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第38話 「奥様」と呼ばれる日
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翌日。『陽だまり亭』の扉を開けた瞬間から、世界は一変していた。
「おはようございます! 未来の辺境伯夫人!」
「よっ! 奥様! 今日もいい天気だねぇ!」
「レティシア様、お祝いの花を持ってきましたよ!」
開店と同時に雪崩れ込んできた町の人々は、口々に「奥様」「夫人」と私を呼び、花束や祝いの品をカウンターに積み上げていく。
「ちょ、ちょっと皆さん! まだ正式に結婚したわけじゃ……!」
「何言ってるんだい! 閣下があんなに堂々と宣言したんだ、決まりだよ!」
「いやぁ、めでたい! 今日は祝い酒だ!」
私の否定など聞こえていないかのように、店内はお祭り騒ぎだ。私は顔から火が出そうになりながら、ひきつった笑顔でオーダーをさばくしかなかった。
◇
夕方。
ようやく客足が引いた頃、私はカウンターに突っ伏していた。
「はぁ……疲れた……。嬉しいけど、みんな気が早すぎるわ」
『ワンッ』
ルルが足元でニヤニヤしているように見える。
カラン、とベルが鳴り、長身の影が入ってきた。
ジークフリート様だ。
しかし、今日の彼はいつもの軍服ではなく、仕立ての良いシャツにベストという、少しドレスアップした姿だった。
「……騒がしかったようだな」
「ジーク様! ……ええ、もう大変でした。全部ジーク様のせいですよ」
私が頬を膨らませて文句を言うと、彼は「悪かった」と苦笑しつつ、カウンター越しに私の手を取った。
「だが、訂正はしない。……昨日の言葉は本心だ」
「うっ……」
「それに、まだ大事なことを話していなかった」
彼は私の視線をレジ横に飾ってある『青い魔石』へと誘導した。
あのエアコン代わりの結界石だ。
「あれは、『氷竜の涙』と呼ばれる我が家の家宝だ」
「えっ、家宝!?」
「ああ。初代辺境伯が氷竜と契約した際に授かったものでな。代々、当主が伴侶と定めた者にしか渡さない掟になっている」
私は飛び上がった。
そんな国宝級のものを、私は「虫除け」だの「エアコン」だのと言って、無造作に棚に置いていたのか!
「そ、そんな大事なもの、返します! 万が一割ったりしたら……!」
「割れんよ、ドラゴン素材だぞ。それに……」
ジーク様は私の手を強く握り返した。
「返されては困る。それは、私の心臓みたいなものだからな」
「心臓……?」
「ああ。それを預けたということは、私の命も心も、すべてお前のものだという意味だ」
彼の真剣な眼差しに心臓がトクンと跳ねた。
不器用な彼の精一杯の愛の言葉。
言葉数は少ないけれど、その重みはずっしりと伝わってくる。
「……重いですね、その石」
「重いか? なら、私が支えよう。一生な」
彼は私の手の甲に、そっと口づけを落とした。
騎士の誓いのような、恭しいキス。
私の顔は、完熟トマトのように真っ赤になった。
「……は、はい。よろしくお願いします」
私が蚊の鳴くような声で答えると、ジーク様は満足そうに微笑んだ。
氷の騎士が春の日差しのように笑う。
その破壊力に、私はクラクラとめまいがした。
「さて、レティシア。……腹が減った」
「えっ、あ、はい。ムードもへったくれもありませんね」
急に現実に戻る彼に、私は思わず吹き出した。
「今日は特別な日だ。……何か、ガツンと精のつくものが食いたい。勝利の味がするような、とびきりの肉料理を頼めるか?」
「肉料理、ですね」
私は腕まくりをした。
王都のいざこざも終わり、二人の婚約も成立した。
これは、私たちの新しい門出の祝宴だ。
「お任せください! 最高級のお肉を使って、ジーク様のほっぺたが落ちるようなご馳走を作りますわ!」
私は食材庫の奥にとっておいた、霜降りの『特選牛』を取り出した。
今夜のメインディッシュは、これで決まりだ。
「おはようございます! 未来の辺境伯夫人!」
「よっ! 奥様! 今日もいい天気だねぇ!」
「レティシア様、お祝いの花を持ってきましたよ!」
開店と同時に雪崩れ込んできた町の人々は、口々に「奥様」「夫人」と私を呼び、花束や祝いの品をカウンターに積み上げていく。
「ちょ、ちょっと皆さん! まだ正式に結婚したわけじゃ……!」
「何言ってるんだい! 閣下があんなに堂々と宣言したんだ、決まりだよ!」
「いやぁ、めでたい! 今日は祝い酒だ!」
私の否定など聞こえていないかのように、店内はお祭り騒ぎだ。私は顔から火が出そうになりながら、ひきつった笑顔でオーダーをさばくしかなかった。
◇
夕方。
ようやく客足が引いた頃、私はカウンターに突っ伏していた。
「はぁ……疲れた……。嬉しいけど、みんな気が早すぎるわ」
『ワンッ』
ルルが足元でニヤニヤしているように見える。
カラン、とベルが鳴り、長身の影が入ってきた。
ジークフリート様だ。
しかし、今日の彼はいつもの軍服ではなく、仕立ての良いシャツにベストという、少しドレスアップした姿だった。
「……騒がしかったようだな」
「ジーク様! ……ええ、もう大変でした。全部ジーク様のせいですよ」
私が頬を膨らませて文句を言うと、彼は「悪かった」と苦笑しつつ、カウンター越しに私の手を取った。
「だが、訂正はしない。……昨日の言葉は本心だ」
「うっ……」
「それに、まだ大事なことを話していなかった」
彼は私の視線をレジ横に飾ってある『青い魔石』へと誘導した。
あのエアコン代わりの結界石だ。
「あれは、『氷竜の涙』と呼ばれる我が家の家宝だ」
「えっ、家宝!?」
「ああ。初代辺境伯が氷竜と契約した際に授かったものでな。代々、当主が伴侶と定めた者にしか渡さない掟になっている」
私は飛び上がった。
そんな国宝級のものを、私は「虫除け」だの「エアコン」だのと言って、無造作に棚に置いていたのか!
「そ、そんな大事なもの、返します! 万が一割ったりしたら……!」
「割れんよ、ドラゴン素材だぞ。それに……」
ジーク様は私の手を強く握り返した。
「返されては困る。それは、私の心臓みたいなものだからな」
「心臓……?」
「ああ。それを預けたということは、私の命も心も、すべてお前のものだという意味だ」
彼の真剣な眼差しに心臓がトクンと跳ねた。
不器用な彼の精一杯の愛の言葉。
言葉数は少ないけれど、その重みはずっしりと伝わってくる。
「……重いですね、その石」
「重いか? なら、私が支えよう。一生な」
彼は私の手の甲に、そっと口づけを落とした。
騎士の誓いのような、恭しいキス。
私の顔は、完熟トマトのように真っ赤になった。
「……は、はい。よろしくお願いします」
私が蚊の鳴くような声で答えると、ジーク様は満足そうに微笑んだ。
氷の騎士が春の日差しのように笑う。
その破壊力に、私はクラクラとめまいがした。
「さて、レティシア。……腹が減った」
「えっ、あ、はい。ムードもへったくれもありませんね」
急に現実に戻る彼に、私は思わず吹き出した。
「今日は特別な日だ。……何か、ガツンと精のつくものが食いたい。勝利の味がするような、とびきりの肉料理を頼めるか?」
「肉料理、ですね」
私は腕まくりをした。
王都のいざこざも終わり、二人の婚約も成立した。
これは、私たちの新しい門出の祝宴だ。
「お任せください! 最高級のお肉を使って、ジーク様のほっぺたが落ちるようなご馳走を作りますわ!」
私は食材庫の奥にとっておいた、霜降りの『特選牛』を取り出した。
今夜のメインディッシュは、これで決まりだ。
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