婚約破棄されたので、辺境で「魔力回復カフェ」はじめます〜冷徹な辺境伯様ともふもふ聖獣が、私の絶品ご飯に夢中なようです〜

咲月ねむと

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第37話 王太子の没落

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 王太子フレデリック殿下たちが、聖獣ルルに追い返されてから数日後。
 王都から一台の馬車が『陽だまり亭』にやってきた。
 今度は、王家の紋章が入っているものの、黒塗りの重厚で落ち着いた雰囲気の馬車だ。

「……国王陛下からの勅使だ」

 店に居座っていたジークフリート様が窓の外を見て低い声で告げた。
店内に緊張が走る。また厄介事だろうか。
 現れたのは、白髪の老紳士だった。王家に長年仕える侍従長だ。彼は店に入るなり、私の前で深々と頭を下げた。

「レティシア様。この度は、愚かなる王太子フレデリックの暴挙により、多大なるご心痛とご迷惑をおかけしましたこと……国王陛下に代わり、心よりお詫び申し上げます」

 その言葉に、私は目を丸くした。
 どうやら、ジーク様が事前に送っていた報告書が国王陛下の目に留まったらしい。

「顔を上げてください。私はもう気にしていませんから」

「寛大なお言葉、痛み入ります。……さて、まずはご報告を」

 侍従長は淡々と王都の現状を語った。
 逃げ帰ったフレデリック殿下は、即座に王位継承権を剥奪され、北の塔へ幽閉されたこと。「聖女」を騙っていたミナ男爵令嬢は、詐欺罪および王族への虚偽報告の罪で修道院へ送られ、厳しい更生プログラムを受けていること。
 そして、私の実家である公爵家も、娘を見捨てた責任を問われ、領地の一部没収という厳罰が下ったこと。

「……そうですか」

 私は静かに頷いた。
 胸がすくような思いがないわけではない。けれど、それ以上に「ああ、もう本当に終わったんだ」という安堵感が強かった。

「つきましては、レティシア様。陛下より『公爵家への復帰と、名誉回復』のご提案がございます。王城へ戻り、宮廷料理顧問として……」

「お断りします」

 私は食い気味に答えた。

「何度言われても同じです。私はここ『陽だまり亭』の店主です。王都の煌びやかな生活も、公爵令嬢の称号も、今の私には必要ありません」

 私の迷いない言葉に侍従長は困ったように眉を下げた。

「しかし、レティシア様。貴女様はお若く、独り身の女性だ。後ろ盾もなく、このような辺境で一生を過ごされるのは、あまりに不安定かと……」

 要するに「独身の平民女が一人で生きていけるほど甘くないぞ」という、彼なりの心配なのだろう。
 確かに法的な守りは弱いかもしれない。

 私が言葉に詰まった、その時。

 ガタンッ。

 カウンター席の椅子が引かれる音が響いた。
 ジークフリート様がゆっくりと立ち上がり、私の隣へと歩み寄る。

「……侍従長。耳が遠いようだな」

 ジーク様は私の肩を抱き寄せ、侍従長を威圧するように見下ろした。

「彼女には、後ろ盾がないと言ったか?」

「は、はい。公爵家とは縁が切れておりますゆえ……」

「ならば、私がなろう」

 ジーク様は、はっきりと告げた。

「彼女は、私の未来の妻であり……このノルド辺境伯家の、次期当主夫人だ」

 ――え?
 私は驚きのあまり首が折れそうな勢いでジーク様の顔を見上げた。
 彼は真剣な眼差しで、真っ直ぐ前を見据えている。

「へ、辺境伯閣下……!? それは、正式な婚約ということで……?」

「そうだ。すでに我が家の家宝である『氷竜の涙』も贈ってある。彼女もそれを受け取っている」

 あ、あのエアコン代わりの魔石!?
 あれって、そういう意味だったの!?

「そ、そうでしたか! これは失礼いたしました!」

 侍従長は慌てて平伏した。
 辺境伯の婚約者となれば、王族に次ぐ権力者だ。無理に連れ戻すことなどできるはずがない。

「レティシア様が辺境伯夫人となられるのであれば、国としても安心です。……では、この件は陛下にそのようにご報告させていただきます」

 侍従長は逃げるように帰っていった。
 店に残されたのは、私とジーク様、そして今のやり取りを聞いていた常連客たち。

 シーン……。

「……あ、あの、ジーク様?」

「…………」

 ジーク様は私の方を見ようとしない。
 抱いていた肩から手を離すと、耳まで真っ赤にして、そっぽを向いた。

「……すまん。勢いで言った。……既成事実を作らねば、連れて行かれると思ったからな」

 彼はボソボソと言い訳をしている。

「だが、嘘ではない。……嫌、か?」

 不安げに揺れるアイスブルーの瞳が、私を覗き込む。
 嫌なわけがない。私は、この不器用で優しい人がずっと前から大好きだったのだから。

「……嫌じゃありません。むしろ、嬉しいです」

 私が顔を赤くして答えると、店内からドッと歓声が上がった。

「やったー! おめでとう!」

「ついに言ったか、閣下!」

「ヒューヒュー! お熱いねぇ!」

『ワンッ!』

 皆に祝福され、私たちは恥ずかしさで爆発しそうになりながら、それでもしっかりと手をつないだ。
 
 こうして私たちは「公認のカップル」となった。
 ……けれど、まだロマンチックなプロポーズはされていない気がする。
 これは「宣言」であって「求婚」ではないのでは?
 
 そんな私の乙女心を察したのか、ジーク様は後日、改めて「二人きりの食事」を提案してくれることになるのだった。
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