ピキィン。
男の手が私に触れる寸前。
店内の空気がガラスが割れるような音と共に凍りついた。
「……誰に後ろ盾がないと言った?」
地獄の底から響くような声。
男たちがビクリと動きを止める。
私の背後、カウンターの陰になっていた席から、ゆらりと立ち上がる影があった。
「へ……?」
男たちが目を丸くする。
そこに立っていたのは、蒼い瞳に絶対零度の殺気を宿した、この地の支配者――ジークフリート様だった。
「じ、ジークフリート辺境伯閣下!? な、なぜこのような場所に!?」
「貴様らが土足で踏み荒らしたここは、私の領地であり、私の『庭』だ。……誰の許可を得て吠えている?」
ジーク様が一歩踏み出すと床が白く凍りつく。
そのプレッシャーは、先日の悪徳商人の時とは比べ物にならない。本気の怒りだ。
「ひッ……! い、いや、我々は王太子の命を受けて……!」
「王太子? あの愚か者がなんだと言うのだ」
ジーク様は鼻で笑った。
「有能な婚約者を捨て、偽物の聖女にうつつを抜かし、自らの不始末も収められずに元婚約者にすがりつく……そんな男の『命令』など、この辺境では犬の鳴き声ほどの価値もない」
「なっ、不敬だぞ! 殿下を侮辱する気か!」
「事実を述べて何が悪い。……それとも、今ここで私が王城へ出向き、その無様な命令書を殿下の目の前で破り捨ててやろうか?」
ジーク様の手から、パチパチと青白い魔力が溢れ出す。
男たちは完全に萎縮した。
最強の魔法使いである辺境伯を敵に回せば、王太子といえど無事では済まない。
「き、今日のところは引き上げる! だが覚えておけ! ただで済むと思うなよ!」
捨て台詞を吐き、男たちは転がるように逃げ帰っていった。
嵐が去り、静寂が戻る。
「……大丈夫か、レティシア」
ジーク様が振り返る。その瞳から殺気は消え、心配そうな色が揺れていた。
「はい。ジーク様のおかげで、助かりました。……でも」
私は震える手をギュッと握りしめた。
「彼らはまた来ますよね。次は、もっと強硬な手段で」
「……ああ。王太子は諦めが悪い男だ」
ジーク様は私の手を取り、その大きな掌で包み込んだ。温かい。守られている、という安心感が心に染み渡る。
「だが、案ずるな。……たとえ国を敵に回しても、お前は私が守る」
その言葉は、どんな甘い愛の言葉よりも強く、私の胸を打った。
この時、王都との対立は決定的になったのだ。
けれど、この人の隣にいれば、きっと大丈夫。
そう信じられる強さが、今の私にはあった。
「ふぅ……みんな、喜んでくれてよかった」
私は洗い物をしながら、心地よい疲労感に浸っていた。カウンターの隅では、子供たちの相手をして髪が少しボサボサになったジーク様が文句を言いながらも冷めたコーヒーをすすっている。
「……子供というのは、なぜあんなに体温が高いのだ。湯たんぽのようだったぞ」
「ふふ、ジーク様が寒がりだから、温めてくれたんですよ」
そんな他愛もない会話を交わしていた、その時だった。
ダダンッ!!
乱暴にドアが開かれ、平穏な空気が引き裂かれた。
「おい、ここにいるのか! レティシア・フォン・アークライト!」
土足で踏み込んできたのは、王家の紋章が入ったマントを羽織った二人の男だった。尊大な態度と鼻につく香水の匂い。王都の官僚だ。
「……アークライトの名は捨てました。今はただのレティシアです」
「ふん、口減らずな。まあいい、喜べ! フレデリック殿下からの慈悲深い命令書を持参した!」
男の一人が巻物を仰々しく広げた。
「『聖女ミナの体調不良により、城の食事が危機に瀕している。よって元婚約者レティシアに厨房の下働きとして戻ることを特別に許可する。直ちに支度をして馬車に乗れ』……だとさ」
男はニヤニヤと笑った。
「よかったなぁ。本来なら追放された身分だぞ? 殿下の温情に感謝して這いつくばって喜べよ」
私は開いた口が塞がらなかった。
「戻ってこい」ではなく「戻ることを許可する」? しかも自分たちが追い出しておいて、困ったから「下働き」で戻れ?
……馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
「お断りします」
私はきっぱりと告げた。
「私はこの店が大切なのです。それに、もう殿下とは何の関係もありません。お引き取りください」
「ああん? 王族の命令に逆らう気か? この田舎娘が!」
男たちが色めき立つ。
一人が私の腕を掴もうと、カウンター越しに手を伸ばしてきた。
「逆らうなら無理やりにでも連れて行くぞ! どうせ後ろ盾もない女だ、騒いでも――」
――ピキィン。
男の手が私に触れる寸前。
店内の空気がガラスが割れるような音と共に凍りついた。
「……誰に後ろ盾がないと言った?」
地獄の底から響くような声。
男たちがビクリと動きを止める。
私の背後、カウンターの陰になっていた席から、ゆらりと立ち上がる影があった。
「へ……?」
男たちが目を丸くする。
そこに立っていたのは、蒼い瞳に絶対零度の殺気を宿した、この地の支配者――ジークフリート様だった。
「じ、ジークフリート辺境伯閣下!? な、なぜこのような場所に!?」
「貴様らが土足で踏み荒らしたここは、私の領地であり、私の『庭』だ。……誰の許可を得て吠えている?」
ジーク様が一歩踏み出すと床が白く凍りつく。
そのプレッシャーは、先日の悪徳商人の時とは比べ物にならない。本気の怒りだ。
「ひッ……! い、いや、我々は王太子の命を受けて……!」
「王太子? あの愚か者がなんだと言うのだ」
ジーク様は鼻で笑った。
「有能な婚約者を捨て、偽物の聖女にうつつを抜かし、自らの不始末も収められずに元婚約者にすがりつく……そんな男の『命令』など、この辺境では犬の鳴き声ほどの価値もない」
「なっ、不敬だぞ! 殿下を侮辱する気か!」
「事実を述べて何が悪い。……それとも、今ここで私が王城へ出向き、その無様な命令書を殿下の目の前で破り捨ててやろうか?」
ジーク様の手から、パチパチと青白い魔力が溢れ出す。
男たちは完全に萎縮した。
最強の魔法使いである辺境伯を敵に回せば、王太子といえど無事では済まない。
「き、今日のところは引き上げる! だが覚えておけ! ただで済むと思うなよ!」
捨て台詞を吐き、男たちは転がるように逃げ帰っていった。
嵐が去り、静寂が戻る。
「……大丈夫か、レティシア」
ジーク様が振り返る。その瞳から殺気は消え、心配そうな色が揺れていた。
「はい。ジーク様のおかげで、助かりました。……でも」
私は震える手をギュッと握りしめた。
「彼らはまた来ますよね。次は、もっと強硬な手段で」
「……ああ。王太子は諦めが悪い男だ」
ジーク様は私の手を取り、その大きな掌で包み込んだ。温かい。守られている、という安心感が心に染み渡る。
「だが、案ずるな。……たとえ国を敵に回しても、お前は私が守る」
その言葉は、どんな甘い愛の言葉よりも強く、私の胸を打った。
この時、王都との対立は決定的になったのだ。
けれど、この人の隣にいれば、きっと大丈夫。
そう信じられる強さが、今の私にはあった。
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