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第30話 祭りのあと、忍び寄る「元」婚約者の影
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大輪の花火が夜空に溶け、祭りの喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
私たちは帰り道を並んで歩いていた。
行きよりも歩く速度が遅いのは、きっと二人とも、この時間が終わってほしくないと思っているからだ。
夜風が少し冷たいけれど、隣を歩くジークフリート様の体温が伝わってきて、ちっとも寒くなかった。
「……楽しかったか」
「はい! こんなに笑ったのは久しぶりです。焼きそばも美味しかったですし」
「フン。あんな中毒性のある劇物を食わせて……責任を取ってもらうからな」
ジーク様は憎まれ口を叩きながらも、私の手を――人混みはもうないのに離そうとしない。その大きくゴツゴツした手のひらが、今は何よりも愛おしかった。
『陽だまり亭』の明かりが見えてくる。
魔法が解ける時間だ。
「レティシア」
店の前でジーク様が足を止めた。
ルルが気を利かせたのか、先に店の中へと入っていく。
「今日は、付き合ってくれて感謝する。……お前が隣にいると、ただの祭りが、こんなにも鮮やかに見えるのだな」
「ジーク様……」
「王都の連中が何を言ってこようと、関係ない。私は……」
彼が言いかけた、その時だった。
ザッ。
暗がりから複数の足音が響いた。
「……見つけたぞ」
粘着質な聞き覚えのある声。
背筋が凍りついた。
ジーク様が瞬時に私を背に庇い、鋭い視線を闇に向ける。
「誰だ」
街灯の明かりの下に姿を現したのは、旅の汚れで薄汚れたマントを羽織った男女の集団だった。
その中心にいる人物を見て、私は息を飲んだ。
やつれた頬。血走った目。かつての煌びやかなオーラは見る影もないが、その整った顔立ちには見覚えがありすぎる。
「……フレデリック殿下?」
そしてその腕にしがみついている、ピンクブロンドの小柄な女性。
かつて「聖女」ともてはやされたミナ様だ。彼女もまた、ドレスは泥で汚れ、目は虚ろで髪はボサボサだった。
「レティシア……! やはりここにいたか!」
フレデリック殿下――元婚約者が、私を睨みつけた。そこにあるのは、再会の喜びなどではない。ドロドロとした嫉妬と身勝手な怒りだ。
「私がこんなに苦労してここまで来たというのに、貴様は……男と祭りを楽しんでいただと!? このふしだらな女が!」
「ふしだら、ですか?」
あまりの言い草に恐怖よりも呆れが勝った。
「婚約破棄を言い渡し、私を追放したのは殿下ご自身です。私が誰と何をしようと、殿下には関係ありません」
「関係ある! 貴様は私のものだ! 私の許可なく幸せになるなど許さん!」
殿下が叫ぶ。
まるで駄々っ子だ。王太子としての威厳など欠片もない。
「レティシアお姉様ぁ……」
隣のミナ様が猫なで声で口を挟んだ。
「ひどいですぅ。私たちが王都でこんなに辛い思いをしているのに、お姉様だけ美味しいものを食べて、素敵な殿方と遊んでるなんて……。その幸せ、ズルいです。私たちにも分けてくださいよぉ」
彼女の目は笑っていなかった。
「私のものを奪ったくせに」という被害者意識と「あんただけ幸せになるのは許さない」という悪意が透けて見える。
「……不愉快だ」
ジーク様の低い声が響いた。
周囲の空気がピシピシと音を立てて凍りつき始める。
「薄汚いネズミが紛れ込んだかと思えば……まさか国の頂点に立つ者がここまで落ちぶれているとはな」
「なっ、貴様は誰だ! 無礼者!」
「私の顔を忘れたか? ……まあいい。ここは私の領地だ。退去しろ」
ジーク様が殺気を放つ。
しかし殿下は歪んだ笑みを浮かべて、懐から何かを取り出した。
「ふん、辺境伯風情が。これを見ろ!」
それは王家の紋章が入った『徴発令状』だった。
「『国家の非常事態につき、必要な人材を強制的に徴用する』……つまり、レティシアを拘束する権利が私にはあるのだ! 逆らえば国家反逆罪だぞ!」
殿下が勝ち誇ったように叫ぶ。
法を悪用した、最低の脅し。
けれど、ジーク様は動じなかった。むしろ哀れむような目で殿下を見下ろした。
「……話にならんな」
一触即発の空気。
私が止めに入ろうとした、その時。
グゥ~~~……。
場違いな音が響き渡った。
それは、殿下とミナ様の腹の虫の音だった。
二人は顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。そういえば、見るからに痩せ細っている。
「……お腹が減っているの?」
私が尋ねると、ミナ様がヒステリックに叫んだ。
「うるさい! こっちは道中、硬い干し肉と泥水みたいなスープしか飲んでないのよ! ……いい匂いがするじゃない。あんた、店をやってるんでしょ? 何か食べさせなさいよ!」
「そうだ! 王太子である私に食事を提供するのは義務だ!」
命を狙っておきながら「飯を食わせろ」と言うその神経。呆れてものが言えない。
でも。
(……料理人として、空腹の人を追い返すのはポリシーに反するわね)
私はため息をつき、ジーク様の袖を引いた。
「ジーク様。……彼らを店に入れましょう」
「なっ、正気か?」
「はい。お腹が空いていると、ろくな考えが浮かびませんから。それに……」
私はニヤリと笑った。
「私が作る『本物の料理』と、ミナ様の『聖女の料理』の違い……はっきりと分からせて差し上げます」
これは慈悲ではない。
料理人レティシアによる、プライドを懸けた「格付けチェック」の始まりだ。
私たちは帰り道を並んで歩いていた。
行きよりも歩く速度が遅いのは、きっと二人とも、この時間が終わってほしくないと思っているからだ。
夜風が少し冷たいけれど、隣を歩くジークフリート様の体温が伝わってきて、ちっとも寒くなかった。
「……楽しかったか」
「はい! こんなに笑ったのは久しぶりです。焼きそばも美味しかったですし」
「フン。あんな中毒性のある劇物を食わせて……責任を取ってもらうからな」
ジーク様は憎まれ口を叩きながらも、私の手を――人混みはもうないのに離そうとしない。その大きくゴツゴツした手のひらが、今は何よりも愛おしかった。
『陽だまり亭』の明かりが見えてくる。
魔法が解ける時間だ。
「レティシア」
店の前でジーク様が足を止めた。
ルルが気を利かせたのか、先に店の中へと入っていく。
「今日は、付き合ってくれて感謝する。……お前が隣にいると、ただの祭りが、こんなにも鮮やかに見えるのだな」
「ジーク様……」
「王都の連中が何を言ってこようと、関係ない。私は……」
彼が言いかけた、その時だった。
ザッ。
暗がりから複数の足音が響いた。
「……見つけたぞ」
粘着質な聞き覚えのある声。
背筋が凍りついた。
ジーク様が瞬時に私を背に庇い、鋭い視線を闇に向ける。
「誰だ」
街灯の明かりの下に姿を現したのは、旅の汚れで薄汚れたマントを羽織った男女の集団だった。
その中心にいる人物を見て、私は息を飲んだ。
やつれた頬。血走った目。かつての煌びやかなオーラは見る影もないが、その整った顔立ちには見覚えがありすぎる。
「……フレデリック殿下?」
そしてその腕にしがみついている、ピンクブロンドの小柄な女性。
かつて「聖女」ともてはやされたミナ様だ。彼女もまた、ドレスは泥で汚れ、目は虚ろで髪はボサボサだった。
「レティシア……! やはりここにいたか!」
フレデリック殿下――元婚約者が、私を睨みつけた。そこにあるのは、再会の喜びなどではない。ドロドロとした嫉妬と身勝手な怒りだ。
「私がこんなに苦労してここまで来たというのに、貴様は……男と祭りを楽しんでいただと!? このふしだらな女が!」
「ふしだら、ですか?」
あまりの言い草に恐怖よりも呆れが勝った。
「婚約破棄を言い渡し、私を追放したのは殿下ご自身です。私が誰と何をしようと、殿下には関係ありません」
「関係ある! 貴様は私のものだ! 私の許可なく幸せになるなど許さん!」
殿下が叫ぶ。
まるで駄々っ子だ。王太子としての威厳など欠片もない。
「レティシアお姉様ぁ……」
隣のミナ様が猫なで声で口を挟んだ。
「ひどいですぅ。私たちが王都でこんなに辛い思いをしているのに、お姉様だけ美味しいものを食べて、素敵な殿方と遊んでるなんて……。その幸せ、ズルいです。私たちにも分けてくださいよぉ」
彼女の目は笑っていなかった。
「私のものを奪ったくせに」という被害者意識と「あんただけ幸せになるのは許さない」という悪意が透けて見える。
「……不愉快だ」
ジーク様の低い声が響いた。
周囲の空気がピシピシと音を立てて凍りつき始める。
「薄汚いネズミが紛れ込んだかと思えば……まさか国の頂点に立つ者がここまで落ちぶれているとはな」
「なっ、貴様は誰だ! 無礼者!」
「私の顔を忘れたか? ……まあいい。ここは私の領地だ。退去しろ」
ジーク様が殺気を放つ。
しかし殿下は歪んだ笑みを浮かべて、懐から何かを取り出した。
「ふん、辺境伯風情が。これを見ろ!」
それは王家の紋章が入った『徴発令状』だった。
「『国家の非常事態につき、必要な人材を強制的に徴用する』……つまり、レティシアを拘束する権利が私にはあるのだ! 逆らえば国家反逆罪だぞ!」
殿下が勝ち誇ったように叫ぶ。
法を悪用した、最低の脅し。
けれど、ジーク様は動じなかった。むしろ哀れむような目で殿下を見下ろした。
「……話にならんな」
一触即発の空気。
私が止めに入ろうとした、その時。
グゥ~~~……。
場違いな音が響き渡った。
それは、殿下とミナ様の腹の虫の音だった。
二人は顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。そういえば、見るからに痩せ細っている。
「……お腹が減っているの?」
私が尋ねると、ミナ様がヒステリックに叫んだ。
「うるさい! こっちは道中、硬い干し肉と泥水みたいなスープしか飲んでないのよ! ……いい匂いがするじゃない。あんた、店をやってるんでしょ? 何か食べさせなさいよ!」
「そうだ! 王太子である私に食事を提供するのは義務だ!」
命を狙っておきながら「飯を食わせろ」と言うその神経。呆れてものが言えない。
でも。
(……料理人として、空腹の人を追い返すのはポリシーに反するわね)
私はため息をつき、ジーク様の袖を引いた。
「ジーク様。……彼らを店に入れましょう」
「なっ、正気か?」
「はい。お腹が空いていると、ろくな考えが浮かびませんから。それに……」
私はニヤリと笑った。
「私が作る『本物の料理』と、ミナ様の『聖女の料理』の違い……はっきりと分からせて差し上げます」
これは慈悲ではない。
料理人レティシアによる、プライドを懸けた「格付けチェック」の始まりだ。
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